Long StoryShort StoryAnecdote

ぼんにかえらず


※(「あとのまつり」続編)

 ジワジワと空から降る蝉の声がうるさい。それ以上に、自分の荒い呼吸も。
 頭に上げた狐の面は髪留め代わりに前髪を持ち上げてくれたが、こめかみからは汗が流れた。浴衣の袖でぐいと拭いながら、龍之介は自分がかつて倒れ伏していた場所の土をぎゅっと踏みしめる。

 1年前の夏、龍之介はここで1度死んだ。
 夏祭りの夜のことだ。父親の営む鉄板焼きの店で働く男――野洲と共に姿を消した親友の後を追って、この竹林に踏み入った。
 草木の匂い、虫の鳴く声。祭りの喧騒を離れた仄暗い林の中、龍之介は野洲を見つけた。いや、野洲の方が龍之介を見つけた、と言った方が正しいかもしれない。
 野洲はいつもと変わらぬ様子で龍之介に歩み寄った。親友はどこへ行ったかと問う龍之介に、不意打ちで鳩尾に1発。衝撃に意識を失い、次に目が覚めた時には野洲は龍之介の身体を組み敷いていた。
 シャツの中に入れた手が肌をまさぐる嫌悪感に一気に意識を浮上させた龍之介だったが、抵抗する己の力の弱さに愕然とした。
 そんな、まさか。だって俺は、男なのに――思考が追いつかないまま唇を塞がれ、乳首を弄ばれると野洲の目的に対する疑念は確信に変わった。
 負けん気の強い龍之介も突然降りかかった恐怖に身体を強張らせる。もがき、野洲の腕や足を叩き、蹴飛ばしと必死に抗ったがそれでも敵わず、何度か頬を張られて竦んだ身は自由に動かせなくなった。
 ――やめろ、離せ、やめろ、やめろ、畜生……。
 男の指が強引に秘部を抉じ開けるのを、龍之介は歯を食い縛り呻きながら耐えた。指で中を弄ばれる悔しさに涙が滲み、性器を挿入された瞬間の激痛には絶叫を上げたが、野洲の大きな手に封じられた。
 野洲は龍之介の口を押さえつけたまま激しく腰を使い、まだ異物を受け入れたばかりの狭い腸内を乱暴に擦りあげた。
 じょじょに深くまで浸食してくる圧迫感。耳元にかかる男の生臭い吐息。もう一方の手で乳首を捏ね回されて鼻から甘い息が抜けると、野洲は手を離し唇で龍之介の悲鳴を塞いだ。
 嫌悪感と身体の痛みに苦痛を感じているうちはまだよかった。パンパンと強くぶつかる肌は赤くなり、上から体重をかけられれば背中が細かい木切れや小石に浅く傷つけられる。そうしたまだ微細な刺激を意識していられるうちは。
 舌を絡め取られ乳首を愛撫され、性器まで扱かれると、龍之介の鼻から漏れる声は甘えを帯びた高いものへと少しずつ変わっていった。
 ――ふっ、ン――あ、はぁ、ン……。
 奥を抉る熱く硬い肉棒の突き上げに感じて、龍之介の釣り気味の眉が切なげな八の字を描いた。潤んだ瞳からほろりと涙が零れ落ちて、土埃に汚れた頬に白い一筋を残す。きゅう、と男の性器を締めつけながら龍之介は射精していた。
 ――やめて……、嫌だ、お願いもう許して……。
 龍之介の心を何より傷つけたのは、苦痛よりも快感に翻弄されてしまったことだ。こんなはずはない、こんなの自分の身体ではない、と。
 しかし龍之介のしおらしい哀願はかえって野洲の嗜虐心に火をつけてしまったらしかった。太腿を掴むとより深く龍之介の中を熱い肉棒で穿ち、一突き、また一突きと中を責め立てる。
 いやいやと首を打ち振りながら男の性器を締めつける矛盾が、容赦なく龍之介の心と理性を破壊した。
 やがて何も考えられなくなった龍之介は淫乱だと詰る男の言葉に応えるかのように奥まで熱く蕩けて、甘えた切ない声で何度も鳴き、最後は野洲が中で果てるのと同時に達した。精液は出なかった。
 ――わかるか? お前は女になったんだ、龍。
 野洲が耳元で囁くのを聞きながら、龍之介は目を閉じた。そして自分という魂が今、殺されたのだと思った。その後も自分の身体が揺さぶられるのを感じながら……。

 次に目を覚ました時、龍之介の目の前には浴衣姿で心配そうな顔をした親友の姿があった。
 衣服は着せてくれたのだろうか、多少乱れてはいたがシャツもズボンも身に着けてはいた。青くなる龍之介から視線を逸らす少年の様子に、ここで何があったかを親友が知ってしまったことはすぐに察せられた。
 手首には男に強く掴まれてできた痣。背中や足についた無数の擦過傷。全身に点々と描かれる鬱血痕。それから、いまだじんじんと痛む秘部から内股を伝う白い……。
