「そう焦るなよ」
と言ってゲームのために準備期間を一週間もらった。正確に言うと欲しかったのは親父を呼ぶための時間だったのだが、まあそこは方便というやつだ。妨害されては困る。ちなみにゲームの説明もまだしていない。
しかし、流石はストーカー。簡単にうんと頷くような奴なら俺もこんな苦労はしていなかった。笑顔で「携帯の番号と引換ならいいよ」と言われたあの時の心境は怒れる火山と静かなる深海とが同居していた。うん。ハンニャって言われたけど何それ知らん。
とりあえずこの一件が終わったら携帯は買い替える。絶対にだ。
親父には現在地をとある方法で送信済み。仕事の最中だと文句は言われたが、エルマを起こせるかもしれないと言ったらそれを早く言えと文句を言われた。……結局文句しか言われてねえ。
ゲームが始まるまで合流はしない。待ち合わせもしない。こちらから連絡もしない。それでも会える。親父の能力があれば。ストーカーから電話が掛かってこないとも限らないので携帯の電源は切り、息を潜めて時を待つ。
大人になったエルマの目を早く見たい。声を、聞きたい。その姿を思い浮かべるだけで、思考は焦りに埋もれた。
「逃げるかと思った」
「逃げてもいいけどストーカーしつこそうだし」
「ねえ、俺物覚え悪い奴って嫌いなんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
「減らず口」
「どっちが」
目に見えぬ火花、の代わりに目に見えるオーラがぶつかり合う。約束の一週間後を迎え、俺達はデートの待ち合わせに最適であろう噴水前にて引き攣り笑いを突き合わせていた。どこからか「あの金髪の子イケメンじゃない?」と甘ったるい声が聞こえ、俺の視線がすっと冷たく、そして下へと下がる。
どんなに顔が良かろうが、タマなしにしてしまえば世界は丸く治まる。
「ちょっと、どこ見てんの?まさかアービィってゲ」
「ゲームの説明すっぞクソストーカー野郎!」
なんだかとっても不吉な言葉が聞こえそうだったのでこれでもかと声を張り上げる。更に仕切り直すように手を叩くというオプション付き。やれやれと肩を竦めるクソストーカー野郎の一挙手一投足全て感に障ったが今は我慢だ。
頑張れアービィ!全てはエルマのため!
腹の底に渦巻く怒りをやり過ごし、噴水近くに立つ時計台を見上げる。現在の時刻、午後二時五分前。五分あれば説明も終わるだろ。
「今から一週間、お前には“友達ポイント”を貯めてもらう」
「……はあ?」
すごい。こいつ胡散臭い笑顔以外にこんな顔もできたんだなというくらい酷い顔だ。先ほどの甘ったるい声の持ち主達も目を擦って二度見している。気持ちは分かるぞ。思わず頷いてしまいそうになるのを堪え、人差し指を立てた。
「友人に値する行動を取ればプラスに、逆ならマイナスにポイントが入る。一週間後の午後二時までに100ポイント貯めろ」
「質問」
「なんだ」
「友達って何するもんなの?」
「めくれカス」
今度は俺が酷い顔をする番だった。女の子達は二度見することなく「うわー、キモッ」みたいな顔をしている。くそが!俺だってお前らみたいな人造美人なぞお呼びでない!帰れ!
クソストーカー野郎は後ろ首に手を当て、見るからに面倒臭そうに溜め息をついた。二時まであと一分。俺は爪先で石畳を叩き、靴を合わせる。さりげなく「周り見りゃそれっぽいのがいるだろ」と助言……するように見せかけて意識を外へと向けさせた。
「仲間ならまだ分かるんだけどね」
あと三十秒。
「似たようなもんだろ」
あと二十五秒。
「違うんだって。アービィの友達は?」
あと二十秒。
「よく飯作ってくれる」
あと十五秒。
「へー。不味い?」
あと十秒。
「阿呆。相手美食ハンターだぞ」
あと五秒。
「あ、それなら俺も食べてみたいかも」
ゼロ。ゲームスタート。
陰で足に溜めたオーラを使い、一気に走り出す。踏み込みに耐えきれず砕けた石畳が浮き上がる。その欠片が落ちるより早く、クソストーカー野郎もその場から姿を消していた。うん。まあ俺の後を着いて来てるわけなんだけど。
「アービィほど反抗的な奴って初めてだよ!」
「ああそうかよ!こちとら年中反抗期だ馬鹿野郎!」
ただし、家族は除くし美しい女性も除く。俺が人生を賭けて反抗するのはイケメンと好かん奴と決めている。つまりどちらにも当てはまるクソストーカー野郎は全身全霊を賭けて反抗する次第である。
着かず離れず、通りを抜けて街灯を足場に屋根へ飛び乗り、路地へ滑り込んで気配を断ち、通りに戻って人ごみに紛れる。
約束の期限は一週間。
そう、一週間としか言っていない。誰も“四六時中一緒にいます”なんて約束はしていないのだ。俺の作戦は二段構え。まず、友達のとの字も知らないようなクソストーカー野郎にはクリアできないゲームを持ちかけ、さらに期限一杯まで奴から逃げ切る。完璧だ。一分の隙もなさ過ぎる。……いや、訂正しよう。一分くらいは隙があった。
「あはは、鬼ごっことか久し振りだ」
相変わらずの笑顔で追い掛けてくる鬼がマジで鬼にしか見えない。これが一分の隙にして最初の難関であり最大の難関、クソストーカー野郎を撒くことである。最初に最大の難関を持ってくる辺り、俺の考えのなさを露呈しているようだがまあ細かいことは気にするな。こういうことは往々にしてどうにかなるようにできている。
ほうら、噂をすればなんとやら。
「あ」
足場に選んだトタン屋根が抜けて落ちたではないか。
俺が。
05