捕食
「男も女もそう変わりはねぇよ。穴に挿れて腰振って出すもん出したら終わり、簡単だろォ?」
そう言ってまるで通り魔のようにサカズキの童貞を掻っ攫っていったのは同期のボルサリーノという男だった。
まず、何故そんな話になったのかといえは、寮の自室でこっそりと酒盛りをしている最中、何かの流れで性交経験の有無の話になったのだ。
サカズキは女を抱いたことがなかったが、別段それを恥ずかしいとも思わなかった。サカズキにはやらなければならないことがある。そのための努力は惜しまないが、女性経験はその中には入っていないため二の次三の次になっていた。
そもそも、サカズキは特定の個人を好ましいと思ったことも、ましてや性的に魅力を感じたこともない。肉体は健全な成人男性そのものなので生理的な反応を兆すことはあるが、己の手で手早く処理するか、最悪放っておけば治まるのでやはり女を抱こうという発想には至らなかった。
というようなことを酔いで多少緩くなった言葉で説明すると、ボルサリーノ馬鹿にしたような顔をしてサカズキのことを鼻で笑う。
「おめェみてぇな奴がコロッとハニートラップに引っ掛かンだよォ」
知ったような口をきくボルサリーノに、よりによって自分がそんなものに騙されるはずがないと反論するが、掴みどころのない男は「はいはい」とまったくサカズキの言葉を取り合おうとしない。
「考えてもみろよォ。経験があるのとないの、有利なのはどっちだ?まともに女とヤッたこともねェくせに自分は大丈夫とか思わない方が身のためだと思うよォ、サカズキ。痛い目見てからじゃ遅いからねェ〜」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるボルサリーノに苛立ちを覚え、無駄だと分かっていながらつい噛み付いてしまい、怒るサカズキとのらりくらりと暖簾に腕押しで聞き流すボルサリーノという不毛な状態が数分続く。
そうしてサカズキのヒートアップが頂点に達した頃、ボルサリーノが冒頭の台詞を口にしたのだ。
そこからは悔しいことにボルサリーノの独壇場で、あれよあれよという間にサカズキはボルサリーノの手で筆下ろしを終えていた。
人生で初めてのセックスだったが、終わってみるとなんてことはないな、というのが正直な感想だ。決して快感がなかったわけではない。むしろ、ボルサリーノは相当な手練手管を持っているようで、殆どマグロ状態だったサカズキのことを何度も絶頂に導いていた。
なんてことないのは気持ちの方だ。サカズキは誰かを恋しいと思ったことも愛しいと思ったこともないが、同期の連中が花を咲かせる恋愛についての話では、初めてというものは特別だと口を揃えていた記憶がある。だからだろうか、ボルサリーノと寝たことで何か特別な感情が湧いてくるのかと期待していたのかもしれない。
しかし、実際はサカズキの心に何も齎されることはなかった。翌朝、多少の気まずさを感じていたサカズキをよそにいつもと同じように「おはよォ〜」と緩い朝の挨拶をして、ベッドの中でサカズキがつけた噛み跡が残る身体を引きずって何事もなかったかのように顔を洗いに洗面所へと消えたボルサリーノの後ろ姿に、ボルサリーノにとっても同室の友人と寝ることなど特別でも何でもないのだと言われているような気がした。
そう、ボルサリーノと寝ることは何も特別なことではない。だから、サカズキはその日以来ボルサリーノと日常的にセックスをするようになっていた。
「同じ相手とばっかじゃ経験値にならねぇよォ?」
何度目かのセックスに縺れ込む最中に揶揄されても、サカズキは気にしなかった。そもそも、男だろうと女だろうとやることは同じだと言ったのはボルサリーノの方ではないか。女のように白くも柔くもない、しっかりと筋肉のついた肌に歯を立てながら密かに独り言ちた。
***
「奢ってやるから女買いに行こうよォ」
数え切れないほどボルサリーノと身体を重ねてきたある日の休日、突然提案されて半ば引き摺られるように街へと繰り出した。繁華街の奥まった場所、一見して普通の酒場に見えたそこは性を売り買いする店なのだそうだ。