「龍……大丈夫?」
 涙でぼやける視界。親友の白く細い手が龍之介の手を握る。爪の中に泥の入り込んだ、汚れた手を。龍之介は自分の身をもって、親友がかつて被った出来事がどういうものであったのかを理解した。
「――翼。ごめん、俺……お前はこんな、」
 数年前、祭りの最中に行方をくらました翼は、今の龍之介のような姿で発見された。何者かに陵辱されたのだ。
 こんな恐ろしい思いを、翼はまだたった8つの時にさせられたのだ。それを思うと悲しくて悔しくて仕方なかった。自分の身を守れなかった悔しさもあるがそれ以上に、翼の苦しみを思って龍之介は泣いた。
 翼は静かな面差しで龍之介を見つめたまま、ぎゅっと唇を引き結んでいた。かえって何か言いたいことがあるかのようにも見えたが、龍之介が涙を流しながら「怖かったよな、痛かったよな」と手をきつく握るのにただ首を横に振って押し黙っていた。
「龍も……怖かったよね。痛かった、でしょ? もう、大丈夫だからね」
 慰めてくれる翼にうんうんと頷きながら、龍之介は涙を拭った。翼にこんな姿を見せたくなかった。でも、この場にいるのが翼だけでよかったとも思った。
 はたと、野洲の姿がないかと辺りを警戒する。葉のさざめきと虫の声以外、何も聞こえない。
「翼、お前を……傷つけたのもあいつなのか?」
 翼はじっと龍之介の瞳を見つめ、少しの間を空けて言った。
「あいつ、って?」
「お前は――俺を襲った男を見てないのか?」
 翼はふるふると首を横に振った。
「僕がここに来た時には……誰もいなかったよ」
 龍之介が一瞬眉間に皺を寄せると翼はビクリと震えて握っていた手を引っ込めた。手に力が入り過ぎたらしい。
「……翼は、自分を襲った犯人の顔、覚えてないって言ってたよな。見たら思い出すと思うか?」
 翼は怯えた目をしながらもコクンと小さく頷いた。
「わかると思う。僕の知ってる人じゃなかったよ」
「そうか……」
 龍之介ははぁ、と息を吐いた。
 野洲は龍之介が意識を失くす前に言った。もし自分が犯人だと誰かに話したら、翼も同じ目に遭わせる、と。そんなこと、絶対にさせるわけにはいかない。何としても翼は自分が守らなければ。
「なぁ、翼。俺、弱くてごめんな。これからは絶対にお前のこと守るから。だから……ずっと、俺のそばにいてくれないか」
 弱々しく伸ばした手を、翼の手がそっと取る。情けないな、と思いながら、その手の温かさが傷ついた心を癒してくれる気がした。

 あれから、1年――その日々は、龍之介にとって過酷なものだった。
 野洲は仕事場に来る度に龍之介に迫った。父親の目を盗み、仕込みをしている調理場の影で尻を撫で、壁に押しつけられてキスをされたのは初めのうち。性器を舐めさせられたり挿入されるまでにそう時間はかからなかった。
 何度も、この男を殺してしまおうと思った。調理場にある包丁に震える手を伸ばしたこともある。けれど、父親の顔を見るとその気持ちも萎んでしまうのだ。
 父親に迷惑をかけたくない。翼を守りたい。その一心でひたすらに耐えた。
 野洲との行為に、龍之介はいつも抵抗した。手首を捻られ、壁や床に頭を擦りつけられ、頬を張られても絶対に屈したくなかった。
 性器を咥える時など、歯を立てようとしたこともある。その時は目立たないところ――腹や背中をしこたま殴られ、おまけに翼の目の前で犯してやる、と脅された。この男ならやりかねない、と背中が冷たくなったものだ。
 脅迫に怯えて抵抗をやめたわけではない。……けれど。
 ――相変わらずのじゃじゃ馬だが、身体の方はずいぶん従順になってきたじゃねぇか。
 ――わかるか? ここがお前の好いところだ。なぁ、ここが好きだろう、龍。
 ――龍も可愛い声で鳴くようになったなぁ。ここもいやらしくうねって締めつけて……えらい悦んでるじゃねぇか。
 言われる度に、身体の内側が震えた。この男の手によって自分の身体が作り替えられていくのが恐ろしかった。龍之介の身体は確実に野洲の望むように調教されて、女のように長い絶頂まで迎えるようになっていたのだ。
 ――そら、メスイキだ……! 龍もすっかり俺の女になったな。
 ――野犬みたいなツラして睨んだってな、お前は俺にチンポ突っ込まれちまえばキャンキャン鳴いて尻尾を振るメス犬なんだよ。
 ――翼が今のお前を見たらどんな顔するだろうなぁ?
