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僕のクロ


第4話−2


 たし、たし、と爪が硬質な床を掻く音。部屋の扉の前を見ると、スーツの男と黒い大型犬がいた。
 犬は黒光りするような短い毛足にしなやかな肢体をした、ドーベルマンという犬種だ。
「さぁおいで、ミンガス」
 男が愛犬の名を口にすると、犬は一声吠えてハァハァと主人の元へ歩いて来た。
「ミンガス、わたしの新しいペットのクロだよ。ごらん、可愛いだろう?」
 ミンガスの頭を撫でながら言う。
「っ……!」
 クロはヒク、と恐怖に喉を震わせた。
 何故といって──ミンガスと呼ばれた犬のペニスが勃起していたからだ。その性器は人間のものとは形が異なり赤黒くグロテスクで、すでにギンと張りつめた先端からは時折水っぽい精液が垂れている。
 男はクロの身体を軽々と持ち上げると床に座らせた。足腰の立たなくなったクロは床に手をついて這いずり後退る。
「い、や……まさか……そんな、無理です……っ」
「犬と半獣の交尾を見てみたかったんだ。大丈夫、ミンガスは賢い子だから噛みついたりはしないさ」
 男が後ろからミンガスの尻を叩くと、黒い獣は自身と同じように黒い耳と尾を生やした少年の裸体に挑みかかった。
 床を這うクロにミンガスの巨体が襲いかかる。男の言った通りミンガスは牙を剥くことはなく、クロの耳裏や首筋をざらついた舌でベチャベチャと舐めながら、怒張したペニスを濡れそぼったクロの後孔に擦りつける。
「いやっ……! いや、やだ、やだ、こわい、こわいっ!」
 クロはミンガスに押さえつけられて身動ぎもできずにいたが、前足が離れた瞬間に膝をついて逃れようとした。しかし、それがいけなかった。雌犬のように腰だけを高くしたクロは、発情した雄犬の前には格好の獲物だ。
「い、やっ……、いやだあぁぁぁっ!!」
 ミンガスのペニスがクロのアナルにぐぼ、と突きこまれた。
「うぐっ! ふぎっ! お"っ、お"、ぁ、」
 人間にはない小刻みな速さの野生的なピストンで、すでに敏感になっているところをぐずぐずと擦られる。
 犬の性器は長く、硬い。人間の性器と違い、松茸のカサのような膨らみからその先が長くなっている。子孫を残そうとするその本能的欲望は、人間の生殖活動に勝る必死さがあった。
「やだ抜いてっ、抜いてくらしゃ、やら、やら、い"や"あ"ぁぁぁっ!!」
 犬がプルプルと震える。ぼこ、と入口が広げられるような感覚。挿入されたものが、グングンと逞しくなっていくのを感じてクロは身体を硬直させる。
「ひっ……!?」
 おぞましい圧迫感に、瞠った瞳からボロボロと涙が落ちた。
「犬ってのは射精すると亀頭の根元に瘤ができて性器が抜けないようにするんだ。雌の膣内にたっぷり精液を流し込んで、確実に妊娠させるためにね」
「な、に……むり、むりで……っ! ひ、ぐっ……! う、うあっ……!?」
 腹の奥に、人間よりも速いドクドクという動物の生々しい脈を錯覚する。わかるはずないのに、勢いのある白濁の飛沫が腸壁の襞に激しくぶちまけられているのも。
「だめ……っ、だ、ぁ……! は、うっ……!」
 クロの薄い腹に、ビュクビュクと獣の精液が吐き出されていく。
「今、君の膣内にミンガスの精子が出てるよ、クロ……ビュー……10数えてごらん? 大体そのくらいの感覚で精子が出るんだ。たっぷり種付けしてくれるから、よーく味わうんだよ」
「ひぐっ……う、ううっ……あ、」
 重く、熱くなる下腹にクロは震える手を伸ばした。犬の精子が、ここに。絶望感に言葉も出ない。まるで、そう──本当に雌犬になってしまったみたいだ。
