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NO MORE NO


第2話


 手の平で窓を擦ると、外は白銀の世界だった。
「さむ……」
 呟くと、弘恭は拳に息を吹きかけ身震いする。
 無人の教授室は暖房も入っておらず、弘恭はここで主を待つべきか思案してスイッチを押さずにおいた。捕まらないなら早く帰った方がいい。
 と、その時ドアが開いた。グレーの髪に雪片を乗せた榊は、コートから雪を払うとハンガーに掛けた。次いで暖房の電源を入れる。
「なんだ、点ければいいのに。君は寒がりだったろう?」
「教授がいるかわからなかったので。俺ももう帰るつもりだったし……聞きました? 放送」
 強烈な寒波に見舞われ、天候は大荒れ。予報でわかっていたのに休講の連絡はなく、午後2時を回ってから帰宅の指示が出された。登校した生徒達は学内のあちこち、あるいは電車で足止めをくっている。
「私に文句を言われても困るな」
 元より榊を責めるつもりはなかったが、笑われた弘恭は少し口を尖らせる。
「教授だけですよ、昨晩のうちに休講を決めたのは」
「それが正しい判断だ。誰だい、君をここに来させた馬鹿は?」
 榊は脇に抱えていた分厚い書籍や革張りのノートを机にざらりと投げ出すや、書棚に向かって資料を繰る。
 弘恭は白い窓にバツを書いた。榊が馬鹿と断じた教授の名は出さずにおく。学費を払う身としては、悪天候でも開講してくれることに恩義を感じないでもない。
 弘恭は窓を離れ榊の机に腰掛けると、広げられた書籍を見るともなしに開きページを捲る。
「じゃあ、教授はどうしてここに?」
「君がここにいるからさ。心配でね」
「え、」
 弘恭は弾かれたように顔を上げたが、榊は背中を向けたまま続ける。
「なんて言うと気障だな。なに、やらなければならないこともあったから」
 榊は資料を手にレザーチェアに腰掛けた。机上に几帳面に並べられた万年筆を取ると、論文らしき書類に流麗な字で何事かを書きつける。
 弘恭のために来たと言ったことを打ち消しはしなかった。些細なことだが、弘恭の胸はぽっと温まる。
「保護者みたい」
「保護者だよ。君を守るのが私の務めさ」
「教授って本当に気障ですね」
 榊は片方の眉を持ち上げると顔を上げ頬杖をついた。不服そうに口元を歪める。
「さっきからなんだね? その、教授教授というのは」
「だって……学内ですよ」
「今日は休講だと言ってるだろう」
「それは教授の都合で……んっ」
 ギッ、と椅子から立ち上がるや、榊は弘恭の手を引いて顎を取ると強引に唇を奪った。舌を絡められて条件反射的に身体の芯から蕩けそうになるが、はたと場所を思い出して榊の胸を押す。
「きょ、教授!」
「何を照れている? 弘恭は背徳的な状況に燃える性質か」
「な、にを言って……ふっ」
 頬を包まれまた口づけられると、今度はもう抵抗できなかった。音を立てて口内を貪られるうち、弘恭の方から前屈みになっていく。
 ふと唇が離れて、榊の柔らかい微笑を真正面から受け止める。
「雪に閉ざされた教授室、冷えた身体を温め合うのも乙じゃないか」
 榊は机を回り込むと身動ぎさえ緩慢になった弘恭を机の上に押さえつけた。
「だ、めですこんなところで」
「本当に冷えてるじゃないか。鳥肌が立ってる」
 耳を甘噛みされ、首筋を、鎖骨を吸われると思考力はじょじょに失われていった。
「あっ……きょ、いちさん……っやだ、こんな……あっ」
 パーカーをたくし上げられ胸をはだけると、温まりきらない部屋の空気にぞくりと鳥肌が立つ。
「前に講義で話したね。寒いと立毛筋が収縮する。立毛筋は交感神経の支配を受けているんだ。あるいは緊張、興奮……君の脳が昂ぶっている証拠だ」
