↑ Aha, but that's just my imagination ↑

05

 椿が包丁の角でジャガイモの芽をくり抜いたとき、隣のメルがおもむろに言った。

「椿って、料理できるの?」

 彼は、皮がついた人参を流水で洗っていた。腕まくりをした彼の手は、シルエットから想像するよりもごつっぽい。軍人、という言葉に信ぴょう性が出る。椿はジャガイモに視線を戻して、答えた。

「俺はね、大抵のことならなんでもできる」
「パントマイムは?」
「できるよ」
「嘘ぉ!」
「嘘じゃないでーす。というかパントマイムはまだしも、前は一人暮らししてたから、簡単なものなら料理できるよ」
「へぇー。なんかちょっと意外かも」
「どういう意味だそれ」
「んふふ。ちなみにね、ネルは料理できないんだよ」
「えー。なんか、それこそネルさんってなんでもできそうなイメージだけど」
「料理できなくても、外食で済ませられるからさ。多分知識がないだけで覚えればできるんだと思うんだけど」
「あーね」
「ま、僕はネルにご飯作ってあげるの好きだから、このまんま料理の知識一切ないまま生きてて欲しいよね」
「急にぶっこんでくるね、ビッグラブを」
「びっぐらぶ」
「やべ、覚えないで」

 芽を取ったじゃがいもが、少し小さなものだったので、椿はそれを二等分にして、それから斜めに切った。乱切り、という切り方は手順が曖昧だと思う。トン、トンという小気味良い音がキッチンに響く。切り終わったジャガイモは端っこに避けておく。

「ってかさ、ここピーラーあるんだね」
「リューンにはないの?」
「少なくとも私は見かけたことないなぁ。あ、あとずっと思ってたけど、ライアールってリューンに比べてすっごい綺麗だよ。いや、ネルさんが特別綺麗にしてるだけかもしれないけど」
「へぇー。みんな割とこんな感じだと思うよ?」
「いいなぁ。虫とか出てこなさそうで……さぁ……」
「虫?家の中で見たことないなぁ。嫌いなの?」
「虫単体っていうか、彼らが存在する環境が滅茶苦茶に無理……」
「潔癖症か」
「それ」

 三角コーナーにじゃがいもの皮をまとめて捨てて、メルから受け取った人参の皮をむく。人参は、包丁よりもピーラーの方がずっと効率が良いから、これの存在は有り難かった。
 人参も、乱切りにする。

「それで冒険者って大変じゃない?洞窟とか探索するんでしょ?」
「ほんっっっとよな…………なんで冒険者なんかしてんだか……いや、あのね、わかってんのよ。冒険者じゃあないと経験できないことってたくさんあってさぁ。そのためよ」
「小説書いてるんだっけ。取材ってやつ?」
「うーん、そんな感じ」

 玉ねぎって、どこまでが皮なのかよくわからんなぁ、と思いながら飴色の皮をはぎ取って、また縦半分に包丁を入れる。――玉ねぎの切り方は、くし切りでいいだろう。平らな面を下に置いて、包丁で縦に四等分。根元の部分を斜めに切り落として、バラバラにする。
 料理なんてしばらくやっていなかったが、意外と体が覚えているものだ。椿は思う。

「聞く限りは、楽しそうだけどなぁ」
「うーん。そうだなぁ……おとぎ話みたいに、誰かを助けるために戦ったり、魔物を倒したり、そんなことばっかじゃあないことは確かだよ。朝言ったみたいに、下水道掃除しなきゃあなんない時もあるし、相手が本当に悪い人なのかもわかんないのに殺さないと依頼の報酬もらえなかったり、そうやっていろんなことを見て見ぬふりすることもいっぱいある」
「うん」
「…………でもねぇ、たまーにすんげぇ生きてて楽しい!って思う瞬間もあるんだぜ。バッカみたいに疲れて地面に寝転がると、視界ぜんぶが星空になって、きれいだなぁって思うし。たかが夕日ひとつに心がぎゅーってなって、どうしようもなくなる時もあってさ。俺は、これを、――うん。自分の世界が広がる職業なんじゃあないかと思ってるよ」

 鍋の中に切った具材をすべて――じゃがいもと、人参と、玉ねぎと肉を入れて、油を加えて炒める。植物油がずいぶん上質なもので、これにも驚く。
 心の片隅に「ずっとここに居たい」と現代人の自分が叫んでいたが、思いっきり自分が今、口にしていることと矛盾しているため、椿はそれを無視することにした。

「だからなのかなぁ」
「ん?」
「椿といると、なんか、すっごい新鮮なの」

 油と鍋に十分に熱が回ると、鍋のほうから「じゅう」と食欲をそそる音が鳴り始めた。椿は具材が焦げつかないように木べらを動かす手を止めずに、メルの方を見た。彼は使ったばかりの包丁とまな板を洗っていた。

「俺さ、この国から出たことないから、知らないことも、多分いっぱいだ」
「そりゃあねー。私もまだまだ知らんことばっかりだよ」
 肉に焼き目がついたあたりで、水を加えて、沸騰するまで待つ。この後のあく取りが、ひとりでやるにしては退屈なので、椿はあまりカレーをつくらないのだった。
「なんか、いいよね。そういうの」

 ぐるりと、鍋の中身を掻き混ぜる。椿は視線をメルから鍋に戻して、「そうねー」と、軽く、答える。ぐっと眉を寄せて悩む仕草は夕方と同じものだったが、その綻びの根元が欠片たりとも見えなかったので、深く探ることはしなかった。鍋の水が沸いたのは、それから五分後のことだった。

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