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 ハカセは様々な発明品を作っている。
 それを知ったのはハカセの家に転がり込んですぐのことだが、まさか、まさかあの最高にクールな“あれ”もハカセの発明品だったなんて。

「俺あれ無茶苦茶好きなんだよ! マジでハカセが作ったのか!?」
「そうじゃとも。ターボエンジン付きスケボーはわし自慢の発明品じゃ」
「マジかよおお!」

 あまりの衝撃に床をばんばん叩いてしまった。さっと距離を取ったアイくんは無視の態勢だが俺はめげない。
 きっかけはスケボ少年もといコナンだ。探りと監視の名目をつけてコナンがやって来る度、しつこくスケボーはどうしたと聞いていたら今日になって「そんなに気に入ったんなら僕じゃなくてハカセに言ったら?」と投げやりに言って寄越したのだ。遅い、遅いぞ少年。言うのがとても遅い。
 目をかっ開いて言葉を失くした俺は、我に返るより先にハカセの前に跪いていた。そして満面の笑みと共に頷かれ、四つん這いの状態から芋虫のように丸まり、歓喜の稲妻に耐えて今に至る。

「あんな生身で爆走するもん一歩重心の位置ミスったら一発でひっくり返るじゃん! スケボー吹っ飛ぶじゃん! 最高じゃん! あとカッチョイイ!」
「そうね、ヘルメットもサポーターもなしにあのスピードは危険だと常々思っていたのよ」
「おい、おめーどっちの味方だよ」
「私は誰かの味方になったつもりなんてないわ」

 素っ気ないアイくんの言葉がぐさりと音を立てて刺さった。どこへとは言わない。言わないが二人分の苦笑からして分かる。ちなみに俺は無関係である。
 アユミちゃんやミツヒコを抱えたときの感じからして、体重は十五キロから二十キロほど。コナンもそのくらいと仮定すると、俺の重さはコナンの倍の倍だ。そんな俺が乗ってもスケボーはそれなりにスピードを出せたから、それなりの馬力がある。
 にも関わらずだ、本体は子供が抱えられるほどの軽量なうえ、動力源はソーラーバッテリーときたもんだ。ハカセすごい、天才。いや本当に。
 俺は言葉を尽くしてハカセを褒めちぎった。下心が全く無かったと言えば嘘になるが、決して気持ちを偽ったわけではない。
 天才科学者、発明家という割に研究室の爆発は絶えないし、コナンもアイくんも成功する方が珍しいから気にするなと言うし、爆発音を聞きつけてやって来たスバルもまたですかと苦笑するばかり。正直どうよと思わなくもなかった。だがまあ、成功とは万の失敗の上にこそ成り立つものらしいしと呑気に構えていたところでこのボディブロー。感動も一入だ。
 思う存分褒め倒したところで息を吐く。半分四つん這いのような体勢から見上げたハカセは、目に涙を溜めて両の拳を握っていた。

「わしは! 感動した! ここまでわしの作品に惚れ込んでくれたのはアービィくんが初めてじゃ! 新一はすぐ危険なことに首を突っ込んでわしの発明品を壊してしまうしあんまり褒めてくれんし……ううっ」
「シンイチって誰?」
「アービィくん。君に合わせた君だけのスケボーが欲しくないかね?」
「え、めっちゃ欲しい!」

 シンイチとやらが誰かは知らんがそんなことは些末事だ。いや違うな、どうもハカセの発明品をぶっ壊しているようだし会ったら絞めるとして。それはそれ、これはこれ。
 俺の両手を包み込むようにして握ったハカセは、前のめりな返事を聞いてしっかと頷いた。目には星のような輝きが散り、炎のような熱が灯っている。やる気に満ち満ちている状態だ。これはつまり、俺専用スケボー爆誕の序章かな。

「まずはアービィくんの身長、体重から測らんとな。ベースがあるとはいえアービィくんの体型に合わせるとなると本体自体を大きくする必要があるし、馬力を上げるならその分耐久力も上げねばならん。アービィくんは身長が高いから重心も高くなる。となると最初の加速を急にすると上体が置き去りにされてひっくり返るかもしれんのう……。アクセルを重くした方がいいか? いやいや、あまり重くすると踏み込みでそれこそバランスを崩しかねん。ううむ」

 右手を顎に添えて首を捻るハカセと、右手を口元に当てて溢れんばかりの歓喜を堪える俺。アイくんとコナンがかける冷水のような視線は、片っ端から蒸発していく。
 こんなご褒美があっていいのだろうか。ハカセ孝行がしたいのに職がない。うっ、心が痛い。

