Long StoryShort StoryAnecdote

穢れた血


第1話


「誉は絶対外に出ちゃダメだからな」
『でも……俺は万里さんのことが心配で、』
「ばかっ!」
 万里はスマートフォンに向かって、思わずそう怒鳴っていた。
「薬がないってのに、今の誉が外に出たらたちまちアルファに襲われちゃうって!」
『そんなこと……、』
 そう言う声は掠れていて吐息混じりだ。電話越しに声を聞くだけでも下半身が疼いて、万里はギュッと唇を噛む。

 この世界において、人間には男性、女性という性差の他に、アルファ、ベータ、オメガという3つの性別が存在する。
 アルファは生まれつき身体能力や知能が人より優れ、社会的地位の高い者が多い。金メダル級のアスリートや長者番付の上位を占めるのは、ほとんどがアルファだ。女性、およびオメガ男性を妊娠させることができる。
 一方で、社会的弱者として世間の風当たりが強い性別がオメガだ。オメガには「ヒート」と呼ばれる発情期があり、1週間は性欲が増進し、強いフェロモンを撒き散らすと同時に脱力感、倦怠感に悩まされると言う。その特性ゆえに、アルファやベータに隷従させられたり、性欲の捌け口にされるといった歴史的な背景を持つ。
 ベータはそうした特徴のない者を指し、相沢万里(あいざわ ばんり)は生後すぐの血液検査でベータと判定された。
 千草誉(ちぐさ ほまれ)は万里の高校の1つ下の後輩で、男性のオメガだ。
 2人は中等部からの付き合いで、万里が中学2年生の時に気まぐれで作った「料理クラブ」という風変りな部に、たった1人入部してきたのが誉だった。
 誉はすらりと身長が高く顔が小さくて、モデルのような容姿をしていたが、それには不釣り合いな額縁眼鏡をかけており、一見すると地味だった。まるで姿の好さを押し隠そうとしているようにさえ見える。
 しかし大人しく真面目な印象の誉が、怪しげな部を1人で訪ねて来るという意外さを万里は気に入った。
 名ばかりだった料理クラブだったが、万里は真剣に料理をしたいと言うので、放課後は彼を伴って家庭科室で真面目にそれに取り組んだ。
 そうこうしているうちに月日は流れ、万里が高等部に上がるという時に誉から告白された。万里は驚いたが、誉のことは気に入っていたし、あっさりとその場で承諾した。そしてその時、誉がオメガであると告げられたのだ。
「俺、ベータだけどいいのか?」
 誉の告白を受けて、万里はそれだけ確認した。
 オメガは、決まった相手──「番(つがい)」がいない限りは一生ヒートに苦しむと聞く。そして番は、アルファが発情しているオメガの首筋を噛むことでしか成立しない。つまり、ベータの万里はそういった意味で誉と番うことはできないのだ。
「万里さんが嫌だったら、無理にとは言いません」
 誉は頑張り屋で、何事にも一生懸命だった。いつもどこか自信なさげだったけれど、大抵のことは持前の努力で人並み以上にできたし、何より、誰に対しても心優しいことを万里は知っている。
 上手い表現ではなかったが、万里がそれを伝えると誉は泣きそうになって、「ありがとう」と言った。以来、2人は恋人同士となって付き合いを続けている。
 万里といる時、誉は時々苦しそうにしていることもあったが、年齢のせいか誉のヒートはまだ症状が軽いようだった。誉は料理を作る時にヒートの抑制剤を混ぜている。
 しかし今、世界ではその抑制剤が足りていない。元々、オメガは人口比率的に多くはない上に、経済的に苦しい生活を強いられている者が多い。それに対して抑制剤は高額だった。その薬をめぐって戦争をしている国もあるくらいだ。
 最近では薬の値段が高騰しはじめていた。病院で盗難が起きているところもあるというし、傷害事件やアルファによるオメガの集団レイプ事件が起きたという話まである。
 大切な人を、そんな目に遭わせるわけにはいかない。

「いいな、じっとしてろよ」
