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「そんなに似ていましたか? 僕と、その“シャルナーク”という方は」

 野郎が運転する車の助手席で尋問されている。絵面が地獄。助けてハカセ。

「似てるよ。いろいろと。……うん、まあ、いろいろと」
「そうですか。しかし驚きましたよ。バイクでもないのに車を追い抜いて、更にボンネットに飛び乗って来るんですから。一体“何”で走っていたんですか?」
「自慢の俊足」
「ははは。ではそういうことにしておきましょうか」

 そういうことにしておくも何もそういうことなんですがねえ……どうしましょうねえこの状況……。
 上だの横だの道じゃない場所ばかりを通ってきたおかげで、車で通れるハカセの家までの道のりが分からなくなっていた。男は俺が示したおおよその方角と、近くの川やスーパー、公園、高級住宅街といった特徴から当たりをつけ、迷うことなく車を走らせる。「恐らくベイカ町二丁目近辺でしょう」と言われてもはあそうですかとしか返しようがない。金髪童顔野郎はストーカーの素質を備えている決まりでもあるのだろうか。
 しかし、このまま馬鹿正直に家まで案内するのはまずい気がする。ハカセたちに迷惑がかかってしまう。そもそもこっそり抜け出して来ているからして、家に入るとすれば二階の窓からだ。通報案件かよ。却下だ却下。

「そういえば、どうしてこんな時間にあの場所にいたんですか? あの辺りは美術館くらいしかなかったと思いますが」
「人探し。シャルナークって奴を探してた」
「なるほど。それで僕をシャルナークさんと間違えてボンネットに、というわけですか」
「ボ、ボンネットのことは悪かったと思ってマス……」
「今後はきちんと確認してからにした方がいいでしょうね」

 もっとも、走行中の車に飛び乗るなんて危険な真似自体しないに越したことはありませんが。
 笑顔は絶えないが棘も絶えない。ホントこいつ嫌。こっちに負い目があって強く出れないの分かってて突ついてきやがる。睨まれようがどこ吹く風だ。息子爆発しろ。
 基本的に、自動車と歩行者との交通事故における過失の割合は、車側が非常に重くなるようにできている。道路上の歩行者は圧倒的弱者。弱者を守る法があるのは道理である。もちろん当たり屋はその範疇に含まれないが。ほぼ当たり屋紛いなことをした俺も左に同じだが。
 何度か男の質問のはぐらかそうとはしてみたものの、その度に「修理費のことなんですが」と切り込まれてしまい、同じ台詞を三度聞いたところで躱すのを諦めた。質問にさえきちんと答えれば修理費の話は出てこない。それで金のことを不問にしてくれるならもうそれでいいです。金髪碧眼、色黒童顔、性悪腹黒。金髪碧眼童顔野郎にろくな奴はいない。俺はまたひとつ賢くなった。

「でも怪我がなくて良かったです。まるでスタントマンみたいでしたよ。受け身も完璧でしたし」
「スタントマンじゃねえけどな」
「じゃあ何か鍛えているとか」
「肉体労働のおかげ」

 念能力を少々、とは一般人には言えない。

「ちなみに、どんなお仕事をされているか聞いても?」
「遺跡の発掘とか」
「へえ、それは意外です。僕はてっきり……“FBI”か何かだとばかり」

 運転中にも関わらず、俺の反応を見逃すまいとした視線がこちらを射抜いた。なんだか憎しみにも近い色が見えている気がするのだが、それを俺に向けるのはお門違いではなかろうか。俺はFBIじゃねえぞ。
 視線を前に戻しても緩まない気配からして、相当毛嫌いしていることがうかがえる。可哀想なアービィ。地獄絵図ね。
 せめて気分だけでも紛らわそうと眺めた窓の外は、未だ明け切らぬ夜の中にある。人気もほとんどなし。たまに会話に穴が空いても、それは決まって男が無言で考え込んでいるだけで、緊張感まで解けるわけではない。
 取調室と化したスポーツカーは法定速度をきっちり守り、安全運転にて走行。その後も質疑応答を繰り返して、ようやく周囲が見覚えのある景色に変わった。

