日付が変わりました。ただいまの時刻、午前零時二十五分です。おはようございます。
ぐずぐずしている暇はない。ささっと身支度を整え、俺の隣の客用布団で寝こけるコナンを起こす……ことはせず、そのまま毛布で包んで抱き上げる。そこでアラームがセットされた携帯電話(ここではスマホと呼ぶらしい)の画面が点灯したので、鳴る前に電源を切った。お子ちゃまのくせにこんな時間に起きようとすること自体が生意気である。
コナンの着替えが詰められた鞄を左肩にかけ、毛布で包んだコナンも同じく左腕で抱える。極力音を立てないよう一階へ上がると、まだ起きていたアイくんがからかうような目でコナンを指差した。ぐっすりですよこのお子ちゃま。起こさないでねの意味で人差し指を立てれば、アイくんはひょいと肩を竦めて手を払った。さっさと行けってことですね。イエス、マム。
玄関に立てかけられた大小二つのスケボー。黒は倒して緑は小脇に抱え、指にはコナンの靴を引っかける。今の俺の格好、子煩悩なパパって感じがする。
肝心の相手がいない悲しみを振り払うように、俺は静かに地面を蹴った。
なぜ、俺がこんなにも早く出ることにこだわったか。もちろん『先着順に合格だったらどうすんだよ』とかいうオツムの弱い理由ではない。
コナンにも言ったように、試験はすでに始まっている。本戦の前の予選。さらにその前の受験資格を問う試験。ハンター試験でいえばそこにあたるのだ、今の段階は。
俺は考えた。平和ボケした国、ニホン。もし万が一、シャルナークのようなすっとぼけた野郎が素知らぬ顔で“面接”に参加したらどうなるか。戦闘の玄人が乗り込んでくればほぼ間違いなく合格する。合格しなくとも“面接”で内部に入り込んだ時点でひと暴れしてお仕事終了だ。アービィさん嘘つかない。
平和ボケの国ニホンで、俺というプロハンターの存在がありながら、目の前でそんな残虐非道の行いを許していいものか。いいや許しておけない。
というわけで、
「一番乗りして他の参加者全員面接前に叩き潰す」
「この外道!」
「褒め言葉として受け取っておこう」
ばたばた暴れているが、毛布の端をきっちり巻き込んでいるので子供の力では抜け出せないんだなあ、コナンくん。さすが俺。子ウサギすら全力で仕留める獅子のような男。これは惚れてしまう。
いくらぐっすり眠っていたお子ちゃまといえど、スケボーでアスファルトの凹凸を走れば振動と音で目が覚める。起きてそうそうのパニックもほどほどに、これはどういうことだと問い詰めるコナンを軽くあしらったのが、先ほどの叩き潰すの一言というわけである。もちろん、ハンター試験うんぬんの説明などはしていない。
「だからって僕がこんなふうに運ばれる理由にはならないんじゃない!? アラームだってちゃんとセットしてたと思うんだけど!」
「アラームなんか鳴ってなかったぜ?」
何せ俺が止めたからな。
「じゃあ起こしてくれれば良かったじゃん!」
「コナンが起きなかったんだろ」
まあ起こそうともしなかったんだけど。
いいから子供は大人しく寝とけってんだ。寝る子は育つ。寝ない子は育たない。それに俺は言ったはずだ。コナンの仕事は合格した後、合格するまでは俺の仕事だと。
やがて抵抗は無駄だと分かったのか、ぶすくれた表情ではあるものの腕の中のお子ちゃまは大人しくなった。
「……だからって、こんな早くから来る人がいるかなあ?」
深夜の二時に差しかかり、飲み屋街でも住宅街でもない目的地周辺はほとんど人気がない。スケボーの音を派手に反響させても、咎めるような目を向けるのは野良猫だけ。アスファルトから歩道のタイルへ乗り上げると、音はさらに大きくなった。これ以上はローラーを傷めるからやめよう。
「さて、そろそろ下ろすぞ」
「靴は?」
「持ってきてるって」
屈んだ俺の太ももにコナンを座らせ、ずっと右手に引っかけていた運動靴を差し出す。靴が履けたのを確認したら、小さく畳んだ毛布を肩にかけさせてコンサートホールの入り口へ向かった。薄手のパジャマ一枚じゃあ、このくらいの子供は風邪を引きかねない。確認したら先に着替えさせるか。
時折欠伸をもらすコナンの後ろをだらだらと歩く。コナンはああ言っていたが、十や二十人くらいの先客はいるかと思っていたのに、結局一人だけのようである。
俺たちがいた場所からおよそ三十メートル離れた街路樹の影。ちょっと一瞬で移動したにしては遠い場所だが、俺の前を歩いていたコナンにはこの瞬間移動について追及できないのでいいとして。
「覗きなんて悪趣味ぃ」
「へ? は!?」
「ほーらコナン。やっぱりいただろ? 試験はもう始まってるんだよなあ、やっぱ」
「な……はあ!?」
背後に回り込み、覗き魔の襟首をひょいと掴んで猫のようにぶら下げる。ややくせ毛気味の頭を街灯の下に晒すと、コナンは中途半端にこちらを指差してこれでもかと目を見開いていた。もしかして知り合い?
「キッ、」
「いやー!! コナンじゃないか! 久しぶりだな! 元気にしてたか!? こんなところで会えるなんて奇遇だなあお前の大好きな新一兄ちゃんだぞ!!」
「おま……」
「シンイチ?」
「はい! コナンの遠い親戚の工藤新一です!!」
先ほどはくせ毛のように見えたが、改めて見るとそうでもない。振り向いた顔はまだ若いが将来有望そうな面をしている。息子爆発案件。いや、それよりも重要なことがある。こいつは今、他でもない“シンイチ”と名乗ったのだ。
シンイチの襟首を離すと、奴は冷や汗は残したままほっと胸を撫で下ろした。右腕で抱えていたスケボーを左腕に抱え直し、拳を握る。その安堵も今だけのわずかな命だと知るがいい。
「よろしい。歯を食い縛りなさい」
「「なんで!?」」
「お前は会ったら殴ると決めていた」
「だからなんで!?」
「待ってください! 僕とあなたは初対面ではないのですか!?」
「初対面だけどハカセとランちゃん泣かせた奴だろおめー! 話は聞いてんだよ! 一発殴らせろ!」
「待ってアービィさん! ちょっとそれどういうこと!? というかキッ……新一兄ちゃんも、あーもう! 一回落ち着いてちゃんと話そう!?」
「嫌だ! 殴る!」
「なんなんだよこの人!? おいどうにかしろコナン! お前のせいだろ!」
「俺のせいじゃねえ!」
やんややんや。夜更けの街に野郎と野郎と子供の声が響き渡る。しばらくああだこうだやっていたが、子供の前でR-18G指定のトラウマ映像を見せるわけにもいかず、黄金の右腕は仕方なく収めることになってしまった。ただし隙あらば殴る。
そして現在、シンイチとコナンは二人でこそこそ密談中だ。俺はコンサートホール入り口の階段で、他の参加者が来ないか見張っている。仲間外れとかそういうの良くないと思います。
なぜシンイチがこんな時間にこんな場所にいたのか。それは(自称)名探偵の彼が、事件を解決した帰りに新聞に載っていた暗号のことを思い出してちょっと覗いてみた、という次第らしい。正直理由とかどうでもいいのであまり聞いていなかった。
何がともあれ、コナンがああも懐いていては追い返すこともできそうにない。邪魔だけはしないで欲しいが、どうなることやら。
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