連れてくるだけ連れてきて、ボルサリーノはさっさと好みの女を選んで奥の部屋へと消えた。この時点で帰ってもよかったが、そんなことをしたら「逃げたんだァ」と嘲笑うボルサリーノの顔が想像に易い。店の支配人に誰でもいいから寄越せとだけ伝えると、服の意味を成しているのか疑問を残す際どい衣装を身に纏った金髪の女を宛てがわれ部屋に案内される。
扉を閉めるなり、女は豊満は乳房をサカズキの身体に押し当てて積極的に腕や脚を絡ませてきた。サカズキが少し力を込めたら潰れてしまいそうな柔らかな質感と蹴りだけで簡単に人間を殺せるあの男とは比べ物にならないほど細い手脚に、興奮よりも居心地の悪さを感じながら適当にやり過ごす。
女が服を脱ぎ捨てて生まれたままの姿になると、ベッドに横になりサカズキを誘う。上着だけ脱いだ状態で女に覆いかぶさり、誘われるままいつものように首筋に唇を寄せ、そして思い切り噛み付いた。
***
「いやァ、訓練兵なのに危うく通報されるとこだったねェ?ふっ、くくく……!」
「…………」
凄んでみせるが、ボルサリーノは尚も声を殺しながら笑い転げる。
――――あの時、サカズキはボルサリーノにするように女に思い切り噛みついた途端、女は悲鳴を上げて泣き喚きはじめた。首筋からたらりと赤い筋が肌を滑り、次いで悲鳴を聞きつけた支配人と用心棒が部屋に飛び込んできて、女に怪我をさせたことを酷く責められた。
自分と同じく怪物と呼ばれるボルサリーノにするようなことを一般人の女にすれば怪我をすることなど少し考えれば分かると言われればそうなのだが、決して故意に怪我をさせようと思ったわけではないと説明しようとしたが、泣きじゃくる女がそれを許さない。女に泣きつかれた支配人が海軍に通報しようとするのを止めたのが騒ぎを聞きつけたボルサリーノだった。
騒然とした場に似つかわしくない、余裕そうに煙草を咥えたボルサリーノはいつもの緩い態度で冷静さを欠いた支配人たちとサカズキの間に割って入る。サカズキがいると面倒だからと部屋に残るよう言われ、支配人たちと共に外に出たボルサリーノがどう和解したのかは分からないが、十分と経たないうちにボルサリーノが戻ってきたかと思うと「帰るよォ」と一言だけ残しサカズキの腕を引いて店を後にした。
自室に戻ってくると、ボルサリーノはサカズキの失態を論い一人で笑い続けている。
あまりに執拗いので怒鳴りつけて拳の一発でもお見舞いしてやりたかったが、迷惑をかけたのはこちらなのでそれもできずにボルサリーノの爆笑を甘んじて受け入れるしかなかった。
「きみ、完全に噛むのが癖になっちゃってるねェ。わっしは傷がついても治せるからいいけど、女の子にアレは……ねェ?」
「……黙っちょれ」
そう思うなら噛むのはやめておけの一言くらい言う機会はいつでもあったろう。いくら能力のお陰で傷が消せるとはいえ、噛みつかれた時の痛みは感じるはずなのに、むしろ何故今までボルサリーノはただ受け入れていたのか。
そんな責任転嫁な考えが脳内を巡っていると、ボルサリーノはベッドに寝そべっていた身体をサカズキの方へと向け、薄らと涙が滲む垂れた眦をあえやかに細める。
「あーあ、もうわっししか抱けなくなっちゃったねェ、サカズキ」
にぃ、と口角を上げて笑みを浮かべるボルサリーノの満足げな表情に、カッと身体の奥に火が点くような感覚を覚えた。
(この男は……!)
何が男も女も変わらない、だ。ボルサリーノでしか満足できないように仕向けておいて。
ボルサリーノの思惑通りになっている自分に苛立ちを覚えながらも、その怒りをぶつけるように乱暴にボルサリーノの上に覆い被さる。わざとらしく無防備に晒された喉元に食らいつくように歯を立てると、喉仏が揺れてボルサリーノが笑っているのが分かった。
手のひらで転がされているようで気に入らないが、今はボルサリーノに言い返す言葉もない。悔しさを紛らわすために肩や胸元にも歯を立てながら身体を暴いてやると、ボルサリーノはやはり楽しげに笑って見せるだけだった。
ボルサリーノとのセックスに特別な感情はない。
だが、いつか絶対にサカズキ無しでは生きられないようにしてやる。そんな歪んだ決意は、サカズキの中で確かに芽生え始めていた。