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蛇の道


第2話


 深い眠りから覚めたクラウスだったが、下腹の違和感の正体に気付くとすぐさま身を硬くし、ポロポロと涙を落とした。
 クラウスの身体はオクタヴィアンの胸に抱かれたまま、その体内はまだ王の大蛇に支配されていたのだ。
 ひどく長い夜だった。それは感覚ではなく、クラウスが意識を失う頃には実際に空も白み始めていたことだろう。それほど長い時間、クラウスは王の求めに応じなければならなかった。
 初めてが初めてとは思えなくなるほどに全身をくまなく貪られ、身体の中まで喰らい尽くされたかのようにクラウスの心は空虚だった。
 幼い頃から、自分に与えられた使命はわかっていたつもりだ。専門的な性の知識も覚えさせられ、頭の中ではそういうこと──つまり、国王の欲望を慰める行為を、自分がすることになるのだと理解していた。
 身体の仕組みを図説したものや、成人男性と少年の交合を描いた絵画も見てきた。けれど、クラウスが体験したものはそれとはまったく違っていた。クラウスの手にした文献にはその行為で味わうことになる感覚についてまでは、詳細に記されていなかったのだ。
 もっとも、仮に記述されていたとしても自分の身をもって体験しないことには知り得なかったことだろう。
 オクタヴィアンの性器は見たこともないほど逞しく、とても自分の身体には収まらないと思った。前戯にと、習った通り王の性器の先端を口に含めばそれはさらに太く、硬く昂り、ほとんど腕のようになったそれにクラウスは青くなった。
 初めのうち、オクタヴィアンは宥めるよう、労わるようにクラウスを説き伏せ、学んだ通りにすれば問題ないと諭した。
 潤滑油のような薬を纏わせた指でじっくりとクラウスの後孔をほぐし、手淫だけでクラウスを快楽の渦に落とすと、オクタヴィアンもじょじょに情欲の熱を帯びながら、すっかり蕩けた気色のクラウスの足を肩に担ぎ上げた。
 ──確かに、クラウスはその瞬間の痛みを感じなかった。ただ、圧倒的な質量で大切な器官を蹂躙され、それによる快感で腰が、背骨が快感に震え支配されてしまうのは、ほとんど恐怖だったと言っていい。
 逃げることもできず、ただただ深く、王の穿った熱い楔を小さな身体で受け止めるしかなかったのだ。
 到底耐えられないような大きさの肉棒に何度も激しく身体の奥を突き上げられた末に、中に大量の子種を吐き出されどんなにか泣き喘いでも、誰も助けには来てくれない。あの悲痛な叫び声が、王の寝間を護る兵士に聞こえていないはずがないのに。
 自分に与えられた仕事がこういうものなのだと、クラウスはその時ようやく理解したのだった。
「……泣いているのか」
 耳元で低く囁かれて、クラウスはビクンと震えた。彼を後ろから抱いていたオクタヴィアンも目覚めたらしい。
「初めてで、よく務めてくれた」
 オクタヴィアンはそう言って、クラウスのつむじに優しく口づけた。2度、3度。
 その言葉にクラウスは少しだけ慰められた。少なくとも、王の気を害さずに済んだようだ。
「……ありがとう、ございました」
 どう答えていいかわからず、クラウスは涙に濁った声でそれだけ言った。
「どうやらあのまま眠ってしまったようだ。無理に引き抜くと身体を傷つけるかもしれん。……少し動くぞ」
「え……、あっ、」
 王の手が、クラウスの腰を撫でる。首筋を吸われながらゆっくりと始まる律動に、クラウスはギュッと自分の腕を胸元に引き寄せ、胎児のように丸くなった。
「ふっ……ん、うっ、」
 ぬりゅ、と少し引き抜かれ、また入ってくる。緩くそれを繰り返すうち、クラウスの中は昨晩を思い出したかのように濡れる。
「はっ……あ、ぁっ……、」
 ぞくぞくと背中を走る快感。ゆっくり、少しずつ。抜き幅が広くなるにつれ、クラウスの腰もつられてカクカクと揺れた。オクタヴィアンは繋がりを解こうとしているだけなのに、まるで引き留めるみたいに──クラウスは頬が熱くなった。
「あっ……へ、へぇかっ……ちが、違うんです、っもうしわけ、ございません……っ」
「お前が望むなら、わたしは構わんが」
 笑みを含んだ声音に、クラウスは全身を染めた。このまままた夕べのように扱われたら、本当に死んでしまう。思うのに、身体は体内に宿る熱を締めつけてしまうのだ。
「んっ、ふっぅ……! ん、ふんっ、ン"ッ」
 クラウスは唇をギュッと噛んで声を殺す。オクタヴィアンに戯れの意図はないだろう。背後に寄せられる吐息には、弱った、とでも言うような苦笑が混じっている。
「昨日あれだけしたというのに。クラウス、力を抜け」
「ひうっ……ん! ちが、んっ、んふっ、んっ、も、しわけ……あっ!」