 耐えがたい苦痛を耐えて高校に入学する頃には、龍之介の相貌は以前よりもどこか険しく影を持って、人を寄せつけないような空気を醸すようになっていた。
 環境が変わっても翼は相変わらず龍之介の近くを離れなかった。龍之介を取り巻いていた人々がいなくなった分、かえって以前より距離が近くなったほどだ。
 翼と2人きりでいる時には龍之介はかつての天真爛漫な自分でいられた。全身があげている悲鳴から耳を逸らし、野洲への憎しみさえも一時忘れて。年下の翼に甘えるのは悪い気もしたが、どうやら翼もこの状況を嬉々として受け入れているようだった。
 翼といる時には野洲も約束を守って、2人に近づこうとはしなかった。そのために龍之介は野洲の脅しを受け入れてきたと言ってもいい。翼が無事なら、それで。

 そしてまた、夏祭りの季節がやってきた。長かったような短かったような時の流れと、それでも蘇る最初の日の記憶にぞくり、背中に悪寒が走り龍之介はぎゅっと拳を握る。あの日から自分はひどく臆病になってしまった。まざまざと蘇る嫌悪感にその顔は心なしか青褪め、顎からポタリと汗が落ちる。
 濃緑の浴衣を着た龍之介は、野洲の言いつけ通り竹林にやって来ると、頭にかけていた狐の面を顔にかぶった。ただでさえ薄暗い林の中だ、視界は思うよりも悪い。
 足元を探るような摺り足でゆっくりと歩を進めながら、約束の祭具倉庫の近くまで辿り着くと、柵の中にはすでに野洲が待ち構えていた。
「よう、早かったじゃねぇか、龍。お前も楽しみにしてたか?」
 野洲の揶揄を無視して龍之介は顔を反らす。面をつけているから表情は見えないはずだが、龍之介が顰め面なのは想像力を使うまでもなくわかるだろう。
「そこに、倉庫に入る穴があるのは知ってるか?」
 木造の倉庫の地面から高さ40センチくらいのところに、ちょうど人が1人通れるくらいの四角い穴が開いている。祭具の出し入れの利便性のために空けられたものだというが、この辺りに住む子供達はよくこの穴を通って倉庫の中に潜り込み、秘密基地と称して遊んだものだ。
 龍之介は返事をしなかったが、野洲は背を向けると倉庫の扉に手をかけた。
「俺の身体じゃその穴を通るのは無理だが、お前なら大丈夫だろう。そこから中に入って来い。面はつけたままだぞ」
 野洲の企みは掴めなかったが、龍之介は渋々と命令に従って穴の前に膝をついた。面をつけているせいで倉庫の中はほとんど真っ暗闇だ。幼い頃には感じなかった恐怖心がじわりと沸いて、龍之介は自分を鼓舞する。
 ゆっくりと中に身を潜らせていくと、倉庫内は外よりもむわっとした湿度と温気が満ちていた。埃っぽい匂いを嗅ぎ取り、面を外したいと思ったところで両手を掴まれギクリと身を強張らせる。倉庫の中で待ち受けていた野洲だ。
「よしよし、お利巧さん。腕はここな」
「な、何、」
 龍之介の手首は何か麻縄のようなものでぐるりと縛られると、ひんやりとした鉄の棒らしきものに結びつけられてしまった。身動ぎすると結ばれている荷物がゴトン、と動いたが、壁と穴の間で仕えてしまう。まだ腰から下が外にあるのがあまりに滑稽で、龍之介は肘をついて身体を前進させようとした――その時。
「ひっ!?」
 がし、と足首を掴まれ歯の隙間から悲鳴が漏れた。倉庫の外、残された龍之介の半身に誰かが触れている。野洲は目の前にいる。一体誰が?
