Long Story|Short Story|AnecdoteNO MORE NO
第1話
ロマンスグレーの男が講堂から出て来るのを見て、友人達と談笑していた弘恭(ひろゆき)はベンチから腰を上げた。
「榊(さかき)教授、先日のバイオ技術論の講義であった、NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)の話ですけど」
「君はまだ若いのに、アンチエイジングに関心があるのかね?」
榊は色の淡い涼し気な瞳を細め、シニカルに笑う。
榊の後ろに梳った白髪は清潔感があり、下がり気味の眉と笑うと浮かぶ口元の皺は愛嬌があった。さらに67歳という年齢で180センチもある身長は学内でも目立つ。しゃんとした背筋はその年齢とは思わせない。女子生徒にも人気だ。
友人達と榊を取り囲んだ中心で、弘恭は長身の彼を見上げながら笑う。
「若いうちに頭を使っておかないと、人生はあっという間です」
「生きることに貪欲だな。よろしい。人類は欲望を止めたらそこで終わりだ。続けたまえ」
バリトンの声は心地好く、うっとりと聞き入ってしまう。少し早口だが、弘恭は榊の話し方が好きだった。
「NMNがマウスに効いたそうですが、ヒトにも適用されますか?」
「理論上は可能、というレベルだ。確かにNMNは元々人間が持つ電子伝達体だから、副作用もないと言われている。ちょうど先月からヒトへの臨床試験も開始した。まぁ成功したとしても、量産体制が整わない限り1粒辺り500万超えだから、我々庶民には関係のない話だがね」
「コールドスリープやクライオニクスは?」
「君はSFの読み過ぎだな」
「……ロマンチストなんです」
自分の読書傾向を馬鹿にされたように感じた弘恭はムッと口を尖らせる。 榊は柔らかく微笑み言った。
「死体愛好がロマン? 確かに若いうちなら細胞を冷凍保存することで、未来の技術に期待できる。しかし、私の年齢で時間が止まってもな。ロマンはむしろ細胞の若返りだね。私も若い頃なら、愛する人が泣いて嫌がるまでベッドに縛りつけることができたものだが」
弘恭のまわりにいた生徒達が目を見交わして、エロジジイ、と笑う。弘恭は少し顔を赤らめた。
榊は俯き、腕組みをして続ける。
「ただ……幸運に恵まれなければ無駄に生き長らえても仕方がない。運命的な出会いの確率は? 相手に気づいてもらうアプローチは? 量子力学や心理学も突き詰めねばならん。学びの時間はいくらあっても足りんな」
「あまり長い人生では、運命の人もたくさん現れるのでは?」
「それは、実際に長い人生を生きてみないと誰にもわからん」
「教授はもう十分長生きですよ」
弘恭がおどけて言うと、今度は榊の方が少しムッとして、それからまたシニカルに笑った。
「私の貴重な時間を割いたということは、諸君は次の私の講義にも出席してくれるということだね?」
「もちろんです」
よろしい、と言うと榊は紳士的な笑みを浮かべて軽く頭を下げ、その場を離れていった。
「じーさんの娘、読モなの知ってた?」
「マジ? 写真とかねーの?」
弘恭の友人達が輪になってスマートフォンの画面を覗き込む。画面に映ったのは、ボブカットの清純そうな美少女だった。
「に、似てねー……。なぁお前も見てみろよ弘恭」
「ああ、本当……きれいな子だね」
弘恭は友人達の雑談に耳を傾けながらも、去っていく姿勢のいい背中を見送っていた。
ある、ホテルの一室―――2人分の体重で、ベッドが軋む。
「きょ、う……ッ、教授、」
「教授はやめなさいと言っているだろう。講義をしたくなる」
年を刻んだ榊の首筋に、弘恭は縋るように腕を絡める。後孔で受け入れた榊の硬いペニスが、弘恭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱していた。
