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 ハカセ、という呼び名は愛称に近い。ハカセ自身が子供心を忘れないお茶目なおじいさんだからか、子供にも好かれる。俺も好きだしアイくんも好きだ。つまりみんなのアイドルだ。人が集まるのも道理なのである。

「あー! あのときのホームレスの兄ちゃん!」
「んだとこのクソガキィ!」

 家の中には俺の私物が増え、懸案事項だったパンツも無事購入した。スバルはたまにおかずの差し入れに来てアイくんに睨まれているが、ストーカー候補生のトールにはあれから会っていない。
 もはや“いつものように”と称しても差し支えなくなり始めた今日このごろ。学校から帰ってきたアイくんを出迎えると、その後ろに見覚えのある子供たちが並んでいた。
 脊髄反射でメンチを切ってしまった相手はこの間のおにぎり坊主だ。礼儀がなっていない。三白眼のそばかすとアユミちゃんは、俺の剣幕に引きつった声をあげるなりコナンの背後に隠れてしまった。そしてコナンはまたこいつはとでも言いたげな顔をしている。揃いもそろって礼儀がなっていないぞ。そこに直れ!
 子供であろうが舐められたままで許せるわけがないので、教育的制裁を加えてやろうかと考えること五秒。俺は優しさでマイルドにして脅すくらいで済ませてやることにした。

「おうおう、いきなりホームレスの兄ちゃんたあ随分なご挨拶じゃねえか、おう?」
「小学生相手にみっともないからやめて」

 ほんの冗談だったのに。
 アイくんに叱られてまでいじめる理由はない。子供の警戒心なんて、合わせたところで子猫三匹分くらいにしかならないのだ。俺はおにぎり坊主の腹を摘んでいた手を離し、そのままポケットへと突っ込んで立ち上がった。
 人に礼儀を説くならば、まずは己自身が礼儀を示すべきである。よって俺は丁寧に名を名乗った。アービィお兄さんとでも呼んでくれ。おじさんって言ったら殴る。
 おにぎり坊主はゲンタ。三白眼のそばかすはミツヒコ。アユミちゃんはアユミちゃん。覚えた名前を復唱すると、子供たちの緊張感も幾分か和らいで馴れ馴れしさが増した。子供の順応の早さは時に頭を抱えたくなるな。

「ねえ、アービィさんは哀ちゃんのヒモになったの?」
「誤解を招くような物言いはやめてもらおうか」
「どちらかというと博士のヒモじゃないかしら」
「心に刺さる物言いもやめてほしい」

 居候といえばまだ聞こえはいいが、実際は衣食住をハカセに頼り切ったパラサイトだ。
 俺の柔らかな心に傷をつけた犯人グループは、被害者そっちのけで内緒話中。といっても会話は筒抜けなので心の傷は増えるばかりである。お前らも世話になったことあるだろ、オブラート。包めよ。

「どう考えても怪しいですよ。きっと博士を利用しようとしている犯罪者です!」
「だよな! 前は歩美んちの前の公園で寝てたし、あの兄ちゃんめちゃくちゃ怪しいぜ!」
「うーん……歩美は怖くない人だと思ったんだけど、誘拐されたって言ってたのに博士のところにいるのは変だよね」

 じろりと向けられる二対の目。コナンとアイくんの冷たい視線が刺さる刺さる。
 しかしちょっと待ってくれと言いたい。あのとき俺は見知らぬ土地で一夜を明かし、追い払っても絡んでくる子供に言葉のナイフを突きつけられて満身創痍だったのだ。アービィさん嘘つかない。それに、アイくんとコナンがあの子供たちとお友達だなんて知るわけねえだろ。ほら、やっぱりアービィさん悪くない。
 コナンは俺の顔に胡乱な目を投げて寄越すと、子供たちの輪に向かって駆けて行った。アイくんは変わらず、隣で腕組をして静観の姿勢でいるが。

「アイくんは混ざんねえの?」
「江戸川くんに任せるわ。彼に何を言ったところで、自分で推理しない限りは納得しないでしょうし。あの子たちも頑固さにおいては似たようなものだし」
「保護者が板についてんなあ。同い年だろ?」
「あら、私そんなこと言ったかしら」

 瞬き二回を間に挟む。つまりなんだ、同い年じゃないのか。
 深く考える間もなく、早々に交渉決裂したらしい子供たちが駆け足で戻ってきた。まずアユミちゃんがアイくんの手を取り俺から引き剥がし、ゲンタとミツヒコが女の子二人の前に立ち塞がる。オプションに呆れ顔のコナンを置いて、フォーメーションは完成だ。