 クラウス自身も自分の身体が信じられない思いだった。腰はもう限界だとばかりギシギシと痛むのに、それでも快楽を求めてぎこちなく揺れてしまう。中はますます雄を締めつけて、悦んでいるのはオクタヴィアンに伝わってしまう。
 淫乱──昨晩そう言われたのが真実だと証明してしまう身体が恥ずかしく、頭がグラグラと煮え立つようだ。
 ぬちぬちと濡れた音が耳を犯す。
「は、ぁんっ! あ、ち、が……ますぅ……っん! ひあ"っ!? うそ、ちが、ちがうのにっ……なんれ……! あっ、ぃやっ! や、ぃやっ、やぁあ"ッ──!!」
 王の性器の張り出した部分がちょうど前立腺を抉るように擦ると、クラウスは中で達した。王の胸に抱かれながら、細い肩を震わせる。
「ひっ……! は、ひっ……っ」
「……本当に感じ易いんだな。可愛い奴、」
 揶揄うように笑われて、クラウスは感じながらも羞恥心からまた新たな涙を流した。
 こんなの、自分の身体ではない。すっかり快楽に支配されてしまったことが悲しく、恐ろしく、心が軋んだ。
「ひっ……ひぅ、うっ……、」
「泣くんじゃない。さあ、そろそろ離してもらおうか、クラウス」
 オクタヴィアンはクラウスの耳裏に口づけ囁くと、クラウスの腰を掴み身体を引いた。
「あっ……、待っ……まだっ、動かれては──は、あ"あ〜〜……ッ!!」
 途端、クラウスの腰がガクガクと痙攣する。達したばかりの敏感な内壁を擦り、ずるずると這い出ていく感覚に幼い身体は幾度も甘い絶頂に触れる。張り出したカリ首は内壁のひだをねっとりと引きずり出すようにしながらグポ、と抜けた。
「はっ……ン"ぁあ……! は、……はぁ、はっ……!」
 クラウスはシーツに顔を埋めて深く荒い呼吸を繰り返す。鎮まらない快感を封じ込めるように、ギュッと自分の身体を抱き締めた。
 一晩中、大蛇の棲家にされた少年の下腹は主人がいなくなると空虚で、広げられ続けた後孔を窄めるにもパクパクと痙攣してしまう。まるで餌を欲しがる鯉のようだ。
「あ……ぁっ……は、」
 大量に出された精液は眠っている間に腸壁から体内に吸収されてしまったのか、穴の縁から溢れたのは思うよりは少量だった。とはいえ、それはクラウスの尻や太腿を伝って上等なシーツを汚す。
「痛くなかったか?」
 オクタヴィアンはクラウスの肩に手をかけ振り向かせる。起き抜けから快楽に蕩けた顔を王に晒したくはなかったが、抗う術もなくクラウスは上体だけ捻ってオクタヴィアンを仰いだ。
「あ……、」
 クラウスは青い瞳を大きく見張った。
 オクタヴィアンの腰布の奥から伸びる長い肉棒は、クラウスの体内での射精を堪えたために硬く漲ったまま天を向いてその姿を露わにしていた。
 先端から白濁にぬめる赤黒いそれはむわっと性の匂いを撒き散らし、強い生命力を感じさせるような血管を浮き上がらせている。
 形を覚えてしまいそうなほど何度も激しく直腸を擦りあげた逞しい竿、抽挿の度に弱いところに引っ掛かり悶絶したカリ首、クラウスの最奥を乱暴に貫き、天国とも地獄ともつかない恐ろしい快楽を与えた亀頭……一体この凶器がどこまで自分の身体に侵入したのだろう。
 禍々しいと言って過言ではない王の性器から、クラウスは目が離せなかった。
「そんな物欲しそうな目で見るな。……身体に障るだろう、今日はこのくらいにしておいてやる」
 常人と比べればもう十二分に身体に障る域を超えていたが、そこはクラウスの肉体の特性もあるかもしれない。
 ばつが悪そうに視線をはずしてむくれたように言うオクタヴィアンは、きっとまだ彼自身の欲望を満たすための行為を続けることもできたが、彼なりにクラウスを気遣っているらしい。
 オクタヴィアンはクラウスの火照った頬に触れると、覆い被さるように屈んで口づけた。
「んっ……」
 思いのほか柔らかな優しい唇に、クラウスもうっとりとして目を閉じる。口先だけの、啄むような口づけが心地好い。
 大きな手がクラウスの腰や尻を優しく撫でた。敏感になっているクラウスはその感触も堪らなかったが、必死に声を殺す。
 やがて唇も離れ、オクタヴィアンはバサリと腰布を巻き上げ鎮まらない分身を隠すと、ベッドから立ち上がり天蓋越しに言った。
「次は1週間後でどうだ。それまでゆっくりと身体を休めるがいい」
「……承知、いたしました」
 クラウスはか細い声でそれだけ答えた。本来なら衣服の前を合わせて平伏するところだが、身体を起こすことさえできそうにない。
 オクタヴィアンはすでに居室を出ようとしている。
「その様子だとしばらくは足腰が立たないか。使いを呼ぼう。湯殿に行け」
「……はい」
 人に見られたくはなかったが、実際とても起き上がれそうになかった。
 王の呼んだ兵士に抱え上げられて、クラウスは湯殿に運ばれた。