『お願いだから、万里さんも家にいて』
 電話の向こうで誉が苦しそうに言う。
「今、バイト先なんだ。薬を買い溜めしておこうと思って」
 誉はいつも自分で薬を調達していると言っていたが、とはいえ金策は大変だろう。万里とて祖父母の元から奨学金で学校に通う苦学生だったが、今は時が時だ。
 万里は高校の近くの薬局でバイトをしており、幸運にもまだここには薬が届いている。海外にも進出している薬品メーカーの系列店で優遇されているらしい。
 この日はクローズの仕事で、倉庫の整理をしたら終わりだ。
「薬を買ったらその足でお前の家に行くからさ、それで……」
 万里は、誉が高校を卒業するまではセックスはしないと約束した。
 本当は今すぐにでもしたい。実際、誉が高校に上がってからは二人で狭い部屋にいると誉の放つ匂いで頭がクラクラすることがあった。ベータでこれなのだから、もし自分がアルファだったらよほどの自制心が必要だろう。
 17歳なりの欲望が頭を擡げたが、すんでのところで考えを振り払う。
「それで、何か作って一緒に食おうぜ」
『え……? バイトって……万里さん、今外にいるの?』
「ああ。これから誉の家に行くから、おとなしく待って──」
 その時、後ろから羽交い締めにされた万里はスマートフォンを床に取り落とした。カシンッ、と硬質な音が部屋に響く。
「なっ、」
 そのまま倉庫の壁に乱暴に押しつけられた万里は強かに背中を打ち、うっ、と呻いた。
 振り仰ぐと、そこには社長の百名(ひゃくな)が、万里を見下ろしていた。
「え……? しゃ、社長……なんでこんなところに、」
「相沢、今日は薬を飲まなかったのか?」
「薬……? 何を言っ──」
 突然、首筋を掴まれたと思うと百名の整った顔が近づく。抵抗する間もなく、万里は百名に唇を塞がれた。
「んっ、ふ……っ!?」
 息ができない──抵抗しようと百名の腕を掴むと、逆手に取られて壁にグンと押さえつけられた。
「ふっ……う、む……っん!」
 利き足で百名の足を踏みつけると、やっと顔が離れる。
 何が起こったのかわからず、万里は目を白黒させた。
「な、何を……!?」
「こんなキツい匂いプンプンさせて、お前こそどういうつもりだ? 前から妙だとは思ってたが……俺のことを誘ってるんだろ?」
 何を言っているのかわからず、万里は呆然としたが、次の瞬間伸びてきた男の手が万里のシャツの襟首を掴み、乱暴に引き裂いた。
「なっ……!? やめ、やめろっ!」
 ボタンが弾けてシャツの前が開かれる。外気よりも低い倉庫の室温に、ひやりと鳥肌が立つ。
「嫌だ、離してください!」
 万里は必死に百名を押し返したが、熱い胸板はびくともしない。万里は170センチと少しの身長だったが、百名はそれよりも20センチは優に大きい。視界いっぱい覆われた万里は、ぞっと恐怖を感じる。
「今さら遅い」
 百名の手が万里のズボンのベルトを掴むと、ガチャガチャと引き抜きファスナーを下ろす。
「ゃ、め……っ!」
 強い力で、万里はろくな抵抗もできないままズボンを下着ごと引きずり下ろされた。
 万里は百名のことが以前から苦手だった。いや、はっきりと嫌悪していたと言っていい。
 大学を出てすぐ、新卒でここのオーナーとしてやって来たやり手らしく、30歳で企業の社長にまで上り詰めた。親のコネだろうと噂されていたが、アルファではないかとも囁かれていた。
 それはさておき、万里にとっては百名の人を値踏みするような目つきや横柄な態度が鼻についた。こと、一介のバイトでしかない万里に対して何かと突っかかってきていたのだ。
 だけど、こんな──「誘っている」? まさかそんな風に思われていたなんて、考えもしなかった。
「何を考えて──」
「かまととぶって、わからないわけないだろ?」
 そう言う百名の手が後ろに回される。誰にも触れられたことのない場所に、指を突き挿れられた。
「ひっ!?」
「すぐに好くしてやる」