「シーッ……静かに。今日は俺以外のヤツに可愛がってもらえるんだ。お行儀よくするんだ」
「な、に……何だよそれ、聞いてない……っ、」
 潜めた声は困惑して震える。下半身に伸びた手は龍之介の尻を布の上からゆっくりと撫でた。熱く、ゴワついた硬い感触――男の手だ。
「や、だ……やだ、誰……っ」
「なんだ龍、いやいや言いながら俺のチンポが1番お気に入りだったのかい?」
 ブンブンと首を振りながらも、野洲に犯されるのとは別の恐怖がじわじわと迫る。されることが同じだとしても、顔の見えない相手に好き勝手されるのかと思うと堪らない。
 しかし男の手は無遠慮に龍之介の浴衣を捲り上げた。元より野洲の指示で下着をつけていなかった龍之介の尻は外気に晒され、ぞわりと広がる悪寒に鳥肌が立つ。
「ひっ……ひぃっ!」
 尻に口づけられ、尾てい骨をぺろりと舐められる。足がガクガクと震えるが、妙な体勢のために相手を蹴ることもできない。龍之介は壁から尻だけを出した無様な恰好でされるがまま、謎の侵略者の悪戯に耐えるしかない。
「こっちが暇か……? じゃあ俺のも気持ち好くしてもらおうかね」
 微かに震えている龍之介を見ていた野洲だったが、そう言うやズボンのファスナーを下ろしボロンと自分の性器を取り出した。龍之介の面を頭上にずらし、状況を飲み込めずに困惑している龍之介の頭を掴むとその口の中に性器を押し込んだ。
「んぐっ! んんっ、んふぅ、」
「よし、よし。いい子だ……っ」
 口内に苦味を感じながら、それよりも尻を舐めていた舌が後孔を探るのを敏感に察知した龍之介はビクンと背中を跳ねさせた。秘部を晒すように尻を割り開かれ、それだけでも堪らなく恥ずかしいのにそこをざらりとした舌で舐めあげられる。
「はっ……ん、う……っ」
 顎から野洲のカウパーを零しながら、龍之介の性器もまた反応し始めているのを侵略者は逃さなかった。フルフルと半勃ちで揺れていた性器を手で扱かれ、龍之介の腰は自然と前後に揺れてしまう。野洲に繰り返し施された性戯によって覚え込まされた無意識の仕草だったが、そうするうちに後孔を責めていた舌も中にまで侵入してきた。
「は、はぁ、あっ……」
 ぼろ、と野洲の性器を取り零すと、龍之介はガクと顔を自分の腕に押しつけてビクビクと震えた。舌で中を責められ、前を扱かれて達してしまったのだ。
 壁の外で自身の性器から精液が垂れているのがわかる。白い体液は倉庫の外壁にも飛散していることだろう。そんなことを考える余裕も一瞬のこと、舌で開かれた後孔に突然倍以上の質量のものが押し当てられ、龍之介は目を見開いた。
「そんな……まだだめ、だめ、……アッ――!!」
 ずぶっ、と太いものが龍之介の中を摩擦した。野洲に何度も覚えさせられた感覚、けれどまた違った形と大きさをしたものが容赦なく狭い腸壁を穿ったのだ。
「がっ……は、あっ……!」
 龍之介の下半身を捕らえた男はその腰を掴むと、龍之介の身体ごと壁の穴から引き抜かんばかりの強さで揺さぶり、同時に自身の腰を強く前へ押しつけた。初めから深く抉るような突き上げに、龍之介の身体は堪らずビクビクと震える。
「あぅ、あっ! ああっン! あ、あ、あ、ふか、いあッ」
 ごつごつごつ、と素早く奥を突いたと思えば、奥から抜け切るギリギリまでの長いストロークで腸内全部を擦り嬲られる。性器にきつく絡みつく龍之介の腸壁は、否が応にも強い快楽を感じてしまう。
「ひぃっ――あ、ああっ! あん、あっ! だめ、だめだそんなのぉ……っ!」
 1番奥までそれが届いた時、熱い飛沫が吐き出されるのを感じて龍之介は高く鳴いた。熱い――熱い――身体の奥が熱くて、気持ち好い――。