 宮中の者は、何も語らない。
 リンドバーグ家代々の務めは当然知られているが、それについて話をすることは王の侮辱にも繋がるため、自ずと口を噤んだ。
 その務めの制度自体をよく思わない者もいる。
 王に自分の娘と関係させて宮中での政治的権力を得ようという考えの者もいれば、代々美男子の多い王族の寵愛を受け、裕福な暮らしをするリンドバーグ家に嫉妬心を燃やす女もいた。
 過去に、集団でリンドバーグ家の少年を手篭めにした兵士達もいたというが、その少年を寵愛していた王の怒りを買って首を跳ねられたという。
 クラウスを運んだ兵はそうしたことを知ってか、顔色を変えることもなく湯殿までクラウスを運ぶと何も言わずに召し使いの下女達に彼を預けた。
 下女達も口を開かずに、クラウスの身体を清めていく。幼少期から両親と引き離されて宮中で育ったクラウスは年齢の割りに自立心が強く、その状況もまた居た堪れなかった。殊に、腹の中に出された精液を掻き出そうと後孔に指を挿れられた時には声をあげて拒んだ。

 清潔な新しい衣服に身を包む頃には、クラウスもなんとか自分の足で立てるようになったが、腰や下腹は鈍く痛み、足の付け根は強張っていた。
 次は1週間後だと言われた。またあんなことをされるのかと思うと、身体が震える。
 恐怖と──これは、期待なのだろうか?
 思い、クラウスは熱くなった顔を覆う。
 嫌だったのに。怖くて堪らなかった。許してと泣き叫んでも解放してもらえず、絶頂に次ぐ絶頂で意識が飛びかけても、突き上げは止まなかった。
 ポロリとクラウスの頬に涙が落ちる。
 今朝の不意の労り程度で心を許したくないのに。絆されそうになっている自分に、クラウスは疑問を投げかける。
 本当にこれでいいのか?
 リンドバーグ一族が代々務めてきた職務だなんて、到底信じられない。父親を含め、先代達はこの葛藤をどう飲み込んできたのだろう。
 長い廊下の向こうから兵士の一段が進んでくる気配を感じて、クラウスは慌てて涙を拭うと泣き顔を悟られないよう俯いた。
「なぁ、あれだろ。昨晩の……」
「すげぇ声だったよな。ありゃあ相当な淫乱に違いない。俺も一晩中ブチこんでヒィヒィ鳴かせてやりてぇぜ」
「やめろ、吊るし首にされるぞ」
 すれ違いざまボソボソと交わされる会話に足が震えた。やはり、クラウスの夜の声は聞かれていたのだ。
 どれほどの声量で、どんなにはしたない声や言葉を発したことか──思うに、それはきっと発情期の雌猫のような響きだったことだろう。
「クラウス!」
 その時、高い声が名前を呼んだ。クラウスが声のした中庭の方に視線を投げると、光の庭から現れたのはオクタヴィアンの息子、ガブリエルだった。
「クラウス、昨日はどこへ行っていたの? 宮中を探し回ったのに、どこにもいないんだもの」
 オクタヴィアンはグレーの瞳を輝かせて人懐こい笑顔を浮かべた。
 昨日は、王の寝室に入る前から禊をしていた。夕食は控えて、あの部屋で王を待った。
「……仕事が、あって」
「仕事? クラウスにも仕事があるの?」
 クラウスは声を出せず、静かに頷いた。
「すごいね、クラウス! 今度僕にもお仕事の仕方を教えてね。僕にできることなら手伝うから」
 無邪気にそう言うガブリエルに、上手く微笑み返すことができただろうか?
 クラウスはひとつ深呼吸をすると、ガブリエルの背丈に身長を合わせるように腰を屈めた。
「ありがとう、ガブリエル。君は優しいね」「……クラウス?」
 下腹に違和感を感じたクラウスは咄嗟に膝をつく。膝が震える。踝までの長さがある上衣の下で、クラウスの内股を白い液体が伝い落ちる。掻き出しきれなかったのだろう、それは王がクラウスの奥深くに植えた子種だった。
 きゅん、と下腹が甘く疼く。
 1週間後──クラウスはまた、この少年の父親に抱かれるのだ。
「君は、きっと優しいままでいてね」
 クラウスは再び溢れてきた涙を悟られぬよう、ガブリエルを抱き締めるとその薄い肩に顔を埋めた。

2020/08/22


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