 指を出し挿れされて、奇妙な感覚に襲われる。下半身に血が集まるのを感じながら、けれどそれとはまた違う下腹の疼きに万里は戸惑った。
「や、だやめっ、……あ!」
 ぐち、と中を指で押されて腰が跳ねる。嫌だ──嫌悪感と羞恥心で身体が熱くなる。股間もじんじんと熱を持って、指で解されたところに意識がいってしまう。
「ほら、濡れてきた」
「ぁ……?」
 ぐぽ、と指を抜かれて、背が震えた。
 百名が指を入れたところから、じわん、と奇妙な感覚がして何かが溢れた。とろりとした液体が、万里の尻を伝う。
「な、に……これ、」
「お前が感じてる証拠だ」
「あ……はぁ、はっ、ぁ」
 呼吸が苦しい。頭が、クラクラする──万里はガクンと膝をついた。縋るように百名のスラックスを掴む。視界には百名の靴。
「相沢」
 呼ばれて万里が顔を上げると、百名は見せつけるように自身のファスナーを下ろし、性器を取り出した。
「ひっ……!」
 それは見たこともないような、異様な形と大きさの男性器だった。赤黒く屹立したそれは血管が浮き上がり、今にも暴発しそうなほどに漲っている。
「アルファのペニスを見るのははじめてか? てっきりさんざん咥え込んでると思っていたんだけどな」
「ア……ルファ……? っ何するんです、やめっ……!」
 手首を掴まれ、床に引きずり倒される。息を整える間もなく、万里の肛門に熱くて硬いそれが押し当てられた。くちゅ、と濡れた音がする。
「じゃあ俺がお前のはじめての男ってわけだ。可愛がってやるよ、相沢」
「離せやめろっ! そんなの入るわけ、なっ……あ"、うぅっ──!!」
「うっ、く……はは、これが、オメガの……!」
 痛い、痛くて──熱い……ッ!
 身体を引き裂かれるような激痛。百名は万里の足腰を掴むと強引に異物を押し込み、受け入れさせられた中をグチグチと擦ってくる。異物──さっき見せられたものを思い出し、ざっと血の気が引く。
 信じられない、信じたくない。けれど、自分の中に、あれが──。
「あ、あうっ、うーっ!」
「少しは緩めろ……食いちぎられそうだ」
 強引に押し入ってきたそれがどんどん深くなり、やがて肌と肌がぶつかった。
「あっ! は、はぁ、はっ……!」
「……わかるか? お前の中に、俺のが全部収まった」
 ぞっとするようなセリフを耳元で囁かれたと思うと、百名はぐっと万里の腰を掴む手に力を入れた。
「ああっ……!」
「ずっとこうしたかった。お前の中に俺の熱を埋めて、お前の振り撒く匂いを全身で感じて──!」
「や、やだ……! いや、やだぁっ!」
 ヌリュ、と中を擦られる感覚。硬くて熱い確かな質量が、万里の中で動き出す。
「うっ、くっ、好い具合だ……!」
 パンパンと肌を打つ音。自分が男に犯されているんだという事実を後から理解する。
 そんな──嘘だ。
「いや、嫌だぁあっ!」
 必死の思いで身を捩るも、百名は片手だけでがっちりと万里の両手首を抑え込み、もう一方で腰を掴み揺さぶる。万里の中を抉るものはさらに深いところを責めた。
「あ、ンッ!」
「好い顔をするじゃないか。もう番がいるのかと思っていたが……今日の匂いで確信した。お前を俺のものにしてやる」
 言うと、百名は万里の襟首を掴み、首筋に歯を立て──。
「イ"ッ……!!」
 万里の薄い肩口に犬歯が食い込む。痛い。痛いのに、下腹の甘い疼きが増して全身が快感に包まれる。なんで──こんなの、嫌なのに。
「は、あっ……!! ああ、ン"ッ──〜〜!!」
 ビク、ビクッ、と中が痙攣する。百名のものをぎゅうっと締めつけているのが万里自身にもわかった。
「はは、感じてるな。とんだマゾだ」
 馬鹿にしたように笑われ、屈辱的なのに否定できない。身体が言うことを聞いてくれない。
「あっ、い……やだ、動かないで、くださっ……抜いて、……ん"、ああッ──!!」
 押さえつけられた手をギュッと握りながら、万里はボロボロと涙を流していた。