「恭一(きょういち)さ……っん、も、許し……っ」
「年寄りを愚弄した罰だ」
「そんな……つもりじゃ、……ねが、も、あっ……、あ、あ、ンッ、は……!」
榊の身体が重くなる。弘恭は押し潰されるように奥までペニスを突き入れられて、深いところで榊が達したのを感じた。耳元に呻きが聞こえて、弘恭は息を乱しながらも笑う。自分の中でこの男が快感を得ているのだと思うと、愛しくて堪らない。
「……亡くなった奥さんのことですか?」
弘恭の尻を撫でていた手がピタと止まる。榊は顔を上げ、じっと弘恭を見つめた。
「何のことだ」
「今日の昼に言っていた若い頃の相手、というのは」
「それは嫉妬かね?」
「違います」
弘恭はクスクスと笑う。榊が若かった頃、弘恭はまだ生まれてもいない。
「娘さんの写真も、今日初めて見ました。恭一さんはあまりご家族の話を俺にしませんね」
「恋人に家族のことを語る男なんてそういないだろう」
「してくれても構いませんけど。俺は聞きたいです」
「講義調になるぞ。1971年、榊恭一は東京の大学においてある特異的な女性を発見し……」
榊の悪ふざけに、弘恭は笑いながらその胸を押し返す。榊は笑みを浮かべ、それから甘えるように弘恭の首筋に顔を埋めた。
「君は私を長生きだと言ったが、命などいくらあっても足りんよ。そしてそれは、本当に愛する人を見つけてからの方が深刻だ。私はもっと早く君と出会いたかった」
「10年前だったとしても恭一さんは57、俺は11ですよ」
「……若さを誇示するな」
言いながら、榊の指先が弘恭の乳首を悪戯する。
「……っ、きょ、いちさ……、ちょっとも、今日は……、」
「泣いて嫌がるまでが望みなら、そうしよう」
「待っ……、今日俺バイト……!」
ずる、と性器を引き抜かれて腰が震える。まだ中にいて欲しい、そう思う身体が榊を追う。
「は、ぁ……ッ、恭一さ……」
ぬぷ、と硬いものがまた押し入ってくる。ゆっくり、ゆっくりと。1番太いところがしこりに当たって、弘恭は堪らず嬌声を上げた。その声を吸い取るように、榊が口を塞ぐ、
「ふぅん……ッン、ン……、はぁ、あッ……、あ!」
外国製の整髪料でセットされた榊の髪を掻き乱し、弘恭は太腿を限界まで広げて雄を受け入れる。榊もまた弘恭の頭を撫で、ペニスを扱きながら愛撫を続けた。
「今度は私からの質問だ。若いうちの貴重な時間を、私みたいな老人に割いていいのかね?」
耳の中に低く囁かれ、ぞくりと身が竦む。弘恭は仕返しにとばかり、榊の耳に唇を寄せた。
「今一緒にいなくて、いつ一緒にいるんです?」
もうあなたの時間はそう長くないのに。思うと、きゅっと喉が苦しくなった。目の奥が痛い。
「ふっ……ぅ、……う、」
「……なんだ、どうした弘恭」
「う、……違っ……ます、なんでもな、」
榊は腰の動きを止めた。呆れたように溜め息をつくと、弘恭の流す涙を吸い取るように舐め取り、目尻にくちづける。
「私はまだ死なん。勝手に感傷的になるな。私とのセックスで泣いてくれ」
「ふ、……ば、か……、」
弘恭は笑いながら泣き、キスを返した。
それから、弘恭はバイトをサボって榊とのセックスに明け暮れた。約束通り、榊は弘恭が快感に飲まれて乱れ泣くまで彼を愛し、中も外も、心の深くまで蕩けさせた。
「しかし……嫌がらなかったな」
髪の毛はボサボサ、ぐったりと俯せで倒れくたびれた老人と化した榊を労りながら、弘恭はクスクスと笑う。
「嫌だなんて、言えません。恭一さんの貴重な時間を割いてるんですから」
弘恭はシニカルに笑い、今度は泣かなかった。
2016/11/05
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