「質問されるばっかも癪だから聞くけど、あんたこそあんな時間にあんな場所で何してたんだよ」

 男が俺に言ったように、あの辺りには美術館くらいしかめぼしいものはない。大小の差はあれど、ビルは全て消灯していたし、飲み屋もなかったはずだ。
 男はおかしそうに笑った。

「おや、意趣返しですか?」
「まあそんなとこ」
「僕は仕事で少々、といったところです。こう見えて探偵なんですよ」
「あー……。次の角左」
「分かりました」

 向いてるわ。というか納得した。根掘り葉掘り聞き出して、言葉をふるいにかけて情報を掬い上げる。いかにも探偵らしいじゃないか。
 腹の上で手を組み、ずりずりとシートから前に滑る。
 探偵ってのは猫みたいな生き物なのかもしれない。暗い路地裏を練り歩いて、何かに遇うとじっと背を伏せて期をうかがう。くっつけた鼻先で危険を知って、ようやく飛び退く。いつか好奇心に殺されなきゃいいが、ってのは余計なおせっかいか。

「そこの家の前で停めてくれ」

 滑るように走っていた車が、俺の一言で緩やかに停止した。シートベルトを外しながら礼を言うと、なぜか男もにこやかに笑いながらシートベルトを外しているではないか。え、ついてくる気?

「家の方が起きていらっしゃったら説明しておきたいですから」
「あ、そう」

 時刻はおよそ午前五時。男がついて来る気満々なのでハカセの家……ではなく隣のスバルが居候している家のベルを鳴らした。だってハカセとアイくん起こすわけにはいかねえし、なんで外にいんのって話になるし。
 しかし、当然ながらスバルも出てこない。

「スーバールーくーん。あーけーてー。いるのは分かってるんだぞ開けろー」
「まだ寝てるみたいですね。というか、鍵はないんですか?」
「居候したてで合鍵もらってねえ」

 ピンポンピンポンピピピンポンと連打してみたがうんともすんとも言わない。仕方ない、と二人そろって溜め息をつく。ロリコン疑惑のあるスバルは二の次でいいとして、あんまり鳴らすと近所迷惑プラス不審者に成り下がる。俺たちはここらで諦めることにした。
 帰ろうとした男は車のドアに手をかけたが、何か思い出したように「あ」と声をあげて動きを止めた。振り向いたのは眉の下がった困り顔。完璧な苦笑を浮かべている。

「すみません、僕としたことがまだ名乗りもしていませんでした。遅くなりましたが、僕の名前は安室透といいます」

 差し出されたのは手のひらに収まる程度のカード。まあ、恐らく名刺だ。残念ながら俺には電話番号くらいしか読めないので、ポケットに入れたまま洗濯してしまいそうな気もする。

「トールね。俺はアービィ=アイレ。もう会うこともねえと思うけど」
「まあまあそうおっしゃらずに。探偵として人探しなんかもやっていますから、ご依頼とあればシャルナークさんもお探ししますよ?」
「じゃあ気が向いたら」

 一応その場で断りはせずに、名刺を胸ポケットへしまった。絶対頼まねえけどと内心で舌を出して。
 第一、一般人にそんな危険な真似をさせられるわけがない。相手はあのシャルナークだぞ。あいつ単品ならまだ見逃してもらえるかもしれないが、仲間を伴っての行動をしていた場合、五体満足での帰還はまず望めない。大人しく俺が自力で探すが吉というものだ。
 トールは最後に「観光案内の依頼でも構いませんよ」と爽やかな笑みを残してスポーツカーと共に去っていった。角を曲がるところまで見送り、リアウイングの端まできっちり消えたところで目一杯息を吸い込む。そして体中の毒素と苛立ちとストレスと破壊衝動を溜め息に変えて吐き出す。鳥肌やべえええ!次会ったらアナフィラキシーショック起こすわ!
 幸い、朝食を作り出すまでにはまだ少し時間がある。それまで寝てトールのことはきれいサッパリ忘れよう。今夜の出来事は悪夢だったのだ。目が覚めたら平和な一日が始まることを信じ、出かけた欠伸を飲み込んだ。

 こうして寝ることばかりを考えていた俺は、窓の向こうから恨みがましげにこちらを睨む糸目野郎に気付きもしなかった。平和ボケとは斯くも恐ろしい。



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