 嫌だ、嫌だ。どうしてこんな男に好き勝手されているんだ──身体を蹂躙されながら、万里の頭の中も乱れていく。
「はっ……あ、あ……っん!」
「ふふ、泣き顔も可愛いよ。堪らないな、お前の声、匂い……」
 また百名の顔が近づいて、呼吸を奪われる。嫌だ、こんなヤツとキス、なんて──。
 そのまま、押しつけられた腰の律動が速くなる。万里の腰もつられたようにぎこちなく揺れる。
「ふっ……! んっ、んン"ッ……!」
「自分から好きなところに擦りつけて……まったくとんだ淫乱だよ」
「んんっふ! うっ、ぐっ、ぷあっ! はっ……いや、やだあぁっ!」
 百名の唇は万里の唇を離れると悲鳴を発する喉を甘噛みし、鎖骨の窪みに舌を這わせる。それから万里の乳首に吸いつき、舌先でチロチロと先端を刺激した。堪らず、万里はビクビクと爪先を震わせる。
「あっ……! ぁ、はっ……!」
「乳首も弱いのか? まったく……本当にオメガの身体というのは浅ましいな」
「オメガ……じゃな、ぃ……おれ、」
「お前は正真正銘のオメガだよ。俺の鼻は誤魔化せない。この甘い匂い……甘い声。すべてが俺を惹きつけて止まない……わからないなんて言わせない!」
「ひゃあぁんっ!」
 百名の熱いものがさらに奥に突き立てられ、万里の口から高い悲鳴が溢れる。
 どうしてこんな──そうだ、誉と、俺──誉としたかったんだ。なのに、何でこんなヤツ、百名と、なんか。
「あ、はぁっ! ひぁ、んは、あはぁンッ!!」
「ああ、その甘い声、もっと、もっと聞かせてくれ!」
 万里を押さえつけていた手が離れて、万里はゆるゆると百名の胸を押し返そうとしたが、もうそんな力は残っていなかった。百名の律動がますます速くなり、万里はなすがまま仰け反って泣き喘ぐばかりで。
「やあっ、あんっ! あ"あんッ!あ"ッ、あ"んッ! あ"はぁッ!!」
「噎せ返りそうだ……! それにこの声、ますます興奮してしまうよ!」
 ガツガツと抉るような腰の動きがさらに速度を増して、万里は身を捩りながら泣き叫んだ。
「い"やあぁぁぁッ!! だめ──やだやだ、いやだっ、やだぁーッ!!」
 暴力的な突き上げ。百名の打ちつける欲望を受け入れた身体は、抜き挿しに合わせてゾクゾクと感じてしまう。それを見下ろす百名の下卑た笑い、視線──屈辱的で堪らないのに、それ以上に腹の底から湧き上がるような情欲の熱に、万里の思考も狂わされていく。
「ああ、好いよ、相沢万里……万里、可愛いよ」
 百名の荒い呼吸は獣のようで、耳元に吹きかけられる度に鳥肌が立った。まるで本当に、獣に食われているみたいだ──ぼんやりとそんなことを思いながらも、口からは自分でも信じられないような甘い喘ぎが。
「ああ"ッ! あ"ンッ! あ"ぁ、あ"っ、なん、なんでっ、おれ……おれの、からだぁっ」
「自分でわかるだろう? 俺が突き上げる度に中でイッってるのが」
 百名の言うことが嫌というほどわかる。百名の吐息が快感に震える時、万里の身体もまた快感で蕩けそうになる。過ぎる快楽は痛みにも似て、じんじんとした疼きが腹の奥を突き上げる。お互いの発する立ち上るような体熱が、目に見えるかのようだ。
「いやっ、やだ、もうやめて……っ、誰か助けて、たすけてぇっ」
 子供みたいに泣きじゃくる万里に、それでも百名は手加減などしなかった。万里の顎を掴むと、むしゃぶりつくような口づけを繰り返す。舌を入れられた万里はギュッと目を閉じる。
 嫌だ──誉以外と、こんな──。
「んぐっ、ふっ……んんっ」
 熱い汗ばんだ手が万里の肌をまさぐり、胸を撫でる。ありもしない乳房を揉むように両手で胸郭を掴んだと思うと、親指の腹で乳首を捏ね回す。
「んんーっ!! んっ、ふぅっ……ん"ん"ッ……ン"ッ!?」
 嫌だ、嫌だ、何か来る、怖い、嫌だ──!!
 執拗に突き上げられている箇所から、せり上がるような熱。焦れるような感覚が万里の身体の中で起きる。
 だめ、出る、何か──限界が、ああ──ッ!!
