クソ野郎と別れてから三週間後。俺は一人、ファミレスでハンバーグを食べていた。
入店を告げるベルの音。案内に向かう店員の声。二、三のやり取り。のち、近付く足音に顔を上げる。
「やっと見つけた……」
「お前も懲りねえなあ」
「あー……ホント、やられたよ。まさかこんなに天の邪鬼だと思わなかった」
許可を取るでもなく勝手に向かいの席に座り、店員が追加で持ってきた水を一気に飲み干したのはいつかのクソ野郎だ。名前は忘れた。しかし以前と違い、その顔に百点満点の笑みはない。あるのは隠し切れない苛立ち、不満、呆れ、だろうか。自然、口に運ぶハンバーグも美味く感じた。
言葉にするなら“ざまあみろ”。実に気分がいい。
「クレーネに向かったのまでは問題なく追えたんだよ……」
「おお、すごいすごい」
「でもやられた。向こうで撒かれたと思ったらここにとんぼ返りしてたなんてね」
「はっはっは。俺の勝ちだな」
「その度胸だけは買うよ」
氷だけになったグラスがクソ野郎の手の中で揺れる。頬杖をつく奴の顔から剥がれた笑みは、どうやら俺の顔に貼り付いたようだ。緩む頬を隠すことなく、ちぎったパンを口の中へ放り込む。このパンもそろそろ食べ飽きる頃かと思ったが、今日は格別に美味いじゃないか。
にやつく俺を据わった目で捉えた奴は、深い溜め息と共に、静かに、反撃の矛を構えた。
「エルマ=アイレ」
出された名前に、グラスに触れた手が固まった。結露した水滴が指先に絡み付く。溢れたオーラが水面を微かに揺らしはしたが、それ以上の変化は見えない。グラスに走った亀裂は単に力を込めすぎただけ。
「どこまで調べた」
俺の顔から剥がれた笑みが、再び持ち主の元へと帰っていく。煮え返る腸を鎮めようと水を流し込んでみたが、あまり効果はない。ひび割れたグラスをテーブルの上に戻し、皿の縁に引っ掛けていたナイフを手の中で遊ばせる。
返答如何によっては殺す。思惑如何によっても殺す。殺す気でやればなんとかなるだろう。やってやれないことはないはずだ。良くて相打ち、悪くて足止め程度、最悪こっちが死ぬ。……まあ、それでもいい。
からり、と氷の崩れる音が響いたのち、頬杖をついていた手が一枚の紙切れを差し出した。
「エルマ=アイレ。十七歳。七歳の時から現在進行形で眠りっぱなし。原因は不明。家族構成は父と兄の三人家族。母は三歳の頃に病死。目を覚まさないという一点を除けば至って健康体。脳にも異常はなく、医者は生命維持が限界と判断し……ああ、なんなら病室の番号まで言う?」
裏返しの紙切れ一枚。透けて見えるのは文字の羅列と写真らしきもの。奴からは目を離さぬまま、その紙を自分の方へと手繰り寄せた。
話の流れからしてエルマの資料である可能性は高い。滑らせた紙を翻し、一行目に目を通……。
「っておい!」
「何枚破ってもいいよ。予備は腐るほど持って来たから」
「“盗まれた美術品の捜索”って思いっきり仕事じゃねえか!!」
「声が大きいよアービィ」
うぜえええ!!
勿体ぶって結局これかよ!今すぐこいつの息子を消し炭にしてやりたい!だがさすがに場所が悪い!
怒りに震える手は愛銃へと触れたがる。それをどうにか抑え、手近にあったフォークを握り、耐え切れず肉へと突き立てた。反動で跳ね上がった食器類が派手な音を立てたが、店員も客も様子を窺うだけで咎める声は上がらない。
面倒事には関わりたくないってか!俺もだよ!
「あはは。まあそっちは半分冗談。約束のお土産はこっち」
「もう騙されねえぞクソ野郎」
「シャ、ル、ナ、ア、ク」
「長い。ストーカー」
「シャ、ル、ナ、ア、ク!」
半ば意地になって身を乗り出されたので、小指を耳に突っ込んで“何がなんでも聞きません”のポーズを作る。これにはストーカーもかちんと来るものがあったのか、オーラに攻撃的な色が乗せられた。対抗しようとこちらもオーラに負の感情をねじ込めば、十秒と経たずに隣の客が帰り支度を始める。
千切れる寸前まで伸ばされた糸のような緊張感。俺達以外の何かが動けば糸は容易く切れるだろう空気の中、ふざけた紙切れを丸めてストーカーへと投げ付けた。軽く手で払いのけられて終わったが。
「ちなみに、土産の内容は?」
「エルマ=アイレを起こす方法に関するもの」
十分だ。言い回しからして直接起こすものではなさそうだが、手掛かりになるなら喉から手が出るほど欲しい。
にっこり。にんまり。互いの口が弧を描く。
「土産を寄越せ」
「嫌だと言ったら?」
「力尽く」
「はは!冗談きついよ。力尽く?相手を見て言うんだね。もしかしてそれも分からないほど馬鹿とか?」
「……お前、友達いねえだ、」
「今はそんな話してない」
返答までが早過ぎる。図星だな。この穴を突かない手はない。
残りのハンバーグをひょいひょいと放り込んでゆっくり咀嚼。ストーカーの目的が分からない以上、下手な動きは取れない。何せ半分くらい人質を取られているような状況なのだから。となれば、ここは正々堂々、
「ゲームをしよう」
俺が絶対に勝てる景品付きのゲーム。算段はついた。
ゲームと聞いて一瞬考える素振りを見せたストーカーも余程自信があるのか、あるいは俺を見くびってくれちゃっているのか、すんなりと頷いて説明を促す。ふん。最後に勝つのはこの俺だ。せいぜい吠え面かきやがれ!
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