 トクン、トクン、と脈打つものがねっとりと抜き取られると、ビクビクと痙攣している穴から白い液体がボタタ、と大量に溢れた。しかしまだ萎えない男の性器は精液の流れが止まると間髪入れずにまた挿入される。ヌチ、ヌチ、ヂュブ、と先よりも強くなった音が壁の外から聞こえる気がして、龍之介は耳を塞ぎたくて頭を打ち振るった。
「おい、サボるんじゃない」
「んぐっ、ヴッ、ウブッ!」
 再び野洲の性器を咥えさせられ、龍之介は苦しさにぎゅっと目を瞑る。乱れた浴衣の間から手を差し込まれ、乳首も虐められると男を食い締める中もさらにビクビクと痙攣した。龍之介の腹を犯している男も感じているのだろう、その腰を掴む手には時折力がこもり、震え、中を穿つ肉の楔も硬さを増していく。龍之介自身の身体もそれを悦ぶかのように、身体のあちこちに走るぞわりとした感覚に思考が麻痺してくる。
――ああ、そこが好い、もっと、もっと突いて、奥まで来て……もっと、もっと、もっと――!
「はんっ、ん、んヴッ……ぅ、」
 口を塞がれていなければきっと男達を求めるような言葉を口にしていたことだろう。それほどまでに龍之介の身体は男の責めに中も外も、頭の中までも犯されていた。
「へへ、どうやら相性はいいみたいだな。さすがだぜ……」
 野洲は舌なめずりしながらトロンとした目で揺さぶられる龍之介を見下ろし、その唇から性器を引き抜くと顔面に精液を浴びせかけた。
「は、ぷ……っ!」
 情欲に蕩け、精液で汚れた顔を床につけて、龍之介は快楽を貪るように懸命に腰を振りたくる。
「あ、ああっ、あ、い、いっ……きもち、ぃ……っ、あ、あ、あん、あっ」
「へへ……あいつもしこたま酒飲んでたからな。いつもよりよっぽど盛って、自分で操縦もできないんじゃねぇか?」
「は、はぁ、あっ、あんッ! 奥っ……おくぅ、あたってっ……! ああっ! あん! あ"あ"あ"ァッ!!」
 繰り返される長いストロークで、中に吐き出された体液がビュルビュルと掻き出される。太腿を伝う体液の感触にすら鳥肌が立って、龍之介は射精しないままに絶頂した。
「〜〜ッ!! ああ、あ"ぅ、あ"ァァァッ〜〜!! ひ、ひぐっ……ひっ、ぃっ、イッて……イッ……からぁ……ッ!」
「おーおー、俺の時より感じてるじゃねぇか。妬けるね、こりゃあ……」
 野洲に頬を撫でられ、それにすら感じて龍之介はピクピクと身体を震わせる。犬のようにその手に頬擦りしながら、男が中で果てるまで快楽の波を揺蕩い続けた。
「くく……いいもんが見れたぜ、龍。お疲れさん」
「は……はぁ、……は、……っ」
 野洲は声も出なくなった龍之介の手の拘束を解くと、脇の下に腕を入れて倉庫の中へと引きずり込む。ぐったりとした龍之介は野洲の腕の中にも身を預け、ぼんやりと虚ろな目を遠くへ投げている。快楽の余韻で微かに身体を震わせながら。
 その疲れた顔に野洲が狐の面をかぶせ直した時、ガラリと倉庫の扉が開いた。
「やぁ、ちょっと今日は飲み過ぎちまったな」
 入って来た男は頭を掻き毟りながら乱れた衣服を整えると、アルコール臭い息を吐いてドカリと野洲の横に座った。人の好さそうな顔は酒気で真っ赤だが、これまで龍之介の身体に欲望を吐き出したせいもあるだろう。酒を飲んだ後には激しい運動だ。
「どうしたわけか、最近は龍之介と翼はべったりだったからなぁ。高校に上がって少しは疎遠になるかと思ったが……おかげで翼と遊んでやるのも久々だ。すっかり大きくなってるもんで驚いたよ」
 男はそう言って笑うと、眠っている龍之介の太腿を撫でさすった。自分の大きな勘違いにも気づかないまま。
 野洲はその愚かさを胸中で嘲りながら、酒に酔った勢いで饒舌を振るう男に話を促す。