「ン"ゥッ──〜〜!! ──……ッ!!」
 百名の動きがギクン、と驚いたように止まる。同時に万里の身体も魚のように跳ね上がった。剛直で激しく犯され赤くなった秘部から、プシャアッと歓喜の飛沫があがる。
「ん"、うっ──!! ふっ……!! ン"ンッ──!!」
 俺──今、何が、なに、一体、なんで──。
 絶頂しながら混乱している万里の口を百名は塞いだまま、舌先で万里の上顎を舐め上げる。万里はまたビクビクと達してしまう。百名はそんな万里の反応を面白がるように、指先でくすぐるように跳ねる身体のあちこちを優しく撫でた。
 万里の身体はもはや、全身が性感帯となっていた。百名の指先が辿った肌は薔薇色に上気し、汗ばんで、悪戯に摘ままれた乳首はたちまちピンと起ち上がった。
「……っぷは、はは、はじめてで潮噴きとはな」
「はっ……はぁ、……は、……んぅ……っ」
「どうやら俺達の身体の相性はよほど合うらしい。ああ、可愛いよ万里……あんまりキツく締めるから身動きが取れないじゃないか……」
 耳の中に息を吹き込むように低く囁かれて、万里は全身から熱を発した。
 恥ずかしい──百名の指摘通り、万里は百名の性器を奥でキツく締めつけ、乳首を虐められ舌で口内までも蹂躙されて、それで絶頂を極めたのだ。そのすべてを、百名は手に取るように把握し、愉しんでいる。
 涙や唾液や汗でぐしゃぐしゃに濡れた顔を歪めて、万里は蚊の鳴くような声で哀願した。
「……も、やめて……くださぃ……、」
「真っ赤になって震えて……そう怖がるなよ。安心しろ。お前はもう俺のものだ」
「オ、メガじゃな……おれ、ベータで……、」
「お前は仮性ベータだったんだろう。幼少期の血液検査じゃわからない型のオメガだ」
 百名は万里の首筋や胸元に鬱血痕をつけながらボソリボソリと言葉を紡ぐ。
「だがアルファの鼻は誤魔化せない。最初は半信半疑だったが……もう薬なしじゃ抑制できないレベルにまでなってたんだよ」
 百名の言う言葉が理解できない。だって、俺はずっとベータだって……。
 確かに、勉強も運動も人よりは不得手だったが、自慰だってしていたし身体的にも他のベータと何も変わらない。疑ったこともなかった。でも、なんで──。
「なんで、今日……」
「薬を飲んでないからだろう? これまでこんなに強い匂いを感じたことがなかったから、てっきりもう番がいるんだと思ってたが……」
 どうして……今までだって薬なんて飲んでいないのに。今まで、変なことなんて何も──。
「あ……」
 ふと、疑念が浮かぶ。

「誉ってさ、実はアルファなんじゃないの?」
 1度だけ、万里はふざけて誉にそう言ったことがある。誉とゲームセンターに行った時に、何をやっても誉がいとも簡単にこなしてしまったからだ。
 ほんの冗談のつもりだったが、誉は何故そう思ったのか、と真剣な顔で万里を問い詰めた。驚いた万里は冗談だよ、と取り繕い、以降その話をしたことはない。
 オメガとして苦労してきた誉にそんなことを言ったから、気分を害したのだろうとその時は思った。
 けれど思い返すと、誉は何か焦っているようでもあったのだ。まるで嘘を見抜かれたみたいに──その違和感はずっと万里の中に残っており、誉が何かをさらりとやってのける時、度々万里の脳裏に蘇った。
 そして、あの料理だ。2人で一緒に作る料理は、誉の提案で別メニューを1つずつ作り、半分をトレードすることになっていた。
「ヒートの抑制剤はベータが口にしても問題ないですから」
 そう言って。
 万里自身は、自分が薬を飲んでいるという意識はしていなかった。けれど、万里も誉の作った抑制剤入りの料理を一緒に食べていたのだ。
 誉は、アルファである自分を偽っていたのではないか? そして、万里に薬を飲ませるために料理を──。 

「はぁ、そろそろ限界だ。万里」
「えっ……あ、待っ……いや、やだっ!」
 再びはじまる律動に、呼吸が詰まる。百名は万里の両足を肩に担ぎ上げて上から押し潰すみたいにピストン運動をした。苦しい体勢で、快感を叩きつけられるまま声をあげて。百名はそれでも飽き足らずに1度足を離すと繋がったまま万里の身体を返して、犬のように四つん這いにさせ後ろから突き上げた。
「あっー! あっ! あんっ! あ、あ、あ"ッ!」
 深い──さっきまでよりも奥まで硬い部分が届いて、怖い。怖いのに──それが気持ち好くて堪らない。
「いやっ、やだぁっ! おく、やめっ……、い"や"あ"ぁっ!!」
「自分がオメガだってこと知らなかったんなら、どこが好きか全部教えてやらなきゃな!」
「ひあ"ああっ!! あ"あーっ!! あ"っ、あ"あッ──!!」
 卑猥な音が身体の内側から聞こえる。自分の身体がめちゃくちゃにされる音──。
「う、くっ、このまま出すぞ!」
「いあっ! あんっ!! あっ、あっ、あううっ!」
 やめて、もう嫌だ──なのに、万里の身体は侵略者に服従するかのように抵抗をすることもできず、暴力的な律動と中を掻き乱される感覚に震えるしかない。
「万里、俺の子種を受け止めてくれ──俺の精子で、俺の子を孕め!」
「な、に……っ!?」
 孕む──妊娠?
