俺はハンターである。この国の人間ではないしこの時代の人間ですらない。
ニホン国内の地名は分からないし、文化だって触り程度。米が主食で言語が狂ってるってことくらいしか知らないのだ。それなのにその“狂ってる”分野での出題ときた。これで分かるわけがない。
しかし、俺はこの子供たちからの挑戦状を大人気なく破り捨てることができなかった。それはなぜか。……金だ。この問題を解き、面接を突破し、採用され、キッドとかいう野郎からお宝を守り抜いたあかつきには大金が手に入るのだという。
雇用条件は腕の立つ者、この問題を解いた者。年齢や性別その他一切は問わないとある(らしい)。
だから、俺はなんとしてでもこの問題を解かなくてはならなかった。
「つったって分かるわけねーだろうが! 俺外人! 外人にも分かるような問題にしろっつーんだよ!」
「もー、そんなに怒らないでよ。しょうがないから歩美がヒント出してあげる。“朝顔”は“朝顔に似ているもの”に置き換えるのよ!」
「朝顔に似てるものぉ?」
お姉さんぶったアユミちゃんが人差し指を立てている。他に縋るものもない俺は、大人しくアユミちゃんのヒントに従うことにした。
朝顔、花、模様……。白い模様は星に似ているし、蕾と開いた花の形は傘に似ている。色は青から赤まで。蔓や葉から連想するべきなのか。いや、“咲く”とあるなら開いた花の状態から考えるべきか。
「朝顔、傘、傘……あー、スカート……蓄音機、ラッパ……」
「それです!!」
「ど、どれだよ」
「ラッパの! 円錐状に開いた部分です! あの部分は朝顔の形に似ていることから“朝顔”と呼ばれますが、“ベル”とも呼ばれるんです!」
「へえ、ミツヒコお前物知りだな」
「えへへ、コナンくんに比べればまだまだですが……」
照れるミツヒコの頭を遠慮なしに撫でる。ぐわんぐわん頭が揺れているが、潰したりはしていないので大丈夫だろう。
“朝顔”を“ベル”とするなら、後ろに続く“木”でベルツリーになる。そこかしこにベルツリーの名を冠した建物があることは俺も知っている。トールと遭遇した美術館やその周辺施設の案内板にベルツリーの名前が並んでたし、どこからでも目につくタワーもベルツリーだし。
数多くある“ベルツリー”と名のつく施設。その中でラッパに関係し、さらに“時間厳守”と関係するような場所といったら、ひとつしかない。
「ベルツリー・コンサートホールか」
「正解。クラシックコンサートで演奏中の途中入場はマナー違反だもの。それにしても、あなたがよくその名前を知ってたわね?」
「近くを通っただけだけどな」
少し意外そうな顔をしたアイくんにはにんまりと笑って返す。いつ、どんな用で通りかかったのかは聞かれたくないもんで。特に疑問にも思われなかったのか、アイくんは残りの暗号もすぐ解けるでしょうと目を伏せて笑った。
割れた朝顔咲く木にて待つ。アイくんの言うとおり、朝顔をベルと読むと分かれば残りは簡単だ。
ベルと呼ぶものは他に、単位のB(ベル)がある。よく音の大きさとして表現するときに使われるデシベルがそれ。割れた朝顔とあるから、Bを二つに分けて1と3にする。ただ、十三時じゃあ朝顔はとっくに萎んでいるから、ここで止めると不正解。朝顔が咲くのは前日の日没後、八から十時間後。そんで“咲く”を“割く”とかけているとすれば13を半分にして6.5、つまり六時半が答えってわけだ。
「ベルツリー・コンサートホールに朝の六時半集合! これが答えだろ!」
どうだと言わんばかりに人差し指をアユミちゃんに向ける。が、反応がない。ゲンタはにやにや笑うだけで何も言わない。ミツヒコも眉尻を下げるだけで無言。アイくんは安定の無視。最後にコナンに人差し指を向けてそのまま頬を刺すと、観念したように口を開いた。
「……正解だよ」
「いよっしゃあ! 賞金いただき!」
「まだ面接も受けてないのに何言ってるんだか。それに、わざわざ募集要項に腕の立つって書いてるくらいだからアービィさん以外にも腕に自信のある人たちがいっぱい来るに決まってるでしょ!」
「え、なんだよコナン、機嫌悪くね?」
「本当は自分がキッドを捕まえたいのに参加できないから拗ねてるのよ」
「うっせ!」
不機嫌丸出しの顔で人差し指を払われた。コナンにしては子供臭い反応だ。
アユミちゃんたちが的確なヒントを出せたのも、コナンが学校ですでに暗号を解いていたからなんだとか。道理で順序良く誘導できたわけだ。件の子供たちは、ちゃんと自分たちも考えたと不満顔である。