「いかんいかん、こうしちゃおれん! 設計図に部品の確認に、やることが沢山あるのう!」

 ある程度考えがまとまったのか、ハカセは突然手を打つなり地下室へと駆け下りて行った。そして一分ほどで戻り、金属製のメジャーをコナンに押しつけた。押しつけられた方はとても面倒そうな顔をしている。

「これでアービィくんの身長を測ってくれんか。体重計は洗面所にあるから、両方測ったら数値を教えてくれ」
「なんで俺が……」
「たまにはわしの発明に協力してくれてもいいじゃろう? じゃあ、あとは頼んだぞ!」

 そして、ハカセは息も切れ切れに地下へと戻ったのであった。
 残されたのは俺とコナンとアイくんだ。

「私も自分の研究があるから、あとはお二人でどうぞ」
「おい! 俺だけ犠牲にするつもりか!?」
「江戸川くん一人いれば身長くらい測れるでしょ。ああ、帰るときは声かけてくれなくていいから」

 ……残されたのは俺とげっそりしたコナンだ。アイくんが素っ気ないのは魅力の内だから仕方ないね。
 コナンの身長は俺の股下以下。椅子に乗ったくらいじゃ頭の天辺には届かない。高さ的にはキッチンのテーブルくらいあればいいのだろうが、壁がないので測りにくい。となると、壁際に並んだ本棚を足場にしてもらうのが一番か。
 本棚の上は読みかけの本、ハカセの覚書に郵便物などなどで散らかっている。大雑把にまとめて避けたところでコナンを呼び、持ち上げてその上に立たせた。あとは俺が壁に背をつければ準備は万端だ。

「よーしじゃあ測ってくれ。つーかまずメジャー伸ばせ。下は俺が足で踏んで、」
「ねえ、アービィさんって安室さんと知り合いなの?」
「あん? 誰だって?」

 言っている意味が分からずコナンの方を振り向くと、何かカードのようなものをじっと見つめて動かなくなっていた。
 アムロ、アムロ……覚えがない。

「ここに安室さんの名刺があったよ。アービィさんが安室さんにもらったものじゃない?」
「ハカセじゃねえのか? アムロなんて知らねえぞ」
「えー、でも博士と安室さんはもう知り合いだし、今さら名刺なんてもらうかなあ?」

 可愛らしく首を傾げてみせるその姿に、俺の頬はひくついた。最初に会った河原を思い出す仕草だ。好奇心たっぷりな振りをして、視線だけは狩るように鋭い。

「名刺みたいな小さなものは上にものを置くとすぐに隠れちゃうから、荷物の一番上に置いてあったんだね。でも、窓際で日当たりのいいここにあったのに紙は日に焼けてないでしょ? これってつまり、つい最近ここに置かれたってことじゃない?」
「つい最近ねえ」
「ほら! 安室透、私立探偵って書いてあるよ! 覚えてない?」
「アムロ=トール……トール=アムロ、ねえ」

 ……思い出したよねえ、思い出したくなかったともいうよねえ。
 車ヘコませた金髪童顔のトールだ。もう二度と会わねえと思ってた奴のファミリーネームまでいちいち覚えてるわけねえだろ。コナンが持っているのは間違いなく俺がもらった名刺だが、ポケットから出してそのまま忘れていた。
 コナンの口振りからしてトールとは知り合いらしい。小学生のくせに顔の広い奴め。トールとどこで出会ってなぜ名刺を持っているのかという話になられると、少々面倒臭い。夜中に抜け出してシャルナークと間違えて車ヘコませましたとか、ハカセとアイくんにバレたら怒られそう。言いたくねえ。
 なんとか思い出そうとする振りをしつつ、幼児並の隠蔽工作を考えた。俺がしらばっくれたところでコナンはトールの方に聞きに行くから、たぶん意味はない。でも、トールが気を遣って車の話題を出さない可能性もあるし、悪あがきは最後までしよう。
 などと考えている間にコナンが本棚から飛び降りた。

「僕、用事思い出したから帰るね!」

 用事ってお前それ絶対トールに聞きに行くやつ……。
 いい笑顔で去ろうとするコナンに待ったをかける。もちろん奴は聞いちゃいねえので、呼び止めるため上げた手には虚しくメジャーだけが収まった。身長も一人で測れってことですか。頼まれたことは最後までやり遂げるのがマナーだぞ!



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