推しカプ、花束みたいな恋をしろByアラマキ



ゆったりとした足取りで市場を歩く度に、目の前で三つ編みの束がゆらゆらと揺れる。普段は二つに結われているのに、今日は違っていることに今更ながら気がつく。

「ボルサリーノさん、今日はいつもと髪型が違うんだな」

「ん〜?あぁ、これねェ……仕事中にゴムが切れちまってよォ、替えもなかったから一つにまとめただけ」

「へぇ、でもその髪型も似合ってんぜ」

「そりゃどーもぉ」

アラマキの褒め言葉に対した興味もなさそうなボルサリーノは、市場に並んだ食欲をそそる総菜や菓子を、やけに真剣な眼差しで吟味している。
アラマキは先の世界徴兵で海軍大将に抜擢されたが、それまでは決まった組織に属さず、ぷらぷらと勝手気ままな生活をしていた浪人だった。戦闘能力においては元帥であるサカズキも認める実力だが、執務机に山のように積まれた書類に目を通して内容を把握、場合によっては定められた手続きを行う等といった事務作業はどうにも苦手なのだ。
今日も今日とて執務室に缶詰にされて山のように積まれた書類ーーーーそれも締め切りが今日中なのだーーーーを捌いていたのだが、午前中からぶっ続けで酷使してきた集中力にも限界がやってきてペンを片手にうんうんと唸っていたところ、アポイントメントもなしに執務室に入ってきたボルサリーノが「買い物行くから付き合いなァ」とアラマキを連れ出したのだ。
どうやら今日は外部からも行商が来ているようで、市場は市民や休憩中の海兵たちで賑わい活気づいていた。先ほどからやたらと食べ物の店ばかりを見てまわっているボルサリーノの姿を不思議に思いつつ、飼い犬よろしく大人しくついていく。ボルサリーノは激辛専門店と和菓子の間でしばらく悩んでいたが、ようやく決めたのか和菓子店の店主に声を掛けると、色とりどりの菓子をいくつも注文して包んでもらっていた。

「あんた、そんなに食い物に興味ある方だっけか?」

アラマキの中では彼女は自分と同様に食に執着があるタイプではなかったはずなのだが、と疑問をストレートに口にすると、ボルサリーノは珍しく言葉を詰まらせる。

「わっしじゃなくてサカズキに差し入れるもんを探してたんだよォ……サカズキ、元帥になってから働き詰めだからねェ……なんか美味いもんでも持ってってやれば喜ぶかなぁーって」

本当は弁当とか作ってやりたいけど、わっしはあんまり料理上手くないし……と照れながら話すボルサリーノは、普段の人を食ったような態度とは打って変わってとても可愛らしい。
きっとボルサリーノにこんな顔をさせられるのはこの世でサカズキだけだろうと考えると、アラマキの胸は『尊い』という感情で埋め尽くされ、まるで覇気にあてられたかのように胸を抑えて蹲りたい衝動に駆られた。
何を隠そう、サカズキとボルサリーノ夫妻はアラマキの推しカプなのだ。それはもう、潔癖不拆不逆左右固定一攻一受神聖婚姻である。
ボルサリーノについてきたのも、何か二人のエピソードでも聞けたらなという下心が少なからずあったのだが、まさか現在進行形で発生している推しカプのイベントに立ち会うとは思わなかった。
アラマキは努めて冷静な態度は崩さないまま、内心の荒ぶりを抑え込んで
「あんたから貰えればサカズキさんはきっと何でも喜ぶと思うぜ」と返す。
ボルサリーノは「だと良いんだけどねぇ……」と言いながら、紙袋いっぱいに入ったお菓子を抱えて幸せそうに笑った。

