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 ご飯、味噌汁、卵焼き、腐った豆。味噌汁の具はワカメと豆腐だ。ニホン語では豆が腐ると書くらしい。ちなみに味噌も腐った豆。卵焼きの味付けに使った醤油も腐った豆。ただの腐った豆にいたっては酷い悪臭を放っている。
 ニホン人は腐った豆が好き過ぎる。腹壊さないかこれ。うわっ、こいつ糸引いてやがる!?

「食べ物で遊ぶなら全部取り上げるわよ」
「だってこれ……」
「文句を言っても取り上げ」
「うへえ」

 正面に座ったハカセは満面の笑みで、その隣のアイくんは静かに、俺は渋々料理に手を合わせた。

「いただきます」



 こうして三人で朝食をとるに至るまでには、それなりにいろいろあった。
 まずハカセが俺の身の上、宿も金も職もないことを改めて確認し、三つが整うまでここにいていいと言ってくれた。当然、アイくんは反対……するものと思っていたのだが、意外にも彼女は溜め息ひとつで飲み込んだ。
 彼女の子供らしくない笑みの下にはきっと、日向に晒せない何かがある。ハカセとアイくんのファミリーネームが違う辺りが関係あるんじゃねえかな。近親に引き取り手がいないってのは十中八九訳ありだ。まだこんなに小さいのになあ。想うのは心の中だけに留めておく。
 二人が俺に与えてくれたのは衣食住。代わりに、家事全般を基本的には俺が担当することになった。ただ、ハカセのダイエットがどうのこうのと俺がまだニホン食を知らないのとで、最初の内はアイくんも交代で作ってくれるという。服は二人の知り合いに借りる予定だ。詳しいことは聞かされていない。

「納豆もきちんと食べなさい」
「ねえこれマジで食えんの? めちゃくちゃ糸引いてんだけど……」
「外人はこの粘りと臭いが苦手らしいからのう。無理せんでもいいんじゃないか?」
「仕方ないわね。でも一口は食べなさい。食わず嫌いは許さないわよ」
「うへえ……」

 母ちゃんかよ。
 親父にくっついていると現地の人との交流だので、時には得体の知れないものをご馳走になった。なんかの虫とかモツとか脳みそとか、調理方法も遺伝子レベルで鍛えられていないと無理なんじゃってものが出ることもあり、最初の頃は酷かった。いろいろと。
 荒波で揉んで叩いて伸ばした今の胃袋なら大抵のものは食える。しかし、胃が食えるというだけで舌についてはまた別だ。

「アービィくん。こうやってよく混ぜた方が臭みが消えるんじゃよ」

 ぐりぐりと混ぜられた豆が糸の中をゆっくりと落ちていく。恐怖映像かよ。
 意を決して箸を握り、器の中の腐った豆に突き立てる。混ぜて混ぜて、豆が見えなくなるくらいの粘りを出したところで腐った豆汁を少し垂らし、また混ぜて数粒を摘み上げた。いざゆかん。

「…………」
「どうじゃ? 美味いかね?」
「……食えないことはない」
「なら全部食べれるってことね」
「食うけど、さあ。俺次からはこの腐った豆いらねえわ……」

 なんか口の中でも糸引いてて気持ち悪い。箸についた粘りが全ての料理に移っていくのもなんか嫌。
 もう先にこの腐った豆を退治してから他の料理を食べようと、ご飯にかけた豆を掻き込んでいく。俺の舌はニホン食と相性が悪いかもしれない。そうやって微妙な顔で豆を消費している俺を見て、ふと、アイくんが感心したように目を見開いた。

「あなた、日本食は知らないのに箸の持ち方は知ってるのね」
「おお、そういえば!」

 言われてハカセも俺の手元を見やる。正しく持たれた箸は豆の一粒だって摘める。子供の頃から使うことの多かった食器だ。もう慣れたものである。

「森でキャンプ張ったりする時とかな、枝二本削れば作れるから便利なんだよ。食事の後はそのまま火にくべていいし」
「なるほど。川があれば別じゃろうが、食器を洗う水を節約できればそれに超したことはないということか」
「そうそう」
「箸で人を指さない」
「へーい」

 やっぱり母ちゃんだ。



08

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