 ミンガスは後ろ足だけでヨロヨロとしながらも、クロの腰に前足を置き行儀のいい交尾を続ける。まるで快感を味わっているかのように目を潤ませ細めて、舌を出した口の端からはトロリと唾液が落ちてクロの背中を濡らした。
「そろそろ仕上げの時間かな。白くて濃いお汁がたっぷり……ミンガスの場合は15分、20分くらいかな? ゆっくり、じっくり精子を植えつけてくれるからね」
 耳元で囁かれて、クロは虚ろな目を伏せる。
 とうとう、獣以下になってしまった。蓄えられていく精液のために張っていく下腹を押さえながら、ぼんやりと思う。これでミンガスの子を孕んだら、獣の仲間には入れてもらえるだろうか?
 愚かなクロは、自嘲ではなく本気でそう思った。
「……て……」
「ん? どうした、クロ?」
「……けて、……たす、けて……だれか、」
 助けて。助けて。
 それはクロが初めて口にする言葉だった。
 神様がいるとは思わない。でも、誰かに、何かに、助けを乞わずにはいられなかった。
 性玩具としてしか生きられないのはわかっている。おとなしく主人の言うことに従っていれば食べるものには困らないし、雨風も凌げる。暑さ寒さに苦しめられることはない。
 でも──では、そうして生きている意味はあるんだろうか?
 考えてしまうと、自分の存在意義のあまりな悲惨さが悲しくて堪らない。
 うわごとのように「たすけて」と繰り返すクロに、男もさすがに同情した……というよりは、哀れさに興を削がれたと言った方が正しいかもしれない。
「あと数分もすればペニスは抜ける。しばらく暇をやるから身体を休めなさい」
 ヒクヒクと泣いているクロをそのままに、男は先に部屋を出て行った。
 犬はクロを慰めるかのように震える肩を舐めていたが、射精を終えると興味を無くしたようにクロの身体からペニスを抜き取り主人の去ったドアへと姿を消した。
 クロは泣きながらなんとか身を起こすと、汁を垂れ流している自身の秘部に伸ばした。
「ひ、うっ……」
 獣に犯された穴に細い指を入れると、不器用に掻き出す。
「ううっ、は、うっ……」
 たっぷり出された精液がゴプリとそこから溢れ、クロの震える太腿の内側を濡らした。
「あ、あっ……あああ……ッ!!」
 慟哭、と言っていい。クロはこれまでになく激しく、大きな声で咽び泣いた。
 自分の流した汗、零した涙。男ものとも、自分のものとも、獣のものとも知れない夥しい量の精液。床もベッドもそんな体液でひどいありさまで、室内は独特の匂いが充満している。
 痩せた背中を丸めて泣いていたクロだったが、とうとう声は枯れ果てて、喉の奥からヒューヒューと空気を漏らす音しか出なくなった。
 静かに涙だけを流すようになったクロの肩に、ごわごわとした重たい布が掛けられた。
「……、」
 クロが濡れた目を上げると、そこにはミンガスを連れて来た男が立ってクロのことを見下ろしていた。
 クロは自分の肩にかかった厚手の黒い布をぎゅっと掴む。彼は、身に着けていたスーツの上着をクロに与えてくれたらしい。
 クロは怯えながらももう1度男の顔を見上げた。
 知らない顔だ。クロの部屋には行為の最中にも出入りする使用人のような男の姿を何度か見たことがあるが、この男は見た覚えがない。
 50代くらいだろうか、白黒の混ざった頭髪に、太い首と広い肩幅は、使用人というよりはボディーガードのようだ。
「……いつか、」
 男は低い声で言った。
「いつか、ここから逃げて自由になりなさい」
 励ますようにクロの背中を叩く手。クロはその言葉に問い返すこともできず、ただ茫然と、男の悲しげな顔を見上げていた。

2019/07/16


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