その後彼の姿を見た者はいない



俺は昔からなんでも一番だった。
故郷の村で一番の金持ちで、学校の成績だって一番よかった。足だって誰よりも速かったし、喧嘩も負け知らず。女にだって俺が一番モテていた。
そんな人生の勝者とも呼べる俺は、更なる高みを目指すべく海兵に志願した。単純に、一番の称号が曖昧な海賊よりも明確に階級がありこの時代では安定した収入がもらえるという理由だった。
自分なら海軍大将……いや、元帥だって夢じゃないと野望を抱いて南の海の端にある故郷から偉大なる航路へ旅立ち、無事海軍学校に入学したまでは順調だった。しかし、同期の中に一人、俺にはどうしても気に入らない人間が存在していた。

「ボルサリーノ!お前、また事業をサボっていたそうだな?!」

「そうですけど何かァ?あんなヌルい授業、わっしには退屈でねェ〜」

担当教官であり元海軍大将のゼファーの怒声をも気にも留めない間延びした声に、俺の苛立ちは強くなっていく。気にしなければいいと頭では理解していても、つい目で追ってしまう。
俺は同期であるボルサリーノという人を食ったような態度の女がこの上なく気に食わなかった。
俺を含めた一期生の中で、あらゆる面で突出している者が二人いる。一人はサカズキという、三メートルの巨体を鋼のような筋肉で包み、ジャケットを羽織っただけの肌から除く桜吹雪の入れ墨に肉食獣のような鋭い眼を持つ見るからに堅気ではない物々しい雰囲気の男。座学の成績では常に首席か次席で、戦闘訓練でも奴に勝てる者は殆どいない。
まぁ、こいつは明らかにヤバい男だ。どう考えても一人や二人……いや十人や二十人くらい平気で殺してそうな顔をしている、ようは只者ではないため置いておくとして、問題はもう一人の方だ。
このもう一人というのがボルサリーノだった。こいつは他の同期生よりも三つほど歳上のくせに、授業態度は悪いは教官に口答えするわ、その他にも問題行動が目立つ女の子だ。その癖、ピカピカの実という悪魔の実の中でも希少な自然系の能力者で、身体を光に変化させる能力のおかげでサカズキとゼファー以外の人間は闘うどころか触れることすらできないし、授業をサボっているくせに座学の成績はサカズキと並んでトップをキープしていた。
こいつがいるせいで、海軍学校に入学してから俺は一度も一番になれずにいた。まさに目の上のたんこぶ。
そもそも、女のくせに海兵など目指しているのが生意気だ。男ばかりの中に混ざってはしたないにも程があるし、男を押し退けて成績上位を取るなんて……女は男の三歩後ろを歩くのが常識だろうが。
だいたい、戦闘で強いのは悪魔の実のおかげであってあの女の実力じゃないし、成績の方はおおかた教官に色仕掛けでもしているのだろう。でなければ、俺があんな女に負けるわけがない。

「ボルサリーノさん、またゼファー先生に叱られてるな」

「もはや日常の風景だよなぁ……あ、そういや知ってるか?ボルサリーノさん彼氏できたんだってよ」

「マジで?!遂にあの二人付き合ったんだ?!」

俺と同じように遠巻きにあの女わ見ていた同期たちの話し声が偶然耳に入る。それと同時に、俺は笑いが堪えられなかった。

「おいおい、冗談だろ?あんなブスの巨女に彼氏とかwwwよっぽどB専なんだなその男www」

「はぁ?なんだよお前突然、それにそんな言い方、失礼だろ!」

「失礼ぃ?事実を言ったまでだろ」

ボルサリーノは女のくせに身長三メートル弱の巨体で、華がないくせに化粧っ気もなく、髪も芋臭い三つ編みで、服装も口調もまるで男のような女だった。確かに胸は俺の顔よりもデカいが、あんな女を捨てているような巨人、金を積まれても抱きたくない。

「いやぁ、久しぶりに腹抱えて笑わせてもらったわw女巨人の彼氏とかよっぽどの好き者だなwww顔が見てみたいぜwww」

どうせマトモな女に相手にされないような男だろうけど、と続ける。同期たちは何か言おうと口を開きかけたが、やはり俺の言葉が正しいと思ったのか急に押し黙るとそそくさとどこかに行ってしまった。
はい論破、と心の中で酔いしれていると、突然背後から何者かに肩を掴まれた。

「ほぉ?おどれはそがぁにわしの顔が見たいんか」

同時に地獄の底から響くような、低く怒気の篭った声がすぐそばから聞こえる。聞き覚えのある声だが、誰だったか思い出せない。
思い出せないが、今自分が窮地に立たされていることは本能で感じ取っていた。恐る恐る振り返ると、そこにはいつもと変わらない仏頂面。しかし、滲み出る殺気が半端ではない迫力の男────サカズキが立っていた。
俺の二倍はある体躯のサカズキは、それだけで人を殺せそうな視線を俺に向けながら見下ろしてくる。