「このままそれ届けに行くのか?」

本部に戻る道すがらボルサリーノに尋ねる。

「うん。ちょうど八つ時だしねェ」

「せっかくだから一緒に行っていいか?俺もサカズキさんに土産買ったんだ」

「さっきどっか行ってたのは土産買ってたのかい?わっしは構わねぇけど……おめぇ、仕事がまだ残ってたんじゃ……」

「土産渡したらすぐに戻るから大丈夫だって、ほら行こうぜ!」

「いい加減事務作業にも慣れろよなぁ……っと、ちょっと待ちなァ」

本部の門を潜り、一直線に元帥室に向かおうとするアラマキをボルサリーノが引き止める。ボルサリーノは廊下の端に寄ると、スーツのポケットから小さな鏡を取り出して髪や服装が乱れていないかをチェックした。
戦闘の最中であってもボルサリーノは常に美しくスマートなため、そこまで身なりを気にする必要もないのではと思っていたが、やはり伴侶の前では少しでも綺麗でいたいものなのか、と思い至る。

「うーん、久しぶりに一つで結んだから少しよれてる気がするねェ……」

アラマキからすれば後ろ手ながら上手に結わえてあるように見えるが、本人からすると納得がいかないらしい。

「なあボルサリーノさん、結び直してやろうか?」

「へぇ、できるのかい?」

「らはは!こう見えて手先は器用な方なんでね、任せとけ」

アラマキはボルサリーノの背後にまわり、髪を纏めている三つ編みを慎重な手つきで解き始める。
長い黒髪が背中を滑り落ち、ふわりとシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
女性経験は豊富だと自負しているが、黒髪から覗く細い首筋や白い項に柄にもなく胸が高鳴った。

ーーーーこれはまずいな、早く終わらせよう。

雑念を振り払うように無心に三つ編みを結び直すことに集中すれば、ものの数分で完成させることができた。

「はい、できたぞ」

「オォ〜、悪いねェ。助かったよ」

鏡で出来栄えを確認しながらボルサリーノは満足そうに微笑むと、元帥室に向かって歩き出す。その後ろ姿は十分に美しく洗練されたものだが、尊敬する上司であり推しであるサカズキをもっと喜ばせたいとアラマキは考えた。
そこでふと、浪人時代に行きつけの飲み屋の女共に喜ばれた芸を思い出す。

「ボルサリーノさん、ちょいと大人しくしててくれ」

「なぁにィ?」

「いいからいいから!」

スタスタと進むボルサリーノを制止し、自分の手で編んだ三つ編みにそっと指を這わせて能力を発動させる。すると、編み目から色とりどりの花々が咲きだしてボルサリーノを華やかに彩っていく。

「は?ちょ、なに?わっしどうなってんのォ?」

ボルサリーノは慌てて鏡で確認すると、恥ずかしそうにアラマキの方をジト、と睨みつけてくる。

「あのなァ〜……若い子ならともかく、わっしみたいなおばさんがこんなのしたって似合わねぇだろぉが……!」

「らはは!んなことねぇって、可愛いしサカズキさんも絶対喜から!さ、サカズキさんとこ行こうぜ」

「おい、花取ってから……って、ちょっとォ!?」

半ば強引にボルサリーノを元帥室まで引き摺っていく。花を引きちぎるのは気が引けるのか、ボルサリーノは往生際悪く「取れ」と何度も言っていたが、アラマキは華麗に無視を決め込んだ。
元帥室の扉の前にたどり着きノックをすると、中から「入れ」と声がかかる。ボルサリーノも流石に諦めたのか、アラマキの背中に隠れるようにしながら入室した。

