副官の心得



「やっぱり大将の中で選ぶなら黄猿さんの下が一番無難だよなぁ、お前が羨ましいよ」

先日、それぞれ大将サカズキとクザンの下で働いている同期と食事をした時に言われた言葉を不意に思い出す。
彼らはサカズキ大将は常に威圧感があって少しのミスも許されない緊張で胃が痛くなるとか、クザン大将は全体的に緩いけど自由人すぎるしすぐにいなくなるから大変たとか。酒の力もあって上司に対する苦労が次から次へと口から溢れてくるようだった。
一頻り愚痴を吐いてすっきりしたのか、二人は揃って「黄猿さんは仕事もちゃんとするし、結構フレンドリーだし。お前は当たりを引いたな」と締める。
私は彼らの言葉を肯定も否定もせず、曖昧に微笑んで酒を煽った。

ーーーー二人には私の苦悩など解るまい。

何故なら、サカズキもクザンも部下を……彼らを誘惑したりしないからだ。他の者にはかけない甘い声色で名前を呼び、思わせぶりに肌に触れ、きみだけ特別だよと人好きのする笑みを浮かべながら思ってもない睦言を嘯く。
しかし、彼の言葉を真に受けて手を伸ばしてはならない。
もう十年以上前も昔、私がまだ彼の下に配属されたばかりの頃。彼の誘惑に耐え切れずに愚かしくもその肌に触れようとした当時の副官たちは、次の日から皆他の将官の下に飛ばされ二度と彼に近づけないようにされた。彼のそばにいれないならと結局は海軍を離れていくのを何度も目にしたのだ。
あの人は自分から誘惑するくせに、いざ相手が本気になると途端に興味を失ってしまうのだ。だから簡単に手離してしまう、なんとも酷い話だと思う。
だから、私が愛するあの人のそばにいる為にはこの気持ちを気取られてはならない、おくびにも出してはならない。『優秀で少しお堅い部下』で在り続けなければならないのだ。
私の恋が叶うことはきっとないだろう。苦しくないと言えば嘘になるが、必死に築き上げた彼の信頼できる副官というポジションを他の誰かに譲る気はまるでなかった。
私か彼のどちらかが死ぬまで、彼のお気に入りの玩具でいたいと同期の二人に話したらどんな顔をするだろうか。そんな詮無きことを考えて、私は一人乾いた笑いを零す。

「急に笑ったりしてどうしたんだい、ストロベリー?」

パチン。キリよく伸びた爪を綺麗に整えてから顔を上げると、思ったよりも近くにボルサリーノさんがあり、密かに心が揺れる。
いつもは自分でやるのに、今日は突然爪を切ってほしいと頼まれ、私は言われるがまま彼の手をとり慎重に爪切りを構えた。

「すみません、考え事をしていまして……注意力が散漫でした。以後気をつけます」

「別にィ、責めてるわけじゃないんだけどォ〜……」

そう言いつつも、ボルサリーノさんは面白くなさそうな表情で私を見つめてくる。やはり、たかが爪切りとはいえ、彼の身体を傷つけかねないのに集中を欠いた態度が気に入らなかったのだろうか。

「わっしが目の前にいるのに考え事なんて、ストロベリーも出世したもんだって感心しただけだからァ」

気にしなくていいよォ、と言い捨てると、ボルサリーノさんは視線を明後日の方へと向けてしまう。
滅多に見せない拗ねた横顔をこの目にしっかりと焼きつけながら、やはり私はこの人が愛しいと改めて思い知る。
これが私を弄ぶための嘘でも構わない、私は生涯この人のそばにいようと誓った。

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