瞬きを繰り返す。
どういうわけか視界が真っ暗で自分は目を瞑っているのかと思った。瞬きした時点でそれはないんだけど。改めて限界まで見開いても一向に景色は移らない。おかしい。周りが暗いのか?いや違う、睫毛が何かに当たってる。目隠しされてんのか、これ。
とりあえず目隠しを外そうと腕を動かしたのだが、腕も拘束されていたようで少しよろけた。なんで俺は拘束されたまま立ってるんだ?気絶したまま立ってたのか?というかなんで気絶してたんだよ。そもそも気絶してたのか?つーか何があった?
……よし、落ち着け俺。まずは現状把握からだ。大丈夫。とりあえず痛いとか気持ち悪いとかはねえんだから最悪の事態ってやつにはなっていないはずだ。たぶん。
手始めにちょこっと腕に力を込めると、拘束していたのはただの縄だったようですぐに外れた。次に目隠しを引き千切れば、こちらも難なく外れた。長いこと目隠しをされていたのか、差し込む光に目が眩む。瞬きを繰り返して目を慣らせば、ぼやけた輪郭が明瞭さを取り戻した。
光を跳ね返す金色。泥でも塗りたくってやりたくなるような笑顔。真っ先に視界に飛び込んできたそれが何か分かった瞬間、ぼんやりしていた頭に一気に血が昇った。
「てめえこのクソストーカー野郎!!俺に何しやがった!!」
「あはは、アービィが油断し過ぎ野郎なのが悪いんじゃない?」
「死ね!!」
相も変わらず貼り付けられた胸くその悪さ百点満点な笑顔が、廃墟の中で酷く浮いて見える。言葉と同時に放った念弾は朽ちたコンクリートを砕くだけで、肝心の的には掠りもしない。行き場のない苛立ちはこの不可解な空間に停滞した。
クソストーカー野郎は慣れたように瓦礫の山に腰掛けると、向けられた銃口を気に留めることなく喋り出す。
「えーっと、“俺に何しやがった”だっけ?簡単に言うと拉致かな」
「友達ポイントマイナス100」
「そういえばそういうゲームだったね」
忘れてた、と言ってわざとらしく肩を竦めるこいつのウザさったらない。いちいち俺の琴線に触れるどころかぶっちぶっちと端から全部切っていく様はいっそ称賛に値する。速やかに爆発しろ。
挨拶代わりにクソストーカー野郎の組まれた足を狙って念弾を撃ち込むも、瞬時にその姿は消え、舞い上がる粉塵の向こうに現れた。部屋の奥の瓦礫の上で、奴は嘲るように笑う。
「もう少し遊んであげてもいいけど、俺の用は済んじゃったからなあ」
「俺の用はまだ済んじゃいねえぞ!」
「で?だから何?」
一旦銃撃をやめ、ゆらりと腕を下ろす。不自然に片方の口角が吊り上がり、首を傾げるような格好で粉塵に霞むクソストーカー野郎を見た。
頭の後ろで組まれた手に表れているのは余裕と挑発。おめでとう。俺は好かん奴から売られた喧嘩は買う主義だ。
「情報置いてけや」
「駄目だよ。アービィが自分で言い出したゲームに勝ってないだろ?」
「マイナス100ポイントの時点でゲームオーバーだろ」
「まだ期日じゃないし。それに、アービィがゲームオーバーにならないとも限らない」
なんだそれ、どういう意味だ。
俺が問い掛けるより早く、クソストーカー野郎はずっと弄っていた携帯でどこかに電話を掛け始めた。数回の呼び出し音の後、なされた会話は「振り込み確認した。入ってきていいよ」に、相手の返答を待つ間がひとつだけ。
程なくして、奴の奥にある通路から足音が響いてきた。大股で歩く、間隔の広い音。殺気の篭ったオーラが朽ち掛けた部屋へと吹き込み、手の中で愛銃のグリップが微かに軋んだ。
「よう、数カ月振りだな」
現れた男はこちらをしっかりと見据えてそう言った。
金髪眉なし、挑発的な笑み、好戦的なオーラ。数カ月前、ビルの屋上で見た光景がフラッシュバックする。あーあ、すっかり逃げ切れたもんだと思ってたのになあ。どうせ会いに来るんなら鷲鼻の姉ちゃんの方が百倍良かった。あ、でもゼロに何掛けてもゼロにしかならねえわ。
クソストーカー野郎は「あとはお二人でごゆっくり」といけ好かねえ皮肉を残して眉なし野郎と入れ替わるように消えた。視線だけで見送る俺に気付いたのかどうかは知らないが、奴は最後に振り返ってウインクを飛ばしてきた。死ねばいいのに。
「ようやく読めたぜ。俺を本当に探してたのはストーカーじゃなくてお前だったってわけか」
「こっちも苦労したぜ。何せてめえの名前すら分からなかったんだからな」
両手はポケットに突っ込んだまま、チンピラが挑発するが如く前屈みになる眉なし野郎。差し出された額にスリーピングバレットを撃ち込んでやりたいところだが、この距離と前知識があれば容易に躱せる。おまけにフィールドは瓦礫の散乱した狭い空間ときたもんだ。この程度の足場の悪さはどうってことないが、拳主体で闘う近距離型と銃主体で闘う遠距離型なら後者の方が不利だろう。当然、逃げる隙を眉なし野郎がくれるとも思えない。
面倒臭えな。どうしてこうなった。
銃を握ったまま後ろ頭を無造作に掻く。大体俺は頭脳戦とかそういうのは苦手なんだよ。陰険だしまどろっこしい。男なら拳で勝負しろ。いやそれだと現状に繋がるのか。やっぱなし。喧嘩は良くないな。うん。
「一応聞いといてやる。目的はなんだ」
「てめえのその面をぶん殴る」
「よし分かった。それは飲めない目的だ。俺は帰る」
「あ?ふざけてんのか」
「ふざけてもいるし大真面目でもある」
結局どっちだよと言って、眉なし野郎は存在しない眉を吊り上げた、ような気がする。米神辺りの筋が動いたからたぶんそうだ。
逃げられるものなら逃げ出したい。だが、油断していない眉なし野郎から無傷で逃げ切れるとは到底思えない。身体能力はあちらが上だろう。俺が奴より有利なカードを持っているとすれば、カラフルバレットの種類豊富な念弾くらいなものである。
「いろいろ抜かす割には余裕そうだな」
「目の錯覚だ」
どうやら時間切れらしい。完全に戦闘時のそれになったオーラに背筋が冷えた。反射的に横っ飛びに避ければ、なんということでしょう。俺がいた辺りの瓦礫が木っ端微塵に砕かれているではありませんか。
あーあーあー!結局こうなるのな!
