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Straniero −異邦人−


3.

 不思議なことだけど、密かにテオドゥーロとつき合うようになってからというもの、僕は女の子にモテた。これまでどんなに僕が焦がれても振り向きもしなかった彼女達が!
 テオのことはもちろん好きだけど、僕はもともと女の子という生き物が大好きな人間だ。意味ありげな上目使いで問いかけられたり、笑いながら肩を軽く突かれようものなら、簡単に心を揺さぶられてしまう。
 そして傲慢にも、この子は僕のことが好きなんじゃないかと自惚れたりする。かつてはそれは本当にトンチンカンな自惚れだったけど、今はそうとも言い切れなかった。
 僕が戸惑いながらも女の子に囲まれていると、ふと視線を感じる気がして振り向く。大体そこにはテオがいて、頬杖をつきながら微笑を浮かべて僕を見つめている。
 その余裕の微笑の意味は? 自分の方がもっとモテる? それとも、お前は女の子にチヤホヤされていい気になってるけど、夜は自分に抱かれて喘いでるくせに、とでも?
 自分の浅ましい妄想にげんなりして、僕は露骨に顔を逸らしてしまった。
 ──しまった。今のはやり過ぎだ。
 しかし僕はその後、とうとうテオの方を振り返れなかった。女の子の集団から解放されてテオのいた席を見ると、もうそこに彼の姿はなかった。

「テオ、待てったら、テオ!」
 いつもならバイト先まで一緒に帰るのに、講義が終わった途端テオはさっさと講堂を出て行ってしまった。足の長いテオに追いつくのは一苦労だ。
「何だよ、怒ってるのか?」
「どうして、そう思いますか?」
 テオはピタと足を止めると、僕に振り向いた。口元は緩く笑みを刻んではいるけど、目元はどこか冷ややかだ。僕は少し気後れしたけど、ぎゅっと拳を握って言った。
「さっき、僕のこと見てたのに目を逸らしたから……ごめん、変な誤解を与えてたら、嫌だなと思って」
「誤解? 何ですか?」
「だから……、テオは、妬いてたんだろ? 僕が女の子達といることに」
 テオの口元から笑みが消える。
「妬く?」
「ジェラシー、嫉妬だよ!」
「どうして僕が妬きますか? アルイサが好きなようにしたらいいです。僕も女の子に人気があります。心配いりませんよ」
 ツン、と顎を反らして、テオは再びずんずんと歩き出す。僕は慌てて彼の行く道を塞いだ。
「本当に言ってるの? 僕、僕達……つき合ってるじゃないか、」
「つき合ってる? そうだったんですか?」
 テオの言葉に、僕は冷水を浴びせられたような心地になる。握っていた手から力が抜けた。指先が痺れる。
「……テオ?」
「知りません。僕にはアルイサがわかりません」
「テオ! 僕は……、」
 言い募ろうとする僕の顎を、テオの大きな手が掴む。そして、噛みつくように乱暴なキスをした。
「──ッ!」
 バシ、と強くテオの頬を打つ。無意識に、もう一方の手で口元を拭っていた。顔から火が出そうだった。こんな、公衆の面前で!
「……さよなら、アルイサ」
 呟くようにそう言って、テオは俯く僕の横を通り過ぎる。僕はもう、彼を追おうとはしなかった。

