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Straniero −異邦人−


1.

「僕は、アルイサのことを愛しています」
 彫りの深い、テオドゥーロの整った顔が目の前に迫る。冗談とも本気ともつかない辿々しい日本語が、愛の告白だとワンテンポ遅れて認識する。
 そのままキスをされるのではないかと思って、僕は自分の口元を覆った。
「えー、ダメ、ですか?」
 濃い眉を切なげに寄せる。そんな顔されたって困る。
「悪いけど、僕は男には興味ないんだ。それに、今気になってる子がいるんだよ」
「そうですか。それでは、アルイサの愛が届くように応援します」
 失恋した途端、イタリア的恋愛マニュアルをご教示いただけるとは恐れ入る。
「じゃ、よろしく頼むよ。ちなみに、僕はアルイサじゃなくて治寿(はるひさ)、な」
「えー、アルイサ?」
 南イタリアから留学で日本へやって来て半年、テオの発音はまだまだだ。

 僕は日文科で同じゼミの女の子に片想いをしていた。
 言葉少なで控え目で、でも人の話には真剣に耳を傾けよく笑う。笑う時に、恥ずかしそうに両手で口元を覆う仕草が可愛かった。友人達は、出っ歯なのを隠してるからだと揶揄したけど、そんなことはない。彼女は前歯が人より少し大きいだけだ。
 テオは熱心に僕の恋の話を聞いてくれた。彼女の外見も内面も肯定してくれて、僕の相談を聞いているうちに彼の方が彼女に恋してしまったんじゃないかと疑ったくらいだ。
 心配して尋ねると、
「まさか。僕が心から愛しているのは、世界でアルイサだけです」
 ……なんて、蕩けるような微笑みで言われて、僕は二の句が継げなくなった。噂には聞いてたけど、イタリア人て本当にみんなこうなのか?
「ありがとな、テオ。そんな風に言われると、少しは自分に自信が持てる気がするよ」
「ぉんとうのことを言えば、彼女よりもアルイサがきれいです」
「男にきれいなんて言わないよ」
「アルイサがきれい、優しい。ずっと一緒にいられたいです」
 うっとりとした表情で言われて、気づけばテオの手は僕の頬を包んでいる。
「ま、待て待て! だから言ってるだろ、テオのことは好きだけど、そういうんじゃないんだ」
「そうですか……えー、わかります」
 しょんぼりとするテオが、ちょっと可愛かった。