「スピードは悪くねえ」
「そりゃどう、も!」
「射撃の腕もなかなかだ」
「ガキの頃から使ってるもんでね!」
拳と銃の応酬に軽口の応酬。こちらが一歩後ろへ下がれば、奴は瓦礫をふっ飛ばしながら二歩を詰めてくる。足場を砕き、急所を狙い、追い込むようにして念弾を撃ち込んでも尚、弾幕を掻い潜って拳が飛ぶ。そのえげつないオーラ量は初めて会った時と変わりない。こんなもん掠っただけで致命傷だっつーの!
「おい眉なし野郎!てめえは拳を向ける先を間違ってる!」
「ああ!?」
「今すぐUターンしてクソストーカー野郎にその拳を叩き込むべきだ!俺の精神衛生のために!」
「さっきからストーカーストーカーって……シャルのことか?」
心なしか緩くなった拳を躱し、壁際まで距離を取ったところで銃を下ろす。あくまで自然に、違和感のないように。
眉なし野郎も俺に釣られてか、握っていた拳を解いて腕組みの体勢になった。
「お前、あいつになんかされたのかよ」
「なんかどころじゃねえよ!何カ月付け回されたと思ってんだよ!」
「お、おう……?」
「どこ行っても会うんだぞ!?あのいけ好かねえ作り笑い浮かべて待ち伏せされてみろ!背筋が仰け反るほどの寒気がするわ!!」
「それはまあなんつーか……大変だったな」
「おかげ様で!!」
引き攣った笑みを浮かべる眉なし野郎に、ちょっぴり涙目の俺。いかんいかん、芝居打って油断させるつもりがつい感情的になってしまった。それもこれもクソストーカー野郎が悪い。
シリンダーの空きは左右二発ずつ。発動条件は満たしている。感情が高ぶってオーラが揺らいでいるように見せかけ、徐々に念を込めていく。
見ず知らずの念能力者(認めたくないがイケメン)にある日突然話しかけられ、一週間後には仕事上がりを待ち伏せされ、ようやく撒いたと思ったら三週間後に会いに来て、いい加減諦めさせようとゲームを持ちかければひっきりなしに電話が掛かってくるわでここしばらくは散々だった。おまけに最後は目隠しまでされての拉致誘拐ときたもんだ。そしてその相手が男である。童顔だろうがなんだろうが付いてるもんが付いちゃっているのである。
……ん?改めて考えてみるとマジで気持ち悪いな?
「まあそんなわけで俺のライフポイントは限りなくゼロに近い。人を殴りたいならクソストーカー野郎を殴ってくれ」
「ぶっ」
「ぶ?」
抜ける空気を抑えたような音に首を傾げる。発生源は目の前の眉なし野郎。口に手を当て顔を背け……とまあ、どっからどう見ても笑いを堪えていた。
「シャルの野郎、妙に時間食ってると思ったらそんなんやってたのかよ……!」
そして何かがツボに入ったのか、そのまま腹を抱えてげらげら笑い始めてしまった。当初の予定とは若干違うが油断してくれているようで何よりである。でも微妙にタイミング逃したじゃねえか。
念のため、装填した『ガンマンの賭け(リスキーバレット)』はそのままに眉なし野郎の様子を伺う。こいつはシリンダーに空きが二発分以上なければ発動できないが、タメの分だけ威力が上がるという念弾だ。本当ならこれを壁へぶっ放して逃げるつもりだったのだが、どうも眉なし野郎から殺気を感じられないので戸惑ってしまう。普通に逃げていいのかこれ。
「ずっとストーカーっつってるから何かと思ったら……ぶっ」
「やられた方は笑い事じゃねえからな?」
「分かった分かった。っはは!まあ今回はそれでチャラにしといてやるよ」
警戒するべきかも分からないまま突っ立っていたら、普通に近付いて来た眉なしに普通に肩を叩かれた。少し力は強いが害意のあるものではない。バシバシ、と二回。不意打ちを食らって何度か咳き込む。しかし、それ以上の追撃はない。
唖然とする俺、笑う眉なし。相も変わらず清々しいほどの悪人面が目の前にある。
「俺の名前は眉なし野郎じゃねえ。フィンクスだ」
「お、おう……?俺はアービィ。よろし、く?」
かくして、ストーカー被害から思わぬ副産物が誕生した。
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