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陽が穏やかに差し込む午後。
太陽に照らされて緑輝く中庭に、クレオはやって来た。ベレトに呼び出されたのだ。周りを見回し、ベレトを探す。のだが、見つからない。

(おかしいな……)

もう一度、来た道を折り返して探そうとした時、「ここだ」とそばからベレトの声が聞こえた。若干ビビりながら、しずしずと声の方へ顔を向ける。東屋の下、影になっているところの円卓にベレトはいた。黒い装束が影と同化している。

「わっ先生そこにいたんですね!?」

飛び退いて驚くクレオをいつもの真顔でベレトが手招き、そのまま着席を促す。

「ああ、すいません。それで、ご用とは……?」

そうクレオが質問すると、コクリとして、ティーカップを差し出した。

「茶を飲もう」
「!」

──これが、あの……!

ただの茶の誘いに、なぜかおののくクレオ。実を言うと、ベレトの茶会交流、一部生徒の間で噂になっていた。なんでも、普通じゃないとか。"何が"とは詳しく言われておらず、いっそうクレオを身構えさせた。

「はいっ」
「よかった」

先生が淹れてくれた紅茶。冷めないうちにと、礼を伝えてカップを持ち上げる。

「──うん。とても美味しいです!」
「そうか」

クレオの嬉しそうな表情に、ベレトも口元を緩めた。

「クッキーも作ったんだ。食べてくれ」

生徒の喜ぶ顔を見れて先生心が疼いたのか、山盛りに詰まれたクッキーの皿をクレオの方へ寄せる寄せる。孫にお菓子をたくさんあげちゃう、おばあちゃんみたいだ。

「手作りなんですか!?わあ、ありがたくいただきます!」

先生自らわざわざお菓子を作ってくださるなんて、確かに普通じゃないかも。と感心しながらサクっとつまむ。



「ヴォヘッ!!」

突然、クレオが口を押さえた。



(な ん だ こ れ は ── !?)

噛んだ途端、クレオの口の中に土臭い味が広がった。クッキーらしく甘いのだが、絶妙に胃の中をひっくり返すような何かが、その存在を主張している。食感はガリガリとしていて、顎が痛い。これはまさに、人を選ぶような…選ぶ人もいないような…有り体に言うと……まずい。

吐き出したい。
あまりの辛さに、そんな思いがつい漏れてしまう。だけどそんなこと、折角作ってくれたベレトに失礼だ、と己を戒める。クレオは覚悟を決めると、紅茶で強引に流し込んだ。ハア、ハア、と息をつく。

「ど、独特の風味がすごいですね……。せ、先生、ちなみに、どうやって作られたので……?」
岩ゴボウをすり潰して混ぜた」
「岩ゴボウを!?」

クッキーに混ぜるものではない。めちゃくちゃに堅くて食べづらい、普通に食べるのにも苦労する食材だぞ。ましてやクッキーなんて、通常であれば交わることのない存在のはずだ。それをどうして。

「フィンセントの力を上げようと」

先日の剣術大会。ベレトはあの結果を受けて、今のままではいけないと感じていた。顕著になったクレオの弱点。実戦でそれが足を引っぱって、クレオに何かあってはいけない。だから考えた。補填が必要だと。早い話、岩ゴボウ食わせようと。

しかし、障害があった。岩ゴボウ、他の生徒にも与えていたのだが、まずいまずいと、苦情がくるのだ。自分でも食べてみて、確かに生はよくない、とベレトも思った。そこで、別の摂取方法を試みた。

クッキーに混ぜよう、というのはフレンの発案らしい。いかにしてこの障害を乗り切ろうか、とベレトが岩ゴボウ片手に調理場で突っ立っていたら、助けてくれたそうだ。人選をミスっている。ドゥドゥーがいたらきっと止めてくれただろうに。

経緯を話し終えたベレトが「どうだろうか」とクレオに感想を問う。

「あのですね……」
「……」
「普通に食べた方がいいです」
「そうか……」

貰った者の責任と作った者の責任として、クッキーは二人で分けて食べた。二人の力が1上がった。


クッキーにより楽しいティータイムの出鼻をくじかれたベレトだったが(自業自得である)、持ち前の引き出し力で会話を盛り上げ、場を修復させてみせた。まあ、喋るのは主にクレオだが。好きなお菓子のこと、似合いそうな兵種のこと、目標とする人物のこと、一通り話したところで今度はクレオが話題を投げる。

「そういえば、先生はご兄弟とかいらっしゃるんでしょうか?」
「いない」
「いいなあ。いたら大変ですよ。うちの妹(兄)なんて何やらかすか分かんない人なので」
「でも、嫌いではないだろう」
「……。まあ……」

頭に浮かべるのは、兄フィンセントの姿。家出する突飛さを除けば基本的に人畜無害なため、憎めないのだ。ベレトに言われた言葉に照れて、クレオが口をもごつかせる。恥ずかしいので紅茶を飲んで誤魔化そうとした。その時──

「ひいっ」

眼前にベレトの顔。

(近い!)

円卓に手をつき、前のめりでクレオを見ている。完全に変な人だ。これは照れるべきなのか、怒るべきなのか。クレオが選択を迷っている間にも、ベレトが涼しげな瞳を近づける。

「せ、先生、何を……?」
「そういうお約束なんだ」
「お約束とは!?」



ベレトの茶会が普通じゃないのは最後のそれだった、とクレオが気付いたのは、一日経ってからのことだ。
 

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