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「あーっ! 昨日の“拳銃の”兄ちゃん!」

 車をガレージに入れたハカセも合流し、妙な面子でゼリーを突つき合う午後のひと時。
 学校から帰って来たアイくんの小さな「ただいま」に元気よく「おかえり」を返したら、その後ろからスケボ少年が現れた。
 俺はもう騙されねえ。こいつはいくらかわいこぶってたって腹の中で何考えてるか分からねえクソガキ様なんだ。現に“拳銃の”を強調してびしっと指をさすという、わざとらしいほどの子供臭さを披露してくれている。人を指さしちゃいけません。

「どうして“拳銃の”兄ちゃんがここにいるの? 強盗?」
「はっ倒すぞてめえ。……つーかお前、やっぱアイくんと知り合いだったんだな」
「あら、驚かないのね」
「まあ想定の範囲内ってやつ?」

 昨日の時点でスケボ少年がアイくんに電話してきてたのは知ってるし。

「で、どうしてあの人がここにいるのよ」
「ゼリーのお裾分けくれたんだよ。アイくんも食う?」
「自分でやるわ。それよりあなた、屋上の洗濯物が干しっぱなしに見えたんだけど」
「やべっ! 帰ってきたらやろうと思って忘れてた!」

 アイくんはハカセと談笑するスバルを見て嫌そうな顔をしている。やっぱりあいつロリコンなんだ。きっとアイくんに何かしたに違いない。
 本当ならすぐにでも奴を追い返したいが、証拠もないしハカセとは仲がいいみたいだし、今は俺自身の仕事を優先させる。日没まで時間があるとはいえ、日が傾き始めてからも布団を干しっぱなしにしているとせっかくのふかふかが台無しだ。俺は屋上までの階段を二段飛ばしに駆け上がった。




 ばたばたと慌ただしく駆けて行った背を見送り、隣の相棒に小声で話しかける。

「本当に大丈夫なのかよ。この家に置いて」
「さあね。銃はこっちで預かってるし、大丈夫なんじゃない?」
「はあ?」

 預かってるってどういうことだよ。
 最初に男に会ったのはメンテナンス後のスケボーを走らせていたとき。明らかに日本人とは違う金髪に、服の上からでも分かる体格の良さが目を引いた。例えていうならFBIのそれ。気になって声をかけると、逆に博士が作ったスケボーに興味を持たれて若干人間離れしたトリックを披露されてしまった。性格は軽いが只者ではない。ここで興味が警戒に変わる。

 もしかしたら組織の人間かもしれない。
 そんな可能性が頭の中をちらつき始めたら、じっとなんてしていられなかった。翌日の放課後、虱潰しに走り回ってようやく見つけたときには、男はどう見ても川に入ろうとしていた。どう見ても不審者だった。しかも腰に巻かれたホルスターは銃やナイフを固定するものだ。いよいよきな臭さを感じて一か八か、腰のホルスターから銃を引き抜く。
 結果として弾倉は、空だった。銃口がこちらに向けられることもなかった。俺への言葉だって、大人が子供を叱るようなものだけだ。危ないから触るな。とても組織の人間とは思えない言葉をどう受け止めていいのか分からない。
 結局、それ以上追い掛けることはできなかった。

 灰原はちらりと視線を向けた昴さんを睨むと、手を洗うために洗面所へ向かった。今ここにいるのは俺と、博士と、昴さんの三人だけ。

「コナンくん。私はそろそろ家に戻るよ」
「もう帰っちゃうの?」
「私がいたら内緒話がしにくいだろう?」

 隠れて内緒話をされるより、家から盗聴させてもらった方が聞きやすいってことか。含みのある笑みは沖矢昴より赤井秀一の気配が強い。灰原に対して過保護なこの人が追い出していないのなら、今のところ危険はないと見ていいんだろう。でなきゃ屋上に上がった時点で隣の家から狙撃してる。
 「後で君から見た話も聞かせてくれ」と言う昴さんを玄関で見送った俺は、二人分のゼリーを用意する博士を睨んだ。

「さっき灰原が言ってたけど、銃預かってるってのは? ありゃモデルガンなんかじゃねーんだぞ」
「玩具じゃないことは分かっとるよ。じゃが、あれはアービィくんの誠意なんじゃ。受け取らんわけにはいかんかった」
「それで居候させちまうなんて、博士もとんだお人好しだな」
「ははは……。まあ、哀くんも組織の臭いはしないと言っとるし、大目にみてくれんかのう」

 ここは博士の家だ。二人に危険がないのなら、もう俺があれこれ口を挟むべきではないんだろう。そうは思うがやっぱり小言の一つや二つは刺しておきたいと思ってしまう。あんな大口径の銃を二丁も持ち歩く不審者なんてそうそういるもんじゃない。
 そりゃあ、あんまり考えてなさそうに見えるが裏がないとも言い切れないんだ。そもそもここに住むことになった経緯も知らねえし。なんで「組織の人間かもしれねえ奴がうろついてるから気をつけろ」って忠告したその日に居候が決まってんだよ。俺の心労を返せ。いや違うな、返してもらっても困る。……ってだからそうじゃなくて。

「そんなに心配なら、お得意の推理で彼の謎を解き明かしてみたら? 名探偵サン」

 皮肉るような笑みに思わず目が据わる。手を洗い終えた灰原は博士からゼリーとスプーンを受け取ると、テレビの電源を入れて独り言のように続けた。

「下手に居所が分からなくなるよりいいじゃない。まだ一晩しか一緒にいないけど、不自然さは目に余るほどあるわよ」
「……例えば」
「言葉。あれだけ流暢に日本語を話すのに、読み書きは全くできないみたい。そこの袋に幼児向けの書き取り帳が入ってたわ」
「そういえば、平仮名、片仮名、漢字のことを教えたらげっそりしとったぞ」

 確かにそれは妙だ。歪な日本語を話すならともかく、あの男の日本語は日本人と変わらないほど滑らかなもの。語学の基本は読む、聞く、書く、話す。あそこまで話せるようになるまでに、読み書きの二つを完全にすっ飛ばして学ぶとは考えにくい。余程特殊な環境で日本語を学んだのならともかく、だ。
 他にも44マグナムを両手で扱うという化物じみた話に始まり、遺跡調査の仕事をしているという嘘臭い話に、半ば拉致されてこの国に来たという更に胡散臭い話まで飛び出していよいよ頭を抱えた。どうしてあの男をこの家に置く気になったのか分からない。
 呆れる俺を他所に、灰原はいつもの調子でこう言った。

「あなたのお父さんの服、余っているようだったら彼に貸してあげて欲しいんだけど」

 今日俺をここへ呼んだ本題はこれだってさ。ははは。俺の心配ってなんだったんだろう。



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