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「おはよう、フィンセント。先生から聞いたぞ。昨日の剣術大会で準優勝したんだってな」

朝、クレオが教室へ入ると、ディミトリが話しかけてきた。その後ろには、ドゥドゥーが控えている。

まさか、朝一番に剣術大会の話をされるとは思っておらず、クレオが驚く。

(というか、先生、喋ったんですね…)

昨日のことはクレオの中で、優勝を逃した失敗談として処理されていたため、誰かに言うことなどしなかったのだが…

ベレト、自分の生徒の活躍が嬉しかったのか、ディミトリに話したようだ。もしかしたら、教師陣にも伝わっているかもしれない。

「おはようございます、殿下、ドゥドゥー。そうなんですよ。決勝戦で負けちゃって……」

まだまだですよね、とクレオが苦笑する。しかし、それを見たディミトリは、否定するように首を振った。

「充分凄いことだ。お前が努力している証拠なんだから、もっと誇れ」

ぽん、とクレオの肩に手を置く。

「は、はいっ(な、なんという聖人……!)」

真っ直ぐな言葉は、クレオに良く効いた。ディミトリの光パワーが朝から眩しい。落ち着かないので、クレオは話を逸らそうとフェリクスの名前を持ち出した。

「そうだ、僕よりもフェリクスですよ。ご存知かもしれないですけど、フェリクスなんて、優勝したんですよ!」

クレオの言葉にディミトリが頷く。

「ああ、それも聞いたな。らしいというか……簡単に想像できてしまうのが、少し憎い」

ドヤ顔で優勝するフェリクスを想像したのか、ディミトリの声には笑みが含まれていた。

昔なんて──とディミトリが思い出話に花を咲かせようとした時、「殿下」と、今まで無言だったドゥドゥーがディミトリに声をかけた。ハッとしたディミトリが「すまない。脱線しかけたな」とドゥドゥーに返し、再びクレオを見る。

「折角だし、白星をあげた2人を、祝おうと思うんだ。祝勝会とまで豪勢にはいかないが……皆でまた食事をとらないか?」

クレオに話しかけたのは、このお誘いが目的だったらしい。

「えっ!そんな……そこまでしてもらうものではないですよ……!?」

ディミトリの提案にクレオがギョッとする。

実際、あの大会、割と高い頻度で行われるから、優勝に特別性がそんなにない。
頻度だけで言ったら、月1の学力テストみたいなものだ。それで学年2位を取ったからって、祝われたら、そりゃ遠慮するだろう。いや、学年2位すごいけど。

「いいんだ。かえって気を遣わせるのなら、騒ぐ為の口実にされている、とでも思ってくれ」
「いやいやいや!」

本音を言うと、優勝でもないのに、祝われるのが恥ずかしいのだ。

だからどうか、お止めください──とディミトリを見つめた。…のだが、逆に悲しそうに見つめ返された。

「それとも、余計なお節介だっただろうか」
「とんでもないです!嬉しいです!」

王子にそんな顔されて断れるか。いや断れない。

善意からの、ほぼ誘導尋問に近いやり方で、クレオから言質を取ったディミトリは「じゃあ、決まりだな」と決定を下した。


──夕方。
食堂の一角は青獅子の学級ルーヴェンクラッセの生徒で埋められていた。他学級の生徒がなんだなんだとチラ見している。すいません、お騒がせします…とクレオはいたたまれない気持ちになった。フェリクスとか、絶対嫌がりそうなのだが、シルヴァンに引きずられて来ていた。その顔は勿論、不機嫌MAX。

フェリクスを見たクレオは、
(ごめん、私がちゃんと断っていれば……)
と心の中で謝った。このままではクレオが罪悪感で潰れそう。

そんなクレオを憐れんだ神からの慈悲か何かか、青獅子の学級ルーヴェンクラッセきっての癒しペア・アネットとメルセデスが駆け寄ってきた。

「フィンセント、剣術大会、準優勝おめでとう!」
「訓練、頑張っていたものね〜」

準優勝なんだけどなあ、とクレオは思いつつ「ありがとう」と笑顔で返した。褒められるのは、なんだかんだ嬉しい。うちの学級は優しい人ばかりだ…とクレオがしみじみしていると、「あ、そうそう」とアネットが思いついたように手を叩いた。鞄から袋を取り出して「はい!」とクレオに手渡す。これは……

「わっ、クッキー!」
「メーチェと一緒に作ったんだ!」
「フィンセントとフェリクスに、何か贈り物をしようと思って、休み時間に作ったのよ〜」

クレオがまじまじとクッキーを見つめているので、「もしかして、甘いものダメ?」とアネットが不安そうに聞く。

とんでもない。元々、クッキーやケーキで喜ぶような、普通の女の子だ。それに、男装しているとはいえ、これは女子同士の微笑ましい交流。クレオがときめかないわけない。

「ううん、大好き!」

ありがとう!アネット、メルセデス!とクレオ、学校に来て1番の笑顔が出た。



キュン


「あらあら〜」
「えっやだ……かわいい……」

…どうやら、2人の乙女心をがっちり掴んだらしい。メルセデスが微笑み返し、アネットが口元に手を当てる。ちなみに、偶然見かけたアッシュにも被弾した。

「フィンセント、お化粧似合いそう……」

ずずいっと顔を近づけて、アネットがクレオを見る。

「え?」
「確かに、似合いそうね〜」
「だよね!?前から気になってたんだけど、やっぱり!ねぇ、今度お化粧させて!お願いー!」
「あの、僕、男……」

クレオが断りを入れようとするが、アネットはすっかり盛り上がって、クレオの声が届いていない。「イングリットも呼んで、あたしの部屋でお化粧会だ!」とイングリットの参加も決定済みだ。自分の名前が聞こえて、イングリットが「私もですか!?」とびっくりしている。

しかし、ここで流されるような2人ではない。クレオもイングリットも、割と真面目だし、(ディミトリを断れなかったクレオはさておき)特にイングリットは、自分の意志をしっかり持っている子だ。何を言われても首を横に振るだろう──

「男だし、そういうのは……」
「アネット、私もお化粧はあまり……」


「あたし、お菓子を用意しておくね!」
「「行きます」」

ダ メ だ っ た 。

2人とも頷いちゃったよ。ときめきと食欲には勝てなかったか〜!というか、お菓子に釣られちゃうって、子供かい。

「ふふ、楽しみだわ〜」

3人を見てメルセデスが穏やかに笑う。

青獅子の学級ルーヴェンクラッセきっての癒しペアは、実は学級内1番の支配者なのかもしれない──…。



そんなこんなで食事会が始まった。
 

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