自殺幇助
03
車の運転は、勿論ガリカ。
――目指しているのは、ローマのサ・ピエンツァ大学だ。
「なァなァなァ、俺って何かすることある?」
「何かしたいのか?仕事熱心な奴だなァ」
「いや、見てるだけでいいなら見るだけにするよ。アレだ。社交辞令って奴だぜ」
「しょ〜がねェ〜な〜。そんなに何かしてぇってんならオシゴトさせてやるぜ」
「おっと、人の話を全然聞かないな、君は」
車の窓を開けて、勝手に煙草を吸い始めるホルマジオに、ガリカはもうため息も出ない。先程信号で止まった時は――何が癇に障ったのか全くわからんが――後ろの運転手に怒鳴られて、ホルマジオが窓から携帯灰皿を投げようとするモンだから、必死に止めたばかりだ。イタリア人の運転は荒いし、運転中はやたらと喧嘩っ早い。ガリカは面倒事になって車に傷が付くのが死ぬほど嫌だったので、そういうことは全部回避するようにしてきた人間だ。
――いや、吸血鬼、だけれど。
流石に昼間の運転となると目が焼ける(物理的に)ので、ガリカは今、サングラスをしていた。
「見ろよ、ティレニア海だぜ」
「さっきから見てるよ」
「おっイルカだ」
「嘘をつくな」
「いやぁ、運転任せっきりってのはイイモンだなァー」
「…………君、もしかしてアルコールでも摂取してきた?」
「いや?」
「シラフでそれかよ………………」
このまま勝手に音楽とかを掛け始めたら、本格的に車から振り落としてやろう。ガリカはそんなことを考えながら、丁寧な運転を続ける。
「しかしお前、運転丁寧だな」
「ドーモ。つっても、昔の彼女に文句言われて直しただけなんだけどさ」
「え、お前彼女とかいんのかよ?」
「そりゃあ元カノの一人や二人くらい居るだろ。ガキじゃあねーんだからさ」
「それ、ペッシには言うなよ」
「……あぁ、そうなのか…………」
と言っても、随分昔の記憶だが。
ガリカはそれを懐かしむように目を細めたあと、ハンドルを握り直した。
「…………というか、そういうのいいから任務について話してくれよ。俺、目的地しか知らないんだけど」
「あぁ、そうだったな」
ごぉ、という音がして、ひとつの車とすれ違う。ガリカは、車の窓を閉めた。
「ターゲットは、サ・ピエンツァ大学の教授だ」
「教授?なんでまた」
「矢≠フことを調べているらしい」
『矢』というのは、ポルポの預かる『スタンド使いを産む矢』のことだ。何処から生まれたとか、何処が発祥だとか、どうしてスタンド使いになるのか――とか、その辺の事情がいっぺんに隠されている。今回のターゲットは、その、わざわざ埋めた穴を、掘り返そうとしているワケだ。ガリカは、片眉を上げた。回り回ってポルポの為になる仕事か――と、ちょっとばかし、思った。
「それで、俺はなにかする事あるのか?」
「ん〜〜、今回は派手にブチ殺してェからなァ……」
「……殺せばなんでもいいってワケじゃあないのか?」
「あァ。今回は見せしめ≠セ」
ガリカは、その言葉を追求しようとして、やめた。ちょっと考えれば、彼の言う意味は理解できるからだった。
今回のターゲットは、組織が意図的に隠匿している矢について、詮索しようという愚か者。であれば、今後そういった愚かな輩が現れないよう、「下手に関わったらこうなっちまうぞ」という警告のために派手に殺してやるのが筋というものだろう。できるだけ凄惨に、俺は絶対にこんな目に遭いたくない――と、思わせるような。ガリカは、つい最近殺された部下のことを思い出して、「あれも見せしめだったんだろうか」と考えた。リーダーの能力について詳しくはないが、体内から刃物が飛び出しているあの遺体を思い出すと、成程確かに、同じ轍を踏むような愚かなことはしたくないと、思う。まァ、ガリカは同じ轍を踏む前に彼のスタンドを喰らっちまっているワケだが。
「ところでガリカさんよォ」
「ン?なんだい」
「テメェのスタンドは、一体どこまで『命令』できるんだ?」
運転中ながら、ガリカはちらりとホルマジオの方を見た。その目に不信の色がないことを確認して、ガリカは口を開く。
「支払う代償による――逆に言えば、相応の代償を払えば事細かに命令することもできるよ。それこそ、なんでもな」
「フゥン…………」
ホルマジオの、片眉が、上がった。
「それなら、やっぱ手伝って貰うかね〜〜〜〜…………」
――――――………………
「なんですかこれは」
手のひらの上に、ちょんと乗っかる豆粒……の、ような何か。ガリカはそれを凝視している。
「何に見える?」
「豆粒」
「ッハハ。お前視力低いだろ」
「良くはないかな」
場所は、大学の近くにあるカフェテラス。
昼食にボロネーゼを平らげたホルマジオと、適当にマルゲリータを腹に入れたガリカは、のんきにアフタヌーンティーを楽しんでいるワケもなく。暗殺計画の企て――という、なかなかに物騒な話し合いをしていた。ホルマジオがエスプレッソに口をつけて、「熱っ」と漏らす。猫舌なのだろうか。
「簡単に言うと時限式の爆弾だな。で、お前の課題はこれを何とかしてターゲットに飲ませること」
「……はい?」
「飲み物なんかにチョイと放り込むだけでいいのよ。そしたら俺がバンッ!で爆発させてやるからよォ」
バンッ!と大げさに両手を広げたホルマジオは、何が面白かったのか、ケラケラと笑う。
「いくら大学っつっても、明らかにチンピラの俺がぶらぶらしてたらどう見たって不審者だろ?」
「それはそうだと思うが」
「その点お前はそれほど強烈な怪しさもないし、スタンド能力はそういうセコイことに向いてると来た」
「セコくて悪かったな」
スタンド能力がセコい――なんてことは、ホルマジオに言われなくたって自覚している。それどころか、ガリカはちょっとばかし気にしているのだ。派手なカッコよさはないし、どこからどう見たって悪役の能力だし――と。だから、ガリカはちょっとだけ拗ねたように頬を膨らませた。
「ガリカよォ〜〜。セコいってのは貶してンじゃあねーぜ。寧ろ逆、まったく逆なんだぜ、ガリカ」
「逆ゥ?」
「どんだけセコくてくだらねェ能力でも……要は使い様さ。寧ろそういう能力は、ちょびっと頭を捻ってやればコワ〜イもんになる」
このカフェテラスの席は、パラソルによってキチンと日陰になっていた。だから、ホルマジオの顔には影がかかっていたし、そう言って口の端を上げるホルマジオには、妙な迫力があった。ガリカもちょびっと息を呑むような、妙な、威圧感。ガリカはつい最近、似たような感覚を覚えたことを思い出し――それが彼らのリーダーだったと思い至る。暗殺者の経験値ってヤツだろうか。
「期待してるぜ、ガリカ」
だが、悪くない。
なんだかちょっとこそばゆい気持ちがした。なんせ、人に『期待している』なんて言われたのは数年ぶりである。背筋が粟立つような、足元が落ち着かなくなるような、そんな気持ちになる。顔に出すなんてこの年齢じゃあこっ恥ずかしくてできないが、多分、きっと、うれしいモンはうれしいのだ。ガリカは、被った帽子を自身に引き寄せて、軽く俯いた。それから「ご期待に沿えるように頑張りますよ」と、零したのだった。
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