 それから1ヶ月ほどして、テオの後押しもあって僕は彼女に告白した。結果、玉砕。すでに恋人がいるとのこと。
 聞けば、お相手は同じ学部のイケメンくんだった。僕は直接的にはあまり関わりがなかったけど、男女共に評判はいいから、ある意味安心したりして……。
 テオのおかげで今までになく真正面から想いを伝えることができて、気持ちはすっきりしていた。思えば、恋愛体質のくせに自分から猛烈に攻めたことはない。臆病だった僕を、テオが変えてくれたんだ。
 彼女いない歴を更新した僕は、応援してくれたテオに感謝の気持ちを伝えたかった。バイト代を酒に変えて、テオが一人暮らししているアパートを訪ねた。
 部屋は、長身のテオには少し窮屈そうだった。ソファ代わりのベッドに横並びに座り、缶ビールを開ける。
 何だかんだと自分をの気持ちを誤魔化しても、結局僕はフラれてしまったのだ。自分が好きな人に好きになってもらうって、なんて難しいんだろう。すっきりしたという気持ちに嘘はなくても、やっぱりちょっとは傷ついている自分に気づく。
「テオのおかげで吹っ切れたよ。ありがとうな」
 涙目になりながらそんな強がりを言う僕の肩を、テオが抱き寄せてくれる。頭を彼の肩にもたせかけると、僕より高い体温が心地好かった。
「可哀想なアルイサ……」
 テオの声が胸の奥に染み入る。テオの友情に感動していると、
「僕のことを考える余裕はできましたか?」
 耳元で囁かれ、はっと身を引いた。
 そうだった。テオの言葉が本気なら、ここにも失恋中の男が1人。
「ぼ、僕は男には興味ない……、」
「それは、わかります。えー、でも、今僕がアルイサを慰めてあげたいです」
 僕は黙り込んだ。程好い酩酊感も手伝って、僕の心は安易に揺らいでしまう。テオの体温が、ひどく優しかった。僕はテオの胸に頭を押しつける。
「……この件のお礼に、キスくらいならしてやってもいいよ」
「ぉんとうですか?」
 顔は見えないが、テオの声が明るく跳ねる。ああ、クソ、可愛いヤツめ。
 僕はふわふわとした身体を起こすと、ん、と顔を上向けて目を閉じた。キスなんてしたことないけど、きっとテオがどうにかしてくれる。どうにでもなれという自棄と、どうにかして欲しいという期待と。その板挟みになった僕の唇に、テオの唇が触れた。
 ぴたりと合わさった唇以上に、頬や耳、首筋に添えられたテオの手が熱く、くすぐったくて、それに気を取られているうちに彼の舌が僕の唇を割った。
「ふっ……、ン」
 ドキン、と心臓が飛び上がる。そんな、これってディープ・キスってヤツじゃ……? 戸惑いながらも、舌が絡み合うぬめり、テオの鷲鼻からかかる息に容易く翻弄されていく。
 いつか洋画で見たキスシーンみたいに、僕は上手くできているんだろうか? 頭の隅でそんなことを思いながら、必死にテオのシャツにしがみつく。
「ん、ぅ……っ、ふ……、は、」
 ちゅ、と音を立ててテオの顔が離れた。名残惜しくて、唇を追ってしまう。テオはくす、と笑った。
「アルイサの目、むれてますよ」
 ……揺れて? 濡れて? どちらにしても指摘されると恥ずかしい。僕は口を覆う。
「テオってキスが上手いんだな。気持ち好かった……なんかごめんな、ありが、」
 とう、と言おうとした唇をまた塞がれる。同時に、ぎゅっと抱き竦められる。息苦しい、けど……嫌じゃない。
「ふっ……ン、ふぁ、はッ……ンッ」
 身体が震えた。テオの舌が僕の上顎をなぞり、熱い手が、いつの間にか僕の股間に伸びていた。僕は唇を奪われたまま、悪さをするテオの手首を掴む。全然力が入らなくて、僕の抵抗なんかないみたいにテオの手は器用に僕の下着の中へ。熱い手が僕の性器に直接触れて、僕は腰を引いた。
「やめ……、」
 咄嗟に唇を離す。目の前に真剣なテオの顔があった。
「日本人は、心と反対のことを言うことがあります。アルイサ、今どちらですか?」
 僕は頭を垂れた。テオのズボンは、布越しに欲望を主張している。
 ──ああ、本気なんだ。
 今更そんなことを思って、今までどういう気持ちで僕の話を聞いてくれていたんだろうと思うと、涙が出る。
「……やめ、ないで」
 僕がテオの顔を見ずにそう言うと、テオは僕の顔を掬い上げ、もう1度深くくちづけてくれた。
「ごめんなさい。アルイサを愛してしまって」
 胸が、押し潰されそうだ。僕は彼女が好きで、フラれたくせに、僕のことを好きだというテオに甘えている。
 ──愛って、なんなんだ?
 僕は泣きながら、テオの求めてくれるままに応えようとした。きっとそれは、テオが必死に紡ごうとする日本語よりもずっと拙くて、不器用だったと思う。その分、テオがはっきりと口にしてくれる愛が、僕の心の扉を強く叩き続けた。
 僕は卑怯だ。失恋のせいにして、お礼という理由をつけて、酒に酔ったという口実を作りながら、テオの熱に埋もれた。彼は僕をきれいだ、愛していると言い続け、僕はただ彼の名前を呼び続けた。
 イタリア人は「H(アッカ)」の発音が苦手だという。僕は彼の腕に抱かれながら、彼がいつか僕の名前を上手に呼んでくれる日を思い描いていた。

2016/10/12


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