 榊の顔が胸元に埋もれる。優しく、時に強く吸われ舌で弾かれて、もう一方は指先で摘まれ転がされる。執拗な繰り返しに、いつしか弘恭の下半身には血が集まっていた。
「やめっ……そこばっか……! ぁっ……あ!」
「いつもより好いみたいだな。可愛いよ、弘恭」
「ふっ……んふ、……んっ」
 唇を塞ぎながら、榊は弘恭のパンツを下着ごと引き下ろす。下着はすでに濡れていて、弘恭は羞恥に肌を染める。
 弘恭はよく言えば生真面目だが、妙に頭の堅いところがある。こうした場のスリルを素直に楽しめるほど柔軟ではない。
 それでも抗いきれないのは、相手が榊だからだ。これといって何の面白みもない、平々凡々を絵に描いたような自分が、父親よりも年上の男とこんな関係になってしまったその時から、いくらかは自分の殻を破る覚悟もしたつもりだ。
 とはいえ、もし誰かに見られたら……心配を脳裏によぎらせる間にも、榊は弘恭の片足を衣服から引き抜き担ぎ上げ、自分の身体に引き寄せた。
「君はいつまでも初々しいな」
「あっ……あ、はぁっ……んっ」
 手近にあったハンドクリームを指に纏わせると、榊はそれを弘恭の中に飲み込ませた。小さく窄まったそこは、しかし意外なほど易々と榊の指を飲み込んでいく。
 長く節くれ立ち、齢の分だけ皺やしみを刻んだ指。その熱がまた1本増え、弱いところを抉られると弘恭は甘い声で鳴き、腰を浮かせた。
「ひぁっ……! あっ、ぁ、そこだめ、だめぇっ……あっ、あンッ」
 薄い胸をひくつかせ、すっかり勃ち上がったペニスからパタタ、と精液が溢れた。
「……や、だめです……俺、こんな……教授の、机、」
 ぐず、と鼻を啜ると榊がクスクスと笑った。
「今、君は誰と行為に及んでいる? 他ならぬその教授であり、君の恋人だ。君はここがどこかなんて忘れて、私だけを感じてくれればいい」
「待ってまだ、きょ……――ッ!」
 ズヌッ、と押し入ってきた長大なペニスに、弘恭は白い喉を晒し仰け反った。
「あっ、あひっ、ひっ! きょ、いちさっ、きょ、……ひっ、ひはっ、はぁっ!」
 年齢からは考えられない激しい律動、力強い腕。弘恭は必死に榊の背に腕を回す。涙でぼやける目をようやく開くと、切なげに顔を歪めながらも懸命に弘恭を愛する榊の姿があった。
 いつも上品な髪は乱れ、涼しげな目元は獣のように眇められて。けれどその口元にはあのシニカルな、そして愛情深い皺が刻まれている。
 こんなこと、本当はいけないのに。思えば思うほど自分の中で育つ欲望の大きさに怯える。
「こわい、きょ、いちさ……きもひ、くておれ、ばかにな……ぅ、」
「弘恭、……弘恭、――弘恭っ」
「あっ、あっ、や、あんっ、ひあぁ――ッ!!」
 全身に鳥肌が立つ。目を閉じ喘ぎながら、弘恭は榊の射精を必死に受け止めた。彼の胴を挟み込み、後に退けないほどきつく締めつけて。
 榊もまた最後の一滴まで残さず弘恭に注ぎ込もうと、眉間に深く皺を刻みながら腰を震わせた。
 快感の余韻に中の疼きが止まない。榊の指摘通り、背徳感がより感度を高めたのだろうか。それを認めるのは癪だったが、弘恭はまだ快感から抜け出すことができず、結合部はヒクヒクと続きをねだる。
 どうか気づかないで、と願うそばから、榊が弘恭の耳元に唇を寄せた。
「君はいつもイく時、鳥肌を立てるね。私はそれがとても好きだ。愛しくて堪らない。君が達する時、私は君の脳を覗き込んでいる」
「――恭一さ、ん……」
 弘恭の脳はまた、恋人の支配に翻弄され快楽に溺れていく。その証拠に肌を上気させ、粟立たせながら。

2018/01/22


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