手を繋ぐ



「なんつーか、昇格してから忙しすぎて逆にニュー・マリンフォードのが物珍しくね?移転したばっかの頃は海軍の施設以外は住宅地と最低限の商店しかなかったけどよぉ、今じゃこんな色々できてんだなぁ……人も増えたし」

久しぶりに僕とヘルメッポさんの休日が重なったので、今日は二人そろって消耗品の買い出し……もとい、デートのため、正義のコートを脱いで街へと繰り出していた。
歩きながら立ち並ぶ商店をキョロキョロと物珍しそうに眺めているヘルメッポさんにつられて、僕も辺りを見渡してみる。二年前に移転したばかりの頃はどこを見ても海兵か建設業者ばかりでどこか物々しい雰囲気が漂っていたが、今では海兵が家族を呼び寄せ行商人が出入りするようになり、観光客も来ているらしく街全体が活気のある空気で満ちていた。
元気よく走り回っている子供たちや道端で楽しそうにお喋りをしているご婦人たち、よく通る声で呼びこみをする行商の青年に積み荷の上で日向ぼっこをしている丸々とした野良猫。そのあたたかで穏やかな光景に思わず笑みを浮かべてつい観察していると、前方から若い男女が歩いてくるのが視界の端に見て取れた。
ちょうど僕たちと同じくらいの年頃の二人は、おそらく恋人同士なのだろう。互いが離れないようしっかりと指を絡めて手を繋ぎ寄り添っている仲睦まじい姿にふと、そういえばヘルメッポさんと手を繋いだことがなかったことに気がつく。
恋人になる前から「お前ら距離感かなりヤバいぞ」と周囲から言われるくらい僕たちは距離が近かったらしい。あまり自覚はないけど、確かに肩と肩がくっつくくらい近くいるのがデフォルトだし、今の地位に昇格するまではずっと二人部屋で眠る時は一つのベッドで眠っていたし、ヘルメッポさんは感情が昂ると人目も憚らずに僕のことを抱きしめたりしてたから、他の人からするとビックリするのかもしれない。
そんな「距離感がバグっている」と言われる僕たちだけど、あの二人のように手を繋いで街中を歩くという経験は僕が憶えているかぎりないはずだ。

────いいなぁ……

ヘルメッポさんと恋人になってから、キスやそれ以上のことはもう数え切れないくらいしているというのになんだかおかしな話だが、見ているうちに僕は手を繋いで歩く恋人たちが羨ましくて仕方がなくなっていた。
半歩前を歩くヘルメッポさんの手にこっそりと視線を向けてみる。仕事中は手袋に覆われて隠れている、色が白くて指がすらりと長い綺麗な手が歩調に合わせてゆらゆらと揺れている。
ヘルメッポさんは気を抜くとすぐそばかすだらけになると文句を言っていたけど、どれだけ日差しや海風に晒されても僕みたいに真っ黒に焼けることはない、血管の色がうっすらと透ける白皙の肌が綺麗で未だにドキドキしてしまう。
そんな自分磨きに余念のないヘルメッポさんの手だけど、見た目とは裏腹にこれが意外とゴツゴツとしていて男らしい。彼はククリ刀を愛用しているため、手のひらや指の付け根なんかに剣だこやら血豆ができていて絆創膏が手放せない。「格好つかねぇだろ」なんて言って仕事中は手袋をしているけど、僕は世界で一番かっこいいと思っているからみんなに見せびらかしたい気もするし、でも僕と二人きりの時はこうして手袋を着けないでいるある種の特別感に酔いしれたい気持ちもあって凄く複雑だ。
話が逸れてしまったけど、何が言いたいのかというとヘルメッポさんの手が大好きだから僕もあんなふうに手を繋いだりしてみたいな、ということ。
────って言っても、どう切り出したらいいんだろう?嫌がられるってことはないと思う……思いたいけど……それにここは海軍の人ともよくすれ違うし、僕と手を繋いでいるとこを見られるのはヘルメッポさんは嫌かもしれないしなぁ……でも、今日を逃したら次はいつデートに行けるかわからないんだし……でも…………
ぐるぐると思考を巡らせていると、突然誰かに手を掴まれて引っ張られた。不意をつかれて「うわっ?!」と情けない声をあげてつんのめる僕の頭上から、ひぇひぇひぇ、と特徴的な笑い声が降ってくる。

「油断しすぎなんじゃないですかね、コビー大佐?」

慌てて顔を上げると、片眉と口の端を大きく釣り上げて意地悪げな笑みを浮かべているヘルメッポさんと目が合う。咄嗟に「ちょっと考え事をしていただけです」と反論しようと口を開きかけたが、そこでようやく僕の手を包むあたたかなぬくもりの正体がヘルメッポさんの手のひらだということに気づく。
僕とヘルメッポさんの手は、もうとっくに姿が見えなくなってしまったあの恋人たちのようにしっかりと繋がっていた。まだ何も言っていないのに、どうしてヘルメッポさんは僕が手を繋ぎたいと思ってるってわかったのだろうか?もしかして……、

「ヘルメッポさん……水臭いじゃないですか、見聞色の覇気に目覚めたのならどうして僕に教えてくれなかったんですか!?」

「目覚めてねぇよ!つか気にしてんだから言わせんな!」

「じゃあどうして僕が考えていることがわかったんですか?」

「あのなぁ、あんだけソワソワ熱心に手ばっか見つめられりゃ、誰だってわかるっつーの」

「えー……僕、そんなにわかりやすい感じで見てました……?恥ずかしいなぁ……」

大佐に昇格してからは威厳を出すためにポーカーフェイスを保とうと努力しているはずなのに、誰が見てもわかるくらい願望がダダ漏れだったと言われて少し……いやかなり恥ずかしい。
ぽぽぽ、と頬に熱が集中するのを感じて顔を隠そうと咄嗟に手を離そうとしたが、思っていたよりも強い力でヘルメッポさんが掴んできたのでそれも叶わなかった。

「いいじゃねぇか。可愛かったぜ?一人で百面相しててよ、ひぇひぇひぇ!」

「……ヘルメッポさん、バカにしてませんか?」

「してねぇよ、恋人にそこまで正直に求められたらかわいいって思うし、嬉しいに決まってんだろ」

「うー……なんか、今日はすごい甘やかしてきますね……?」

「そりゃあ、久しぶりのデートだからな……オラ!行くぞコビー!振り落とされんなよ!」

そう言うと、ヘルメッポさんは僕の手を引いて走り出す。買い物に行くだけなのだから走って急ぐ必要性なんて微塵もないけど、こうやって手を繋いでいれば僕たちはどこにでも行けるような気がして、二人して大口を開けて笑いながら風を切って駆けていった。

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