「失礼、お疲れ様です、サカズキさん」

「お、お疲れェ〜……」

「……なんじゃ、随分と珍しい組み合わせじゃのう。それで、大将が二人も揃って何の用か」

おどれらが出張るほどのことが起こったという報告はないが、とサカズキは険しい顔で呟く。

「いやぁ、仕事の用件じゃなくて、忙しいサカズキさんに差し入れ持ってきたんだよ……ボルサリーノさんが」

「あ、うん、そうそう〜」

「ボルサリーノ、おどれさっきから何でアラマキの後ろに隠れちょるんじゃ」

「え?いや、別にィ……理由とかないけどォ……」

往生際悪く背中でもじもじとしているボルサリーノを見かねて、アラマキは彼女の細い手首を掴んで引っ張り、サカズキの前へと突き出した。

「ばっ……!お前ェ……!」

「ほら、見てくれよサカズキさん!ボルサリーノさんめちゃくちゃ可愛いよな?!」

ボルサリーノの肩をがっちりと掴み、サカズキの方に押しやる。
サカズキの視線が普段より華やかになっているボルサリーノの髪に向けられると、頬を赤らめながらアラマキの足を踏んだり蹴ったりしていたボルサリーノもやがて観念したように大人しくなった。

「これはアラマキが勝手にやったんだよォ、わっしは似合わねぇからやめろって言ったのにィ……」

ボルサリーノは言い訳するように口早に捲し立てるが、その声にはいつもの余裕が微塵もない。
真顔のまま彼女を見ているサカズキの視線に耐えられなくなったのか、ボルサリーノは花を外そうと手を伸ばす。だが、それは他ならぬサカズキの手によって止められてしまう。

「!?ちょっとォ、」

「別に外さんでもええじゃろう……よう似合っとる」

「えっ……」

ボルサリーノは目を丸くして、まじまじとサカズキの顔を見る。サカズキは照れ臭そうに視線を逸らすと、ボルサリーノの髪をひと房、優しい手つきで撫でながらぽつりと言葉を漏らす。

「……綺麗じゃと思うぞ」

「あ、ありがとォ……」

ボルサリーノはなんとか声を搾り出すと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。サカズキも照れくさそうにしているが、視線はずっとボルサリーノへと向けられていた。一方、アラマキはというと……

(あぁ〜〜、今のとこ見開き大コマで背景に大輪の花咲かせてぇ〜〜!!)

と、心の中で絶叫しながら悶絶するばかりであった。しかし、推しカプに脳を焼かれても海軍大将だ。土産を目につく場所へと置くと、二人の世界の邪魔をしないようそっと元帥室を後にする。アラマキはクールに去るぜ。
目の前で浴びた推しカプに興奮冷めやらぬアラマキは、とりあえずイッショウにでも語ろうと思い立ち、能力を使って空の彼方へと飛んで行ったのだった────……。

■■■

いつの間にかアラマキが居なくなっていたことに気づいたサカズキとボルサリーノだったが、どうせ暇があれば元帥室に来ようとするんだからいいか……と思い直し、ボルサリーノが買ってきた和菓子を仲良く食べていた。

「ここ、いつも買うところじゃないお店だけど美味しいねェ〜」

「そうじゃのう、会議の茶請けで出したいくらいじゃ……ん?ボルサリーノ、そっちの袋はなんじゃ?」

「んん?あー、これ多分アラマキの差し入れだと思うよォ。結構重いけどあいつ何買ったんだろうねェ」

ボルサリーノは中身が菓子か何かだろうと思い、袋の中から箱を取り出す。すると、箱の側面にデカデカと書かれた『極薄0.01ミリ!やばウスくん144個入り〜XXLサイズ〜』の文字に、和やかだった元帥室にピシリと亀裂が入ったような空気が流れた。

「…………」

「……………………」

噴火前の火山のような嫌な静けさに、珍しくボルサリーノの額に汗が流れる……と思ったが、物理的に部屋の温度が上がっていた。隣に座るサカズキが、体をマグマにして怒りに震えている。

「アラマキィーーーー!!!!」

某国民的アニメのお父さんを凌駕するサカズキの怒声により、海軍本部の建物のガラスは粉々に割れ、大地は裂け、天から光が差し込んだとかいないとか。
余談だが、コンドームは一ヶ月で使い切った。

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