下着、歯ブラシ、ボディタオル、マグカップ。幼児向けの書き取り帳に、ノートと筆記用具。
俺の買い物は一時間もかからずに終わった。悩むようなものといえば、幼児向けの書き取り帳を三歳向けのものにするか五歳向けのものにするかくらいだ。大丈夫。端から見たら子煩悩なパパにしか見えないから。恋人は随時募集中です。
金は自分で出したかったが、ハカセに「何かあったときのためにとっておきなさい」と言われて財布はそのままポケットへ逆戻り。もう俺ハカセんちの子になる。アービィ=アガサも悪くないと思うんだよね。
「おや、博士はどこかへお出掛けでしたか」
「昴くん! すまん、わしに何か用だったかね?」
「いえ、ゼリーを作ってみたんですが、作り過ぎてしまったのでおすそわけをと思いまして」
買い物を終えて帰ってくると、門の前に誰かがいた。ガレージは家の裏側だが、知り合いかもしれんからとハカセはそのまま車を進ませた。タッパーを片手に持った不審者。しかし眼鏡に糸目の優男風イケメン。敵だな。
奴はどうやらハカセとは親しい間柄らしい。開いてるんだか閉じてるんだか分からない目が、運転席のハカセ越しに俺を見た。
「そちらの方は……」
「そうじゃな、昴くんには紹介しておいた方がいいか。彼は昨日からわしの家に住むことになったアービィ・アイレくんじゃよ」
「どーも」
「アービィくん。彼はお隣の工藤邸に居候中の沖矢昴くんじゃ」
「よろしくお願いします」
俺とハカセは未だ車の中だ。握手できる距離でもないので挨拶は軽く会釈するだけに留めた。
奴は顔だけ見れば優男風だが、意外とガタイがいい。身長は丁度俺と同じくらいか。体に厚みがあって重心にぶれがなく、大変癪に障ることに足が長い。蹴り技使わせたらリーチはかなりのもんだろう。息子爆発しねえかな。
「昴くんも食べていくかね?」
「いいんですか?」
「もちろんじゃとも。今車をガレージに入れてくるから、先に中に入って適当に待っとってくれ」
「え、鍵はどうすんのさ」
「アービィくんが開けてやってくれんか。ほれ、家の鍵」
「えええ……」
ぽいと投げられた鍵を受け取ってしまった以上、仕方ない。シートベルトを外して車から下り、家の裏へ回る博士を見送った。車は裏からしか入れねえんだよな、この家。
渋々、門前でタッパー片手に立ちつくすスバルの隣に並ぶ。一応こいつは客人に当たるようだからと開けた門戸を押さえてやっていたのだが、どういうわけか小難しい顔のまま動こうとしない。言いたいことがあるなら言えよと無言のまま視線で殴り合うこと三十秒。顔立ちこそ無害で温厚そうなくせに、どこか尖りのある気配がようやく動いた。
「アービィさんは……」
「俺は?」
「なぜ、この家に来たんですか?」
妙な質問だ。なんというか微妙にずれている。なぜこの国に来たのかではなく、なぜハカセなのかではなく、なぜ“この家”なのか。こいつが引っ掛かってんのはハカセじゃなくてアイくんの方ってことか? ロリコンかよ。息子爆破すんぞ。
「別にこの家選んで来たってわけじゃねえよ。たまたま会ったのがハカセで、お人好しで、拾ってもらったってだけで」
「全ては偶然だと?」
「それ以外に何があんだよ」
玄関の鍵を開けて扉を開く。続けて入ってきたスバルに客用スリッパを出してやり、家の明かりをつけた。
「例えば、どこかの組織が阿笠博士の発明品の噂、あるいは別の何かを嗅ぎつけて一見善良そう……でもないですが、まあ、裏表のなさそうな君を寄越したとか」
「はっ倒すぞてめえ」
スバルはほんの冗談ですと笑った。
「実は私が住んでいたアパートが焼けてしまったとき、こちらに居候させてもらえないかお願いしたことがあったんです」
「マジかよ。お前大変だったんだな」
「……ええ、まあ。結局私は断られてしまいまして。いろいろあって今はお隣の工藤邸に住ませていただいているんですが。同じ年頃の男の私が駄目で、なぜ君は良かったのか……それが気になったもので、ね」
うっすらと目が開く。獣が伏せていた体を起こすように。現れたのはグリーンアイドモンスター。だけど残念、狩人は俺だ。
物騒な気配を放つスバルの胸に拳を二度当て、意地の悪い笑みを口元に作る。すると奴の肩が不自然に強ばった。恐らく反射で手が出そうになったんだろうが、家主の許可を得て正式に居候させてもらっている俺を勝手にボコることはできない、と。うーん、イケメンいじめるのは楽しいぜ!
スバルはあれだな、頭が良すぎて可能性を切り捨てていけないタイプ。俺への警戒心がゼロになる日はきっと来ない。
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