右腕のお気に入り
「黄猿くん、今夜は空いてるんだろう?なら私と一緒に過ごそうではないか」
「やめとけ黄猿。お前は何だかんだとガードが甘い。ほいほい着いて行って食われるのがオチだ。俺と一緒に来い」
バーのカウンター席に座るボルサリーノを挟むように、銀色の髪をした男が二人好き勝手に言い合いを繰り広げている。
すっかりと氷が溶けて薄くなったウイスキーを煽るが、この状況の異様さに味が感じられない。
ーーーーせっかくの休みなのに、わっしが何したって言うんだよォ……。
マリン・フォードの行きつけの酒場もいいが、せっかく明日も休みなのだからと足を伸ばしてシャボンディ諸島の雰囲気のいいバーを見つけたまではよかった。
問題は、一人でまったりと酒を楽しんでいると背後から「隣、いいかね?」と声を掛けられ「どうぞォ〜」となんとなしに振り返った先にいたのが、あの冥王シルバーズ・レイリーだったのだ。
これだけでも最悪なのだが、なんとまだ話は終わらない。こんな人の多いところでレイリーと戦うつもりなど毛頭ないが、だからといって仲良く肩を並べて酒を飲むような気安い間柄ではない。
ここは黙って消えようと席を立った瞬間「待て」と低い声が聞こえたかと思うと、レイリーに気を取られている間にいつの間に隣にいた何者かに肩を掴まれ立ったばかりの席に引き戻される。
今度はなんだと顔を向けると、そこにいたのは四皇赤髪のシャンクス率いる赤髪海賊団のナンバー2であるベン・ベックマンの姿があった。
もう意味がわからない。レイリーの方はシャボンディ諸島に潜伏しているから百歩譲って理解できるが、何故ベックマンがこんなところにいるのか。
複雑な海の均衡を壊さないよう、四皇との戦闘は上の許可がなければ禁じられている。つまり、両脇をレイリーとベックマンに固められたボルサリーノは身動きが取れないのだ。
久しぶりに命の危険を感じつつ、二人の出方を窺っていたのだが、何故かレイリーとベックマンは席について酒を注文すると、こんなところで会うなんて奇遇だなだとか、どこかめ二人で飲み直さないかだとか。酒場で女をナンパするようなセリフをボルサリーノに投げかけるのだ。
遠回しに馬鹿にされているのだと解釈し、二人の言葉を無視して無心でグラスを空けていく。
「こらこら、少しペースが早いんじゃないかね?夜はまだこれからだよ」
「酔ってる姿は悪かねぇが、潰れられちゃ面白くねぇからな」
「はぁ……さっきからなんなんだい?わっしを揶揄っても面白くもなんともねェでしょ。見逃してやるからさっさと女の子でも引っ掛けて消えなァ〜」
「それは無理だな。私は今日の獲物はきみと決めているからね、黄猿くん」
「奇遇だな爺さん。俺もだ」
「はァ〜〜?なに、わっしを口説いてるつもり?海賊となんて普通に無理だし……それに、身長がわっしの半分しかねぇような男に満足させてもらえるとも思えねぇし、他当たりなァ」
口ではそう言いつつ、実は男との経験などないのだが、さっさとこの二人から解放されたくてわざと品のない言葉を放つ。レイリーもベックマンもたとえ機嫌を損ねたとしても、民間人のいる場所で暴れるような輩ではないことは承知しているが故だ。
他の客の接客にまわっている店員に追加の注文をしようと視線を二人から逸らした刹那、両側から腕を掴まれたのと同時に全身から力が抜け、思わずカウンターに突っ伏してしまう。
内心動揺しながらも、何が起こったのかと自身の状況を確認する。
一見してレイリーとベックマンに腕を掴まれている以外、変わった様子はない。覇気を使われているわけでもなさそうだ。そう、これは……、
「お前を口説くのに何の対策も用意してないとでも?」
くつくつと笑いながら、ベックマンがボルサリーノの顔の前に手を翳す。
「海楼石で作られた指輪だ。イカしてるだろ?」
「……ッ!」
色気を孕んだ声色で囁かれ、ぞくりと背筋に甘い痺れが奔る。そんなボルサリーノの姿が面白いと言わんばかりに、今度は反対の耳元でレイリーが囁く。
「きみは意外と色事の経験が少ないのかな……?大きさだけが男の魅力ではないことを……女殺しの手管を、きみの身体に教えてあげよう」
そう言うと、レイリーとベックマンは示し合わせたように立ち上がり、ずっしりと重そうな小さい麻袋をカウンターに置きボルサリーノの手を引く。
脱力した身体とアルコールに蕩けた思考はでは抵抗などできず、為す術なく喰われる未来にそっと身体を震わせた。