「どうだった、久しぶりの味は?」
「はは、本当はこんなことあっちゃならねぇが……健気に応えてくれるのが可愛くてな。6年前、妻を亡くして血迷った男をこんな風に慰めてくれるなんてよ……なぁ、翼……?」
 男が肩に触れた時、龍之介の身体は先よりもやや大きな震えを発していた。酩酊していた男もさすがにその異変に気づいたか、怪訝な顔で狐の面に手をかけ――外した。
「――……な、に――りゅ、う」
「な、んで……、」
 お面の下で、龍之介は涙に濡れた目を見開き男の顔を凝視した。一瞬にして酒気も抜けたか、そこには青褪めた顔をした寅次――龍之介の父親がいた。
 後退った寅次はガタン、と音を立てて壁に背中をぶつけたが、それ以上退路はない。ガクガクと口を震わせているのは寅次も、そして龍之介も同じだった。
「そんな――嘘だ、親父が――嘘だ、嘘だ――……」
「違う、こんな……違う俺は、翼を――」
 瞬間、龍之介は慟哭した。
 自分をたった今凌辱した男が自分の父親だったこと。その精液はまだ、龍之介の腹の中にたっぷりと残り、今なお痙攣し続ける窄まりからドロリと溢れている。
 そして6年前に翼を傷つけたのもまた、自分の父親だったという事実が龍之介を打ちのめした。そんなこと、絶対に信じられない、信じたくない――思うのに、その頃に符号する微かな違和感が、パズルのピースのように埋まっていく。
 あの日の夜、翼を捜索するのにも父親は遅れて現れたこと。病院を見舞いたいという息子に何故かいい顔をしなかったこと。それから何度か、翼と一緒に夜道を歩いているのを見かけたこと。
 どうして、どうして――母さんが死んで寂しかった? でも、それならどうして翼を選んだのか。自分だって身代わりになれただろう。今、実際そうされたように、抱かれるだけの玩具に。
「違うんだ龍、お前は、お前には――」
「嘘だ、嘘だ……俺は、俺の親父は、……母さん、なんで、翼……は、こんな、こと……っ」
「翼なら俺も抱いた。あいつは淫乱の色情狂だよ。お前にもそのうち見せてやるよ、あのガキがどんなツラして腰を振って男を悦ばせてるかをな」
 割って入った野洲の言葉を、龍之介の頭は拒絶する。
「嘘だ……嘘だ……こんな、こんなこと……嘘だ!!」
 龍之介は同じ言葉を繰り返し泣き叫んだが、やがて声も枯れ表情を失くすとぼんやりと遠くを見つめたきりになった。寅次がその頬を叩いても、身体を揺さぶっても応じず、呼吸と瞬きをするだけの人形になったかのように。

 その夏、龍之介は死んだ。
 現実を受け止められなかった龍之介の心は壊れ、誰からの声ももう届かなくなってしまった。今はただ自分の部屋に閉じこもり、ぼんやりと時を過ごすだけの抜け殻だ。
 翼はそれでも龍之介の元に足繁く通い、何も喋らない龍之介の前で取りとめもない話を語り聞かせている。
「野洲さんはもうここを出て行ったよ。だから安心して。もう、誰の手も龍には触れさせないから」
 龍之介の手を握っても反応はないのが少し寂しいけれど、龍之介はもう自分だけのものだ。それに、彼との約束だって守れる。
 ――ずっと、俺のそばにいてくれないか。
 翼はぼんやり窓の外を眺めている龍之介の隣に座ると、その胸に頭を寄せる。トクン、トクン、と規則正しく鳴る心音に薄く笑みを浮かべ、目を閉じる。
「ずっとそばにいるよ。何も変わらない。何も変わらない……」
 自分に言い聞かせるように唱える翼の濃く長い睫毛はやがて熱い涙に濡れた。
 翼があんなにも欲した龍之介の清廉な心は、盆になっても帰ることはない。

2018/08/16

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