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窓から薄い光を取り込み、クレオの部屋は青白く照らされた。朝が始まろうとしている。部屋の主は目を細めて憂鬱そうに外の景色を見た。

(眠れなかった)

昨夜、もやもやとした気持ちでベッドに入ったせいだろう。考え事が止まらず堂々巡りをしているうちに朝を迎えてしまったのだ。立派な隈ができている。

(──いつかここを離れることになるのなら、残りの時間を大切にしたい)

クレオは少しの間ぼうっとし、それから怠そうに起き上がった。備え付けの棚から制服を出して危うい手つきで支度を済ませると、急ぐように部屋を出た。

──…

けれど不調は不調。訓練場へ向かう道半ばでゾンビのようになっていた。今すぐ休むべきである。常ならば見かねた誰かが止めるはずだが、いかんせん早朝で人がいない。さらに悪いことに、何か忘れているような気がし始めたらしくそっちに注意が向いてしまった。操縦者不在の体はひどくおぼつかない。いよいよ考え込み始めた時、足をもつれさせた。

「!」

クレオの体が力なく前へ倒れこむ。頭から地面にぶつかり、彼女の視界に火花が散った。ギリギリ保っていた意識もプツリと途絶えた。



フェリクスはいつもと同じ時間に起床し、訓練場へ向かっていた。いつも通りの1日が始まろうとしていた。

地面に落ちている男子生徒を見つけるまでは。

「……なんだ」

顔は見えないが、髪色と背格好に覚えがあった。──フィンセントである。チッと舌打ちをしてフェリクスはそばへ駆け寄った。

「おい。何があった」

膝を着いてクレオの体を揺する。返事はない。息はあった。しかし額から血を流している。何者かに襲われたのかとすぐさま周囲を警戒するが、人の気配も争ったような跡もない。一息ついて視線をクレオへ戻した。

(医務室に行くべきだが、この時間にマヌエラ先生がいるか怪しい。)

すると頼りは担任であるベレトか。行先を決めたフェリクスは、兵法の教え─意識のない者を運ぶ時は後ろから抱えるようにして引きずって行くべし─に倣うべく、うつ伏せのクレオを起こそうと脇の下を持ち上げた。その時だ。

フェリクスの手におよそ一般男子では持ち合わせないであろう柔らかいものが触れた。ピタ、と急停止する。次いで思考も止まろうとしたが、先に脳が回答を出してしまっていた。

「……」

フェリクスは文句を飲み込んで小さく唸ると、後ろからクレオを抱き無心で寮へ向かった。行先は変更。2階の彼女の部屋だ。

──…

寮の階段元まで辿り着くと、クレオを地面へ降ろした。意識のない者を運ぶというのはなかなか骨が折れるもので…小休憩である。きっとディミトリであれば容易くやってのけただだろう、と想像してフェリクスはほんのり苛立ち、いやあれは規格外だなと気を取り直した。

数秒で休憩を終え、すぐにクレオの体を持ち上げる。すると、人影が近づいてきた。

「よ、早いな。──ってそれどうした」

朝帰りのシルヴァンである。フェリクスの眉間が狭まった。

「道で気を失って倒れていた」
「おいおい、危ねーな。あ、今部屋に運ぶとこだったのか?手伝うよ」
「いい」
「2人の方が早いだろ」
「お前の手は借りん」
「今日は一段と冷たいな!」
「いいから自室に帰れ」

さらに面倒なことになるのは明白だった。自身の為にもシルヴァンの為にも巻き込まない方が良い。そう思ったフェリクスは断固拒否をしたがシルヴァンも譲らなかった。

「今1番に考えるべきはフィンセントのことだろ」

諭すように言われ、まるでこちらが悪いかのよう。ふざけるな、お前の為に言ってやってるんだとフェリクスは心中でキレた。気にかけるのも馬鹿馬鹿しい。「どうなっても知らんからな」と通告をしてクレオの体の片方を彼に預けた。

「…………」
「……」
「あーはいはい。……なるほどね?」
「……」
どういうこと!?
「もういい、さっさとこいつを運ぶぞ」

フェリクスは「まさか本当にそうだったとは」「やっぱり俺間違ってなかったじゃん!」と横でごちゃごちゃ言うシルヴァンを無視しクレオの部屋へと急いだ。
 

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