あの後、眉なし野郎改めフィンクスから事の経緯を大まかに聞いた。
屋上での一件の後、クソストーカー野郎が有料で俺を捜してやると言い出したこと(捜索方法は企業秘密らしい)。
クソストーカー野郎から見付けたという連絡を受けて、フィンクスの所まで連れて来るように頼んだこと(その後一カ月間連絡が途絶えたとか)。
そして三日前にフィンクスの元へ向かうという連絡が来たこと(ふざけたことに俺が気絶?してから今日で三日が経っていた)。
「で、シャルに約束の1000万払って俺が来たのがさっきな」
「へー、1000万……1000万!?1000万って……1000万!?」
「他にどんな1000万があんだよ」
ないけど!ないだろ!いろいろと!
思わず絵に描いたような二度見を披露してしまった。瓦礫に腰掛け、膝の上で頬杖をつくフィンクスはなんでもないことのようにのたまうが、おかしいのはどう考えてもフィンクスであって俺ではない。だからそこ、溜め息をつくな!
フィンクスはたかが一度逃げられた程度の相手を捜すために1000万を注ぎ込んだのだという。こんな馬鹿は初めて見た。人探しに億単位で金を注ぎ込んでいる俺が言うのもなんだがこいつは馬鹿だ。
罵るのは心の中だけに留め、表面上はポーカーフェイスを繕う……のも無理そうだったので金額にショックを受けている振りをして項垂れておいた。
フィンクスの言った通りなら、今日がゲーム五日目ということになる。実際、携帯で日付を確認すると確かにその通りだった。ついでに不在着信やらメールやらに目を通せば、親父から『俺は仕事に戻る』という非常に淡白かつ簡潔なメールが届いていた。あの野郎、息子見捨てやがった。
「はあ……。残り二日か」
「何が」
「ゲーム。クソストーカー野郎との」
閉じた携帯を弾ませるようにして手の中で遊ぶ。
今日を入れれば残り時間はあと三日。移動にかかった時間を考えるとここは国外である可能性が高い。留まるか、戻るか、移動するか。なんにしろまずは空港だな。
宙に放った携帯を受け止め、ポケットへと滑り込ませる。俺が汚れを払いながら立ち上がると、フィンクスもそれに倣うように腰を浮かせた。
「もう行くのか?」
「ああ。とりあえず空港に行く」
「ここからだと……車で二時間、ってとこだな」
「ふーん。そういやここどこ?」
「今更だな、おい」
呆れたような顔を向けられ、むっと口を尖らせる。いきなり拉致られて厳つい野郎と二人っきりにさせられてそんなところまで気が回るかってんだ。むしろ順次状況把握に努めていることを褒めろと言いたい。
今だって歩きながら愛銃四丁に異常がないか確認し、ポケットの中のスピードローダーと……レシート入ってた。これはいらん。と、予備の銃弾を数え、チェーンで繋いだ財布の中身を確かめている。金も減っていない。まあ1000万に比べればこんな財布から抜く必要もないか。
入ってきたときより足場の悪くなった瓦礫を抜けて外に出ると、空は橙色に染まる二歩手前といったところだった。クソストーカー野郎の姿、気配はどこにもなく、フィンクスも視線を巡らせる様子がないので既にこの場を離れているのだろう。辺りは廃ビルの並ぶ廃墟群。お誂え向きの場所だなと内心でこぼし、ある異変に気付いた俺は思わず足を止めた。
「まさか……」
財布の小銭入れ、札入れ、カード入れによく分からないポケット。何やってんだよと咎めるような声にちょっと待てと声だけ返し、上着のポケットからズボンのポケットまでひっくり返していく。
そして、全ての確認が終わったところである結論が出た。
……ハンター証がねえ。
「くっそあんの野郎おおおお!!!」
「今度はなんだよ」
「ライセンスがねえ!!パクられた!!」
「お、その手があったか」
「感心すんな!!」
笑うクソストーカー野郎が脳裏を掠め、たまらず頭を掻き毟る。なんって嫌な奴なんだ!どこまで嫌な奴なんだ!こんなゲス野郎はそうそうお目に掛かれるもんじゃねえ!あとお前も感心すんな!同類か!類友か!やっぱりろくな奴じゃねえな!
フィンクスは意地悪くにやりと笑い、からかうようにのたまう。
「早くしねえと売られてるかもなあ。お前が“操られてから”三日は過ぎてるようだし」
尚もこいつはどうせ人事と言わんばかりに言い募る。
「売れば人生七回遊べる額になるって言うじゃねえか。シャルなら裏ルートも確実なもんを持ってる。手に入れたその日の内に現金に変えることも……」
「もうお前黙れよ!ライフゼロ通り越してマイナスになんだろうが!!」
丸めたレシートに念を込めて叩き付ける。舗装も何もない砂利道に小さなクレーターを作ったそれを踏み付け、苛立ちに任せて小石を蹴っ飛ばす。廃ビルにめり込もうが知ったこっちゃない。どうせ誰も住んじゃいないんだ。崩れようが何しようがここがどこかも知らない俺には関係ない。
それよりもハンター証だ。既に売られていたら金額的に買い戻すことは不可能。相手を突き止めて盗むくらいの気持ちでなければ取り返せない。
再発行はいかなる場合においても不可だ。もちろん例外はなし。
ハンター試験に合格したてのひよっこならいざ知らず、ハンター歴五年で盗まれるなんて赤っ恥もいいところ。親父の顔に泥を塗ることにもなるし、経緯を聞いたら友人連中にも笑われかねん。
「本人に直接聞いてみりゃいいだろ。パクったのか、売ったのか、持ってんのか」
「死ぬほど嫌だあああ……」
てめえが持ってやがりますか?はい持ってやがります。で済むわけがねえんだ。こちらに不利な条件の一つ二つ、嫌味の三つや四つは覚悟しなければならない。死ぬほど嫌だ。喉を掻き毟りたいくらいには嫌だ。
だが“背に腹は代えられない”という言葉がある通り、この屈辱を甘んじて受けなければならないということも分かる。これで売却済みで今どこにあるかも分からないなんてことになったら怒りで死ぬかもしれん。
怒りに震える手で握り締めた携帯電話。電話帳からゲス野郎の番号を呼び出し、あとは通話ボタンを押すだけというところまで来て動きを止める。後ろで掛けるなら早くしろと背中を蹴ってくる奴がいるがそちらに構う余裕は微塵もない。
そうこうしている間にバックライトが消えた。真っ暗になった画面には自分の酷い面が写り込んでいる。どんだけ嫌なんだ俺は。
「ったく、女々しいことしてる間があったらさっさと掛けろ」
「あ!てめえ勝手に……!」
両手で掴んでいた携帯をひょいと摘み上げられ、フィンクスの無骨な手で通話ボタンを押されたかと思ったらすぐに投げて返された。受け損なってお手玉をしている内に呼び出し音が途切れる。微かに聞こえたのは応答の声だ。
『もしもし?アービィ生きてたん、』
「お前いっぺん死ね!!!」
ぶつり。
無意識に叫んで無意識に切った携帯から顔を上げ、フィンクスと視線を合わせる。一拍置いて吹き出したそいつの反応に、俺はさっと顔を青ざめた。
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