そもそも、なぜ自分たちで解いた暗号をわざわざ俺に解かせたがったのか。おちょくる気が少しもなかったとは思えないが、本題は別にあると見た。目的はなんだと話を振ると、三人はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目に星を散らして身を乗り出した。
「俺たち子供じゃ参加できねーからよ! アービィ兄ちゃんに頼みてえことがあって!」
「アービィさんなら絶対合格できます!」
「それでね、キッドさんにサインをもらってきて欲しいの!」
思わず首を捻った。これはそのキッドとやらからお宝を守る警備員の募集ではなかったか。つまりキッドは敵。それをなんでサイン? そもそもキッドってなんだ。子供か。
「え、もしかして怪盗キッドを知らないんですか!? 国際指名手配もされている有名な怪盗ですよ!?」
知っているのが当たり前みたいな顔をされても知らねえもんは知らん。
見たことも聞いたこともないと返せば、今度は信じられないものを見るような顔をされた。俺からすればそんな犯罪者のサインを強請るお前たちの方が信じられない。
盗みといってまず思い浮かぶのは、国際指名手配どころか全員漏れなくA級賞金首になっている幻影旅団だ。サインなんてもらいに行ったら自分の首が飛ぶ。物理的に。一部に猟奇的なファンがついていないこともないが、基本は一生お目にかかりたくない連中だろう。
そういうのとは違うのかとオブラートにオブラートを重ねて尋ねたところ、キッドさんは悪い人じゃないとの力強い否定があった。盗んだ宝石は返してくれるし、悪い奴を懲らしめてくれることもあると。返してくれるなら警備員自体必要ない気もするが、それはまた話が違うらしい。ややこしいのは依頼人も同じってことか。
「じゃあその怪盗キッドってのはチームか? 単独か?」
「キッドさんは一人だけよ」
「白のシルクハットにタキシードを着て、マントを翻らせながら登場するんです!」
「すげえ目立つじゃねえか」
「でもキッドは変装の名人だかんな! 変装解くまで誰もわかんねーんだ」
「ふーん?」
要は目立ちたがり屋な色物怪盗ってことか。
子供たちはひとしきり俺で遊んだのち、「そろそろ帰らねえと母ちゃんに怒られる」というゲンタの声を合図にしてあっという間に散っていった。どこかに遊びに行くにしても親御さんに話しておかないと心配するしな。仕方ねえな。ろくにスケボー自慢のできなかった俺の悲しみは言葉と共に飲み込んだ。
背中に向けてひらりと振った手に、コナンから借りた手帳とペンを持つ。先に歩き出していた二人に追いつき、コナンの頬を手帳で軽く叩いた。
「これ、サンキューな」
「う、うん。できればもうちょっと普通に渡して欲しいかな」
「ははは」
残念ながらその頼みは聞けないので笑って流す。
「鈴木相談役がどういう“面接”をするつもりか分かんないけど、キッドのことは調べておいた方がいいと思うよ」
「この国じゃなきゃ俺だって調べようはあるさ。情報屋捕まえるにしたって時間も金もねえ」
「そんな大げさな……」
ハンター協会加盟国内ならハンターサイトを使って、大した手間もかけずに情報を集められただろう。もちろん、非加盟国で仕事をすることもあったが、そういう場合は事前に準備をしてから赴くことが多かったし、そうでなければ金で解決できる。まあ、キッドがどんな奴かは分からないが行き当たりばったりでもどうにかなるなる。
そう高を括る俺に、笑いを含んだ声で待ったをかけたのはアイくんだ。
「あら、せっかくキッドキラーの彼がいるんだから彼に聞けばいいじゃないの」
「おい、灰原」
「誰が何キラー?」
アイくんの手のひらが無言のままコナンへと向けられる。つまりコナンがキッドキラーであると。
ちょっと待てよ。はじめにあの暗号を解いたのはコナンで、キッドキラーとあだ名されるからにはキッドの天敵となる理由がある。さらにそのキッドとかいうのは、どうも子供にも人気があるらしい義賊的な奴。少なくともただの悪人ではないし、盗みの最中に人を傷つけたこともないと見た。
イイコトを思いついてしまった俺は、目も口も弓なりにしならせてコナンの肩に手を置いた。良からぬ気配を察知したのか、すぐに半歩引いて逃げようする。が、当然俺がその逃亡を許すはずもなく。
ハンターに目をつけられたんだ。俺は大人しく諦めることをおすすめするね。
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