「あなたのことは! 僕たち少年探偵団が監視することになりました!」
「こっちには警察とか探偵の知り合いもいるんだからな! 悪いことしたらすぐに通報すんぞ!」
「哀ちゃんと博士にひどいことしたら、絶対ぜーったい! 許さないんだからね!」

 鼻息荒く言い切り、腰に手を当てふんぞり返る子供の危なっかしさといったら。アイくんが似たようなものって言った意味が分かった気がする。そんでコナンは危ないから余計なことすんなとでも言ったんだろう。もう俺知らねーと呟くのが聞こえた。
 あっちもこっちも失敬な奴ばっかりか。犯罪者前提で話を進めるんじゃない。

「俺は、誓ってハカセとアイくんにだけは危害を加えねえ」
「ウソだ!」
「嘘じゃねえよ即答で否定すんな! 可愛くねえなおにぎり坊主が!」

 あったまきた! 大人げない大人の怖さを知らねえガキめ! 思い知らせてくれるわ!
 俺はハンターパワーでゲンタの背後に一瞬で回り込み、将来の不安をたっぷり詰め込んだ腹、というよりわきの下を掴んで持ち上げた。そして半ば放り投げるようにして首の後ろに着地させる。両足は肩から前方に垂らして、まあつまり肩車をしたわけだ。
 後頭部に当たる柔らかい感触が若干と言わず気になるが、息子ではない。腹の贅肉だ。我慢しよう。

「た、たけええ……」
「おい、頭掴んでいいから髪は引っ張んな」
「んなこと言ったってよお! 急に肩車されたらびっくりするじゃねーか!」
「ゲンタがいつまでも生意気な口きくんだもんなあ。お兄さんなんだか走りたくなってきちゃったなあ」
「マ、マジかよ……」

 悲鳴じみた声と共に、頭に縋りつく力が強くなった。
 試しに一歩、さらに二歩。歩く度に顎下で交差された足が絞まってくるが、この程度で引き下がる俺ではない。お友達のただならぬ事態に他のちびっ子二人も焦り始めた。ゲンタくんを下ろして大人げないとか言われても知ったこっちゃねえな。こっちは大人げない大人の恐ろしさを思い知らせてやろうとしてるんだから、大人げないと言われても屁ともない。ただしアイくんの冷たい視線は堪えるものとする。
 それでもめげず、ゲンタを肩車したまま二分も庭を走り回れば、頭の上の悲鳴はいつの間にか子供らしい歓声に変わっていた。アユミちゃんとミツヒコもさっきからゲンタくんばっかりずるいとか言いながら後ろをついて回ってきている。子供というのは目先の興味欲望に弱い生き物だ。親御さんはさぞかし不安だろう。

「いっけー! アービィ号!」
「だっから“さん”か“お兄さん”つけろっつってんだろうが! はいお前おしまい! 降りろ!」
「えー! ケチ!!」
「次! 次はアユミの番!」
「じゃあその次は僕を肩車してください!」

 走るのをやめた途端、足元にへばりつく子供が二人。右足にアユミちゃん、左足にミツヒコがひっついている。まあ、一人二人増えたところでそう変わらないか。
 肩には高さが及ばないが、まだ降りそうにないゲンタをそのままにするならこうした方が早い。俺は目線を合わせるように屈んで両腕を軽く差し出した。座れという意味だ。おっかなびっくり、本当に持ち上げられるのかと疑いながらも座って腕を掴んだのを確認し、一気に立ち上がる。ゲンタよりよっぽど軽いな。二人合わせてもゲンタより軽い。

「すごーい! アービィさん力持ち!」
「こんくらい余裕よ。なんなら走ってやろうか?」
「お、落とさないでくださいよ!?」
「俺両手塞がってるから自己責任で」
「事故、せきにん……?」
「アービィさん号発進しまーす」

 三つに増えた歓声が俺を囲む。芝の上を走り回り、すっかり見守る態勢になっていたアイくんとコナンの周りを十周くらいして、サービスにジャンプを二度ほど挟む。それから順番に肩車してやれば子供たちはもう俺にメロメロだ。どうだ大人げないだろう。本気で遊ぶ大人は斯くも強い。
 帰り際、またいっぱい遊んでねと手を振る子供たちの頭に監視の二文字はもはや存在していなかった。そんなこと忘れるくらい遊んでやったんだから当然だ。
 だからコナンも溜め息なんかつかないで元気出せって。肩車してあげるから。



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