「ぁ……え?なん……」

サカズキの凄みに完全に萎縮した俺は、ただ無意味な言葉を口から垂れ流すことしかできない。

「わしのことならいくらでも好きに言えばええ……じゃが、わしの女にイチャモンつけるっちゅーなら話は別じゃけぇ」

その言葉に、俺はようやくボルサリーノの恋人がサカズキであると気づいた。思えば、どちらも群れるタイプではないのに二人は常に一緒に行動していた。そんな二人が恋人になるのはむしろ自然というもの。

「いや、あの……文句なんてそんな……ご、誤解で……」

「あぁ?誤解じゃと?前からおどれがボルサリーノに難癖つけてきちょることにわしが気づかんとでも思っとったか?あいつが気にせんでええと取り成しておったから見逃してやってたんに、調子こいてわしの前で堂々とコケにしてくれよって……わしとボルサリーノに喧嘩売るっちゅーことはそれなりの覚悟はしとるんじゃろ、えぇ?」

サカズキはニイ、と口の端を吊り上げて笑うが、目は少しも笑っていなかった。
俺はというと脚はガクガクと震え、心臓は肋骨をぶち抜いて飛び出そうなほどに早鐘を打ち、目の前が真っ暗になって失神寸前だった。誰か助けてくれないかと必死に周囲を探るが、先程の同期たちが少し離れたところで「おいおい、あいつ死ぬわ」と他人事のように話している様子しかわからなかった。

人生詰んだ。冗談ではなく、俺の輝かしい人生はここで幕を閉じたのだった。

***

「サカズキ、昼間なんか揉めてただろォ?」

夕食が終わり、つかの間の自由時間を与えられたサカズキはいつものように窓から入ってきたボルサリーノと過ごしていた。サカズキは刀の手入れを、ボルサリーノはベッドに寝転んで読書と思い思いに過ごしているため特に会話もなかったが、気まずさは欠片もなくむしろ心地良さすら感じていた。
そんな中、穏やかな静寂を破ったのはボルサリーノだった。
手を止めて視線をボルサリーノに移すと、彼女は相変わらず紙面に目を向けたままだった。だが、サカズキにはボルサリーノが何を考えているのかが理解できた。

「鬱陶しい小蝿を潰しただけじゃ。おどれが気にすることはなんもあらせん」

「あんなのほっときゃよかったのに……慣れてるし、わっしは本当に気にしてないんだよォ?」

「アホか、おどれが気にせんでもわしが気にする。男なら惚れた女が馬鹿にされるのを見過ごすわけにいかんじゃろうが」

サカズキの言葉にボルサリーノは何度か瞬きをすると、手に持っていた本でサッと顔を覆った。

「……お前さァ、そういうところあるよねェ〜……」

「?なんじゃ、ぶつくさ言いよって」

「別にィ〜」

ボルサリーノは顔を隠したままゴロンと身体を横にしてサカズキに背中を向けてしまった。案外シャイなところがあるボルサリーノのことだから照れ隠しだろう。
そのまま手入れを続けてもよかったが、ふと思い至って刀を置くと、ベッドに上がりボルサリーノの隣に横になると、後ろから彼女の身体を抱きしめた。

「わしが可愛いと思う女はおどれだけじゃけぇ、他の女は目にも入らん。周りの男が揃いも揃って節穴で助かったと本気で思っちょる」

「ちょ、も……なにィ〜?そんなお世辞言ってもえっちしないからねェ」

「本心を言うとるだけじゃ」

気にしていないふうに軽口を叩いているが、すっかりと赤く染まった首筋に顔を埋めて彼女の甘い匂いを堪能する。しばらくそうしていると、ボルサリーノは観念したように身体をこちらに向けるとサカズキの首に腕を回した。
そのまま二人はどちらからともなく唇を重ね、何度か軽い口付けを繰り返すうちに段々と深くなっていく。サカズキが舌を差し入れて彼女の口の中を舐ると、舌を絡めて応えてくれる。

「ふ……しないんじゃなかったんか?」

「んふふ、おめェが犬っころみてぇな顔してっから、構ってやることにしたんだよォ」

ボルサリーノはそう言うとサカズキの頭を撫でながらクスクスと笑う。その歳上ぶった余裕の表情を崩すのが、何よりもサカズキを興奮させた。ぽってりとした唇に噛みつくようにくちづけ覆い被さる。
海軍学校を去ることになった同期のことなどすっかりと頭から消し去った二人は、そのまま気が済むまで互いの愛を貪り合った。

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