 僕達、つき合ってなかった?
 ミスを連発したバイトから帰った僕は、自室のベッドに寝転びぼんやりと天井を見上げた。
「愛してるって、言ったじゃないか……」
 言葉だけじゃない。キスだって、身体だって、全部テオに埋め尽くされた。それなのに僕は、与えられるだけ貪欲になって──テオの、嫉妬を欲した。
 テオは知り合った時からずっと、女の子にモテた。もとはと言えば、僕が好きだった子がテオにご執心だったのだ。渋々ながら間を取り持とうとして、テオと親しくなった。
 テオはとにかくモテた。容姿はもちろんだけど、彼は紳士的で聡明で、思いやりがあった。僕は出会った時から、僕にないものをたくさん持っているテオに男として嫉妬していた。
 いつからだろう、いろんな人に愛されるテオに対してじゃなく、テオに優しくされる人達に嫉妬するようになったのは。
 僕もテオにそう思わせたかった。フラフラとよそ見する僕の頬を張って、自分のものだと抱き締めて欲しかった。
「……僕は、バカだ……」
 顔を覆う。よりによって、僕がテオの頬を叩いた。彼は何も悪くないのに。いつでも、僕のことを優しい瞳で見つめ、たくさんの愛を与えてくれたのに──伝えてないのは、僕の方じゃないか。
 僕は飛び起きると、時計も見ずに財布だけポケットに突っ込んで、真っ暗な外に飛び出した。

 テオの部屋に、彼はまだ帰っていなかった。スマートフォンはおろか、上着さえ着て来なかった。僕は震えながら、テオの部屋のドアの前に座り込み、ぎゅっと膝を抱える。
「なんでこう、バカなんだ……」
 いつもテオの不器用な日本語を揶揄し、彼の甘い囁きを「チャラい」なんて突っぱねた。テオはとても頭がよく、彼の愛の言葉はいつだって誠実だったのに。
 臆病な僕はいつも、何でも笑って許してくれる彼の包容力に甘え、自分がそんな風にしてもらえるような人間じゃないことに怯えていた。
 長い時間が過ぎた。多分、もう深夜1時は過ぎている。終電もないんじゃないか? こんな時間に帰らないなんて──まさか、他の誰かの家へ?
 また、僕の胸が空想に嫉妬する。僕はテオみたいに、彼が幸せなら構わない、なんて思えない。僕だけが彼に与えたいのに。
 うとうとしていた頭上に影が落ちて、僕ははっと顔を上げた。果たしてそこには、驚いた顔をしたテオが立っていた。
「アルイサ、どうして……こんな時間、」
 僕は立ち上がると、テオの胸に抱きついた。ギュッ、と逞しい身体にしがみつくみたいに。
「テオ……ッ、テオ、ごめん。僕がバカだった」
「アルイサ、」
「それから、もっと早くにちゃんと伝えなきゃいけなかった」
 僕は顔を上げると、戸惑ったテオの瞳をじっと見つめる。僕の目からは涙が溢れていた。
「テオ、愛してるよ。Sei tutto per me.(セイ トゥット ペル メ / 君は僕のすべてだ)」
「アル……、」
 テオは緩く首を揺すると、ぎゅっと僕を抱き締め返し、それから暖かいキスを何度も、何度もしてくれた。
「泣かないでください。アルイサの言う通り、僕は嫉妬しました」
「ごめん。でも、……僕はいつも不安で、」
「ぅアン?」
「テオみたいな人が、僕のことをずっと好きでいてくれるのかって」
「えー、それは、僕がいけません。まだ、愛が足りないということです」
「違うよ、」
「そうとなれば、善は急げですね」
「へ?」
 涙を拭う僕の手首を掴むと、テオは器用に片手でドアの鍵を開け、雪崩れ込むように僕を部屋に引き入れる。
「ちょっ……、て、テオ!?」
「アルイサ、とても冷えています。温めてあげます」
「ちょっ待っ……! ン、ぅ……ッ!」
 テオの手が僕の腰に回る。キスされながら服を1枚ずつ剥かれ、パンツ1枚になる頃にはベッドに押し倒された。
「テオ……! お前飲んでるな!?」
「アルイサの教えてくれた、ヤケ酒です」
「テオ……、バカ、」
 テオの酒臭い息を浴びて、僕は泣きながらも噴き出してしまう。今日はテオが求めてくれるだけ、精一杯応えよう。それから、何度だって伝えるんだ。
「Ti amo.(ティアーモ / 愛してる)大好きだよ、テオ」

2016/11/17


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