Long Story|Short Story|AnecdoteStraniero −異邦人−
4.
「今年もまた大漁だね」
僕の呆れを含んだ指摘に、両手の紙袋をチョコレートでいっぱいにしたテオは満面の笑み。
「日本の女性は優しいです。イタリアのSan Valentino(サン・バレンティーノ / バレンタインデー)では一般的に、男性が女性に贈り物をします。僕はチョコラートが大好きですから、とても嬉しいです」
そう、テオは甘い物が好きなのだ。女の子に対してデレデレしてるわけじゃない。だから僕は妬かない。例え僕のリュックには6つしかチョコレートが入っていなくても。その半分はテオに渡すついでだったとしても。
「アルイサはくれませんか?」
「何で僕が! 日本は女の子が男にチョコを渡す日なんだぞ」
自分が女の子扱いされたみたいでカチンと来た。テオがそんなつもりじゃないのはわかってるけど、僕の中にはいつも男の虚栄心がある。
テオは僕の不機嫌にも気づかず、1番上にあったチョコの包装を開けながら言った。
「今日はFesta degli innamorati(フェスタ・デッリ・インナモラーティ)、恋人たちの記念日とも言います。僕はアルイサにプレゼントがありますよ」
「えっ、僕に!? ……ぁ、」
調子よく尻尾を振ってしまいそうになって、コホンと咳払いをする。
「悪いけど僕は今日は用意がないよ」
「構いません。僕の部屋に来てください。今日はアルイサとぅたりきりで過ごしたい」
「これだけチョコ貰っておいてよく言うよ」
僕が軽く皮肉を言っても、テオはニコニコと笑う。
通い慣れたテオの部屋はいつも片づいている。まぁ、物が少ないだけと言えばそうだけど。
「あれ? 何かいい匂い」
「今日のために料理を勉強しました。ドルチェもあります」
テオは冷蔵庫からカプレーゼ、プロシュートの皿を取り出し、すでに茹で上がっている平たいパスタ(タリアテッレというらしい)を洒落た器に盛る。鍋に火を入れるとトマトのいい香りがした。隣の小鍋はミネストローネ。
「凄いじゃないか、テオ。今まで自炊なんてろくにしてなかっただろ?」
朝はシリアルかトースト、昼は学食、夜はバイト先のまかないでやりくりしているのを知っている。
「故郷からレシピと食材を送ってもらいました。恋人にプレゼントしたいと伝えたら、家族は大喜びです」
「え……そ、そっか。はは、なんか照れるな」
嬉しい気持ちと、内心ドキリというかヒヤリというか……少し後ろめたいような違和感があった。
テオは、自分の恋人が男だって家族にも言ってるのかな。
僕はまだ誰にも打ち明けていない。もっとも、テオなら誰であれ申し分ない自慢のパートナーだってことは重々承知だ。むしろ羨ましがられるかもしれない。でも、でも……僕はそこまできっぱりと割り切れない。情けない男だ。
「さぁ、早く食べましょうアルイサ」
悶々とした考えに耽る僕をテオの声が呼び戻す。
「……そうだね。いただきます!」
グラスにワインを注ぐと乾杯をして赤い液体を口に流し込んだ。途端に広がる芳醇な香りと渋みもあるしっかりした味わい。僕はワインに関してまったくの素人だけど、だからこそ一口でものが違うとわかることに感激した。
「僕の幼馴染みの家で作られたワインです。小さい頃からこっそり隠れて飲みました」
続いてパスタに温めたトマトソースをかけて僕に寄越すと、テオは指先を組んで微笑みながら僕が食べるのを待っている。
「これも美味しい! 美味し過ぎて泣きそう」
僕は本当に涙目だった。まさに幸せの中にいるって感じ。
「本当ですか? Grazie(グラッチェ / ありがとう)! 嬉しいー!」
テオはまだ食べ物で頬を膨らましてる僕に抱きつき頬ずりする。
「アルイサのために愛を込めて作りました。アルイサに1番に食べて欲しかった」
蕩けるような笑みでそんな可愛いことをのたまうので、僕も愛しさが爆発してテオの頭を子供のように抱えてよしよしと撫でてやる。
「ありがとうはこっちのセリフ」
プロシュートとタリアテッレはワインと一緒に送られてきたそうだけど、トマトソースとミネストローネは手作りなんだから大したものだ。
「ふふ、さぁ飲みましょう、飲みましょう! ワインはまだありますから」
いつも以上にご機嫌のテオと一緒に、僕らは美味しいイタリア料理でたっぷりと腹を満たし、笑いながらワインを煽った。一口目のありがたみも忘れて、そりゃあぐびぐびと。
ソファに並んだ僕達はお互いに寄り添って体温を分け合う。ふわふわとした酩酊感が心地好い。
「ドルチェは明日食べましょう。寝た方が美味しくなると聞きました」
「ふふ、寝かせた、だよ」
「アルイサも、僕と寝ると美味しくなりますよ」
「ばーか言って……ん、ふっ……む」
テオに唇を塞がれて、舌を絡め取られる。いつもより熱く速い鼻息がかかって、テオも酒に酔っているのがわかった。大きな手が僕のシャツの中に忙しなく潜り込んでくると、僕はテオのズボンに手をかけた。後は野となれ山となれ。
僕らは狭いソファの上でギュウギュウとお互いを求めて愛し合った。
「テオは男が好きなの?」
僕はテオのクセのある髪を弄りながら言う。僕の頬を撫でていたテオはその指先の動きを止めた。
「いや、その……変な意味じゃないよ。僕はほら、女の子が好きだろ? 基本的に。テオはどうなのかなって」
テオは少し間を置いて、ゆっくり瞬きすると言った。
「僕は、好きになった人が好きです。性別は関係ありません」
「えーっ、本当に? これまでの恋人は?」
「女性です。男性はアルイサが初めてですよ」
何故か嬉しそうに微笑む。僕は複雑な顔をしていたのだろう、テオの親指が僕の目尻をなぞった。
「アルイサはまだ信じてくれませんか? 僕はこんなに人を愛すのは初めてです」
「テオ……。僕、……僕は」
一体何が不安なんだろう。世間の偏見? 批判? 僕のまわりにいる大切な人達が、そんなことをするだろうか?
「アルイサ。僕もぅあんですよ」
「え?」
何と言われたかわからず首を傾げたが、続きを促すと「不安」、と言ったのだとわかった。
「アルイサが怖いことはわかります。家族や友達に嫌われるのは辛いです。でも、僕はアルイサがいなくなってしまうことがぅあんです。ずっと僕と一緒にいてぉしい。でもあなたは女性がとても好き。僕は女性にはなれない。アルイサの気持ち離れてしまう? アルイサは優しいので、無理しているかもしれない。とてもぅあん」
そんな風に思っていたなんて知らなかった。テオはモテるし、僕の言う「女の子大好き」なんてただの軽口だ。冗談のつもりがテオを不安にさせていたなんて。
「そっか……ごめんな、テオ。でもテオが思っているより僕はテオのことが好きなんだよ。僕はもう、テオなしじゃ生きられない」
テオは僕の前髪をかきあげると額にキスをした。子供をあやすようなその仕草は、僕の目が潤んでいたからだろう。
「絶対に離しません」
翌朝食べたティラミスに、僕はまた泣かされることになる。美味しかったのはもちろんだけど、その中に隠された指輪を見つけてしまったので。
僕はそれを薬指に嵌めると同時に決意する。僕の大切な人達に、僕の恋人を紹介しよう、と。
2018/02/14
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