じいさんとアイくんが並んで座り、俺はじいさんの向かいに腰を下ろした。
メニューはふわとろ半熟オムライスにレタスのミニサラダ、それとコンソメスープ。アイくんのオムライスは大人二人のそれより小さめだが、この年頃の子がどの程度食べるか分からない。多かったら残してくれと伝え、自分の卵にナイフを入れた。
「そんじゃまあさっきの続きといこうか。まずはそっちの自己紹介から聞いても?」
ソースを入れたカップを傾け、卵の縁をぐるりと囲う。じいさんとアイくんは先にソースをかけている。卵は後から開くつもりらしい。二人とも楽しみは後にとっておくタイプと見た。
「わしの名前は阿笠博士(ひろし)。“ハカセ”と呼ばれることの方が多いからそっちで呼んでくれても構わん。それと彼女は……」
「灰原哀」
「あれ? もしかしてファミリーネームが先? 二人とも違うみてえだけど」
「日本ではファミリーネームが先に来るんじゃよ。アービィくんに倣うとヒロシ・アガサにアイ・ハイバラになるかの」
ちなみにアイくんは遠い親戚の子じゃ。そう言ってじいさん改めハカセはスプーンを口元へ運ぶ。なるほどね、あちらさんもいろいろと事情がおありのようで。
ちらりと上目に窺えば、澄まし顔でスープに口をつけるアイくんと目が合った。彼女の目はこう言っている。「見ないでくれる?」全くもって冷たい。俺は静かに肩を落とした。
そこからの空気は穏やかな食卓と呼ぶにはほど遠く、会話は淡々と、事務的に、そっけなく続けられた。主に俺とアイくんの間で。ハカセはほとんど入れてもらえなかった。
手始めにジャブ。アイサツ代わりに銃のことをほじくり返され、「もし遺跡の財宝を狙う盗掘者なら話は別でしょうけどね」と付け加えて微笑まれる。このくらいなら想定の範囲内だ。
返し手、こちらも軽いジャブ。遺跡というものは凡そ三つの危険を孕んでいる。一つ、建造物自体の危険。倒壊やら罠やらがそれだ。二つ、生物の危険。血清もない毒蛇やら毒蜘蛛やらが群れを成しているなんてのはざらで、過去には獰猛な肉食獣のねぐらになっていたこともあった。そして三つ、犯罪者の危険。アイくんも言っていた盗掘者はもちろん、犯罪組織がアジト代わりに遺跡を使うなんてこともあるのだ。そして両者の共通点は武器を持ち、遺跡を構わず破壊していく。地域によっちゃ宗教がどうのといろいろ絡んで来たりするが、その辺は割愛。
要は、保護と調査が主目的の俺たちも“身を守る術”として武器を持たなきゃ危なくてやってらんねえってこと。
「……なるほど。それなら銃を必要とすることにも頷けるわ。だけどそれだとあなた、矛盾しているんじゃない? だって弾の入っていない銃なんて持っていてもしょうがないもの」
「今は遺跡調査中じゃないからさ。危なくないように抜いてんの」
「そう、なら質問を変えましょう。S&W社のM29。44マグナムの名で有名なリボルバー。またの名を“ブラッディ・ハンド”……反動が強すぎて持ち主の手のひらが無事じゃ済まないことからついた名よ。もちろん知ってるわよね? 二丁も持ってるんだから」
「ああ、よく知ってるとも。両手で使うほどだから」
その言葉を聞いてアイくんの表情がわずかに変わった。まさか本当に、とでも言いたげな顔。可能性は疑ってたんだろう。でも、ありえないと思っていた。
ブラッディ・ハンドとまで呼ばれる代物を両手撃ち。そりゃあスペシャルならマグナム弾ほどの反動はないが、マグナム持っててマグナム弾使わねえなんて話はない。
そして、そんな銃を扱うくせに手のひらを保護するグローブはなしときた。まあそれ以前に、両手でマグナム弾ぶっぱなしたら反動に負けて肩が抜けるだろうけど。
ポーカーフェイスを引っ込め、警戒の色にわずかばかり恐怖の色を混ぜた彼女が静かに問う。
「あなた、一体何者なの……?」
そう、無理なんだ。普通の人間に俺と同じ条件で俺と同じ銃を扱うのは。念能力者である俺だからできること。通常の人間の限界値を超えて、両手の大砲に耐えうるだけの砲台になれる者にしかできないこの芸当。
流れ出るオーラが不規則に波打っていることから、アイくんとハカセが動揺しているのがよく分かる。別に怖がらせたかったわけじゃない俺としては不本意な展開だ。ムキになって少し意地悪しすぎた。
「この国には存在しない存在、ってところ。別に悪さするつもりはねえよ。半ば拉致されてここに来たってのは本当だし」
上着のポケット、ズボンのポケット。それぞれから弾を取り出して机の上に転がしていく。重みのある金属音に二人の喉がひくついたが、全てのポケットが空になるまでそれを繰り返した。
そして最後に一際重い金属音、銃二丁を並べてスプーンを取る。
「これで全部だ。不安なら預ける」
俺の誠意というやつである。銃と俺の顔を交互に見て、アイくんは腕を組んで壁を作った。それは自分の意思と存在を固める囲いにも見える。
「こんなもの預けて、どうする気?」
「あんたらに害なす気がないことを知ってもらいたい」
「銃がなくたって子供と老人の二人くらいどうとでもできるんじゃない?」
「正直に言えばできる。けど、その意思はない」
「証明できるものは」
語尾に疑問符がない。これは彼女の命令だ。今ここで証明してみせろという。
疑問はある。なぜ彼女はこうも頑なに俺を疑い、探り、拒むのか。だけど俺がそこに踏み込めば、わずかばかり開いた門戸を容赦なく閉じるんだろう。
すっかり冷めてしまったオムライス。最後の一口を飲み込んで目を瞑り、じっくり十秒間考える。うん。なんも思いつかねえ。まったく、幼気な外国人に対して世知辛い国だ。声を大にして言いたい。俺は! れっきとした! 被害者です!
急にぶすくれた俺を訝し気に思ったのか知らんが、久しく喋らせてもらえていなかったハカセが気遣わし気に俺の名を呼んだ。咎めるように睨むアイくんを「まあまあ」と苦笑混じりに宥めつつ、重たい銃をそっと持ち上げる。
「そこまでしてもらわんでも、わしは君のことを疑っとらんよ」
「博士っ!」
「大丈夫じゃ。本当は哀くんも分かっとるんじゃろう? 彼は組織の者ではないとな」
これは返そう。
差し出されて、戸惑う。戸惑っている間に合計約3キロの重みに耐えられなくなった博士の腕が震え出したので、慌てて受け取った。
やっぱりこのじいさん天使かもしれん。
07