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その日、クレオがいつものように訓練場へ向かうと、入口に人だかりができていた。

……どうしたんだろう?

クレオは普段より人気が多いことに狼狽えつつ、中へ入っていく。キョロキョロと周りを見ると何かを中心に人が集まっていることが分かった。

「おい」
「あ、フェリクスやっぱりいた」

さてどうしたものかとクレオが突っ立っているとフェリクスが隣へ来た。先にいたであろうフェリクスに、今の状況を聞く。

「剣術大会が行われるそうだ。掲示板にも書いてあった」
「そうなの?じゃあ稽古はできないか……」
「大会が終わるまでは無理だろうな」

そっかあ、と残念がりながらクレオは人だかりを眺めた。すると、タイミングよく中からベレトが出てきた。クレオと目が合うと、ベレトはそのままこちらへ歩いてきた。

近づいてくるベレトに、「先生、こんにちは」とクレオが頭を下げる。

「ああ、フィンセント、フェリクス。ちょうど良かった。フィンセントに用があったんだ」
「用って?」
「剣術大会に出てほしい。優勝したら賞品が貰える」

ベレトがくい、と親指を立てて後ろの受付を指した。

「わたっ……僕にですか!?」

びっくりしすぎて素が出かけるクレオ。驚くのも当然だ。青獅子の学級ルーヴェンクラッセの生徒で剣術と言ったら、フェリクス以外にいないだろう。別の人に頼むにしたって、クレオはない。
クレオ自身も、優勝できるような自信はさっぱりなかった。

「(先生が私のことを買ってくれてるのは嬉しいけど、お断りしよう…)」

クレオがベレトに頭を下げる。

「ごめんなさい。僕、できません」
「フィンセントに出てほしいんだ」
「でも……フェリクスが適任だと思います。フェリクスだって出たいでしょ?ね?」

ベレトが引かないので、クレオは助けを求めるようにフェリクスへ視線を送る。

「構わん。むしろ、お前の鍛錬の成果を知れる良い機会だ。行ってこい」
「ええ……」
「嫌なのか?」
「嫌というか、自信がないんです……」

「大丈夫だ。なんとかなる」と根拠もなくベレトが励まし、「いいから行け」とフェリクスが勧めてくる。もっと具体的な言葉でクレオを勇気付けられないのか。

しかしそんな適当な言葉にも誠意を感じたクレオは、2人にここまで言われて、断るのは失礼かもしれないと考えを改めた。

フェリクスとは比べ物にならないくらい、まだまだ未熟な剣だけど、毎日訓練しているのだ。挑戦くらいはしたっていいだろう。

ふつふつと湧き上がってきた闘志に震えながらクレオは「やります」と頷いた。


「勝者、フィンセント!」

審判がクレオの腕を掴み思い切り上げた。試合を鑑賞していた野次馬たちが一斉に騒ぎだす。『あの坊主、ちっさいのによくやるな!』『いいぞー!チビー!』…やたらと身長を弄るな。

意外にも、クレオは決勝まで難なく進んだ。食事量を増やす為(最近はその目的も忘れて行っていたが)の鍛錬が、こんなところで成果を発揮している。

回復魔法を施されながら、クレオが決勝の相手が決まるのを待っていると、ベレトが小走りで向かってきた。

先生だもの。対戦を前に、緊張する生徒を激励しに来たのだろう。ベレトはクレオの肩に手を置くと「頑張れ」と伝えた。一言だけかい。もっと励まさぬか!とベレトの頭に住む、某女神も怒る。ベレトが他の言葉を考えあぐねていると、「はい!」とクレオが威勢よく返事をした。それを聞いて、ベレトは満足そうにフェリクスがいる野次馬の最前列へ戻った。

ベレトの後ろ姿を見届けながら、よし、とクレオは拳を握る。
あれでも充分に力付けられたようだ。

──いざ、決勝戦だ。



カッカッ、と訓練用剣の乾いた音が訓練場に響く。試合はクレオが優勢に動いていた。

しかし、最前列で試合を見つめるベレトの顔は険しい。不意に、「まずい」とベレトが呟いた。それを聞き取ったフェリクスがベレトの方を向く。

「何だ。何がまずい?」
「このままだと、システム的に負ける」



「……は?」

あの様子だと、フィンセントが勝つだろう──と踏んでいたのに、隣の教師が意味の分からんことを言うので、フェリクスは顔をしかめた。

メタ的に言っちゃうと、クレオは速さと技は高い代わりに、力がややへたれ気味だ。それ故に、相手を倒すのに時間が掛かる。

この剣術大会にはターン数が設けられていて、そのターン内に相手を倒し切れなかったら、例え優位に終えたとしても何故か青獅子ルーヴェ側の負けになるのだ。

この世界に置いてベレトだけがそれを"解"っていた。

結果、ずっと優勢を保っていたにも関わらず、ターン数が切れた瞬間、不思議な力が働いてクレオは負けになってしまった。

明らかに落ち込んだ表情でクレオがベレトたちの元へ歩いてくる。

「先生……ごめんなさい。優勝賞品が……」
「いや、よく頑張ったクレオ。凄かったぞ。エピタフ姿のお前が鮮明に浮かんだ」
「エピタフにはなりませんてば」

試合中に何を考えているんだこの教師は。

「賞品のことは大丈夫だ。大会は一日に数度行っているから、第二大会でフェリクスに取ってきてもらう。」
「そうなんですね!良かったー!」
「フン、いいだろう。歯応えのあるやつがいるといいが」

クレオは自分が負けたことよりも、優勝賞品を先生に渡せなかったことが悲しかったので、第二大会の存在とフェリクスの参加には喜んだ。フェリクスなら優勝は約束されたものだろう。

早速とばかりにベレトが受付へ行く。受付の周辺には参加者と見られる人らがぞろぞろと集まっていた。予選は間もなく行われるようだ。

「フェリクス、応援してるよ!」

出場する前に言っておこう、とクレオがフェリクスにガッツポーズを取る。するとフェリクスは口の端を上げた。

「ああ、よく見ていろ。俺はお前の様にそう時間は掛からん」
「くそー!次は絶対優勝するから」

敗因をからかわれたクレオは、悔しさを全面に出しながら、次回の剣術大会への参加を決めるのだった。



──後日。
訓練場の隅にて、何かの儀式をするかのように、奇天烈な動きをする人の姿が見られた。それは訓練場利用者からセテスに伝わり、犯人が呼び出された。犯人──ベレトは、「ターン数で負けないようにするバグはないか、探していた」などと供述したという。
 

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