 オメガは──そうだ、妊娠する。自分がもし、本当にオメガなら──妊娠、するのか? こいつの……百名の子を……?
「い、やだ……っ、やめろっ、嫌だッ!!」
「子種を欲しがって吸いついてくるぞ! イく、イく、出るぅっ──!」
 百名の律動がこれまでになく激しく、小刻みになる。元より大きかったものが腹の中でさらに膨張する。
「ひっ、いや、い"や"あ"ぁぁぁっ──!」
 ビュクビュク、ビュルッ──!!
 熱いものが万里の腹の奥で弾けた。絶望的な眩暈を感じながらも、身体は歓喜の震えが止まらない。
「あっ、あ……あつ、い……っ」
 ドクッ、ドクン、と激しい脈動が自分の中に流れ込んでくる。
「はは、子宮口が下りてきてる……こりゃ1発で孕むかもな。ああ、亀頭球が抜けるまで少し待ってろ。俺の射精は長いぞ。万里の腹の中にたっぷり種を仕込んでやれる……」
「ひ、うっ……ぁ、あ……っ」
 繋げられた入口の辺りにボコリとコブのようなものがあって、万里が腰を引こうとしてもそれのせいで抜けない。万里は泣きながら、身動ぎすることもできなかった。
 腹の奥の脈動……気のせいではないのだ。ドク、ドク、ドク。万里の腹の中に注ぎ込まれる熱いもの。まだあの長くて太いものが、万里の身体の中で震えている。
「ひっ、く……ぅ、ふっ……」
 汚された──誉の顔が浮かび、消える。
 抱いた疑念は、ほとんど確信に変わりつつあった。もし本当に誉がアルファだったなら、その嗅覚で万里がベータではなくオメガなのだと嗅ぎ分けたことだろう。
 近くにいながら、無自覚のオメガの前で欲望を抑えて。万里の家庭の経済事情も知っていた誉は、自分のためと偽って、万里のために抑制剤入りの料理を作っていたのだ。
 どうしよう、どうしよう。あいつは、俺のために今まで……なのに、俺は百名に……。もし誉にこのことが知られたら、俺──。
 少しすると万里の下腹は張ってきて、中を満たした体液が中から溢れはじめた。尻や太腿を伝う濡れた感覚が気持ち悪くて、万里はますます激しく泣いた。
「万里、愛しているよ」
 そう言って、百名はゆっくりと腰を引くと巨大な性器を万里の中から引き抜いた。内臓を引きずり出されるような感覚に、万里は悲鳴をあげる。
「……おっと、万里の可愛い声、誰かに聞かれてしまったかな?」
 床に落ちていたスマートフォンが百名に取り上げられ、画面を見せられる。通話は切れていたが、さっきまで──万里は目の前が真っ暗になった。
「あ、ぁ……っ、ほま、れ……誉、ごめ……っ」
「誉……恋人の名前か? だがお前はもう俺のものだ。他の誰にも触らせない」
 百名はそう言うとまた万里の唇に深く口づけた。万里の心は百名を強く拒絶していたが、それでも、番にされた身体はアルファの血に反応するように沸き立つ。
 誉──俺、おれは──。
 番になった男に抱き締められながら、その腕の中で万里は意識を失った。

2020/06/21


←Prev Main Next→
─ Advertisement ─
ALICE+