凍星の如き愛
クザンと寝たのは単に彼がその時一番ボルサリーノの近くにいたからという、それ以上でも以下でもない理由だった。
無用なトラブルを避けるために顔見知りとは極力関係を持たないようにはしていたものの、将官について実際に海に出て任務を手伝うという演習でボルサリーノが割当られた任務が予想以上に長引いてしまい、二日で帰ってこられるはずが一週間もかかったのだ。
這う這うの体で寮の自室まで戻ってきたボルサリーノには街まで繰り出す元気は――――になって移動できるとはいえ、能力はそれなりに体力を使うのだ――――なく、しかし船上で発散できなかった熱は暴風のように身体の中で燻り若い身体を苛む。元々我慢強いタイプではないボルサリーノはすぐその熱を発散したくて仕方がなかったのに、こんな日に限って同室のサカズキは入れ違いで演習に出てしまい不在というタイミングの悪さ。
もう自分で処理をして治めるしかないかと諦めかけたその時、やって来たのがクザンだった。クザンは三期生だが怪物と称されるボルサリーノやサカズキ同様に実力が他の訓練生よりも抜きんでているせいか張り合いを求めてボルサリーノたちに絡んでくる後輩で、どっちつかずの日和見主義のボルサリーノからしたらクザンはサカズキとはまた違うベクトルで暑苦しい人間だったが、一周りも年下の子供に無邪気に懐かれるのは悪い気はせず、気づけばサカズキに次いで親しい友人の一人になっていた。
そんなクザンを己の性欲処理に利用するのはどうかと一瞬だけ迷ったが、噂によるとクザンは女好きで相当遊んでいるようだしそこまで気を遣わなくともよいかと思い直し、会話をぶった切って色気のある分厚い唇にキスを仕掛けて彼を誘う。
結果としてクザンはボルサリーノの誘いに応えて抱いてくれた。そして身体の相性がよかったようで、それ以来何度も身体を重ねるようになっていた。
別に恋人同士になったつもりはない、クザンの方だってそれは同じだろう。制限の多い海軍学校においてコンスタントに欲望を発散できる相手というのは貴重だし、お互いに気持ちよくなれるというメリットもある。ただそれだけの関係だ。
「ふ、ぁっ、ん…ッ!あぁっ、クザン…っ!好き、もっとォ……!」
クザンに揺さぶられながらボルサリーノは夢中で彼の背中にしがみつく。まるで恋人のように縋りつき、唇を合わせ、舌を絡めて愛の言葉を交わす。クザンに対して恋愛感情はないが、セックスの最中にそうした恋人らしい振る舞いをすることで相手を興奮させれば、巡り巡って自分も気持ちよくなれるのでボルサリーノは誰に対してもそう振舞った。
まだまだ成長中の若木のような長い腕がきつくボルサリーノの身体を抱きしめる。汗でぬめる肌は心地良く、首筋からは男臭い匂いがして、それが何とも言えず興奮する。
「は……ッ、ボルサリーノ、それもっと言ってよ」
「あっ、ああァっ、すきィ……っ、クザ、ンぅっ、きもちいいのォ……」
ボルサリーノは素直に甘えた声で囁いてやった。すると途端にクザンの動きが激しくなり、より深いところを突かれてボルサリーノが声にならない悲鳴を上げて絶頂を迎えると、後を追うようにクザンもボルサリーノのナカに精をぶちまけた。
■■■
海軍学校を卒業してしまえば終わるかと思っていたクザンとの関係は、意外なことにあれから何十年も経った今も続いていた。
ボルサリーノはともかくとして、クザンなど胸の豊かな若い女が好きなくせに何故ボルサリーノとの関係を続けているのかほとほと理解できなかったが、都合がいいので特に追及することもなかった。
そもそも。セックスをする以外は普通の同僚であり古い友人として接しているので敢えて話題に出す機会もない。
────きっと、それがいけなかったのだろう。
いつも通り、仕事が終わるとクザンがボルサリーノの家へ訪れてきた。夕食を共にし、お互いシャワーで身を清めていざセックスをすると思いきや、クザンはベッドに座ったまま微動だにしない。声をかけても生返事ばかりで、彼の様子がおかしいことを不審がっていると、クザンが不意に顔を上げて真剣な眼差しでボルサリーノを見つめた。普段の気だるげな雰囲気とはまるで違う。どうしたんだい?と首を傾げると、意を決したように彼は言った。
「……ねぇ、ボルサリーノ。俺も大将になったし、そろそろいいだろ?」
「いいって、何な話だい?」
「またそうやってはぐらかそうとして……でも駄目、今日は逃がさねぇから。俺と結婚してよ、ボルサリーノ」
「は……、」
突然のプロポーズに思考が停止する。結婚?誰が、誰と? 呆然と固まっているとクザンがボルサリーノの手を取って指先に口付けた。そのまま期待の籠った瞳でじっと見つめられ、ボルサリーノは居心地が悪くなって視線を逸らす。
冗談だろ?と笑い飛ばしてやりたかったが、クザンの反応を見るにタチの悪いジョークや罰ゲームなどではないことぐらい分かる。しかし、何故クザンがいきなりそんなことを言うのか理由が全く分からず、ボルサリーノは平静を装いながらもひどく混乱した。
しかし、再三言うがボルサリーノはクザンに……というより、誰かに恋愛感情を抱いたことはない。それはこれからも同じだ。だから、答えは一つしかない。
「クザン、悪ぃけど、わっしは誰かと所帯を持つ気はねェよォ……そもそも、そういうンじゃねェだろ、わっしらは」
ボルサリーノはクザンの手を振りほどくと、やんわりと拒絶の意を示す。
すると、今度はクザンの方がキョトンと鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべてボルサリーノを見た。
「そういうのじゃないって、どういう意味だよ?だって、俺ら恋人同士だろ……?」
クザンの言葉にボルサリーノは思わず目を剥いてしまう。恋人同士だなんて、いつからそう思っていたのだこの男は。 確かに身体を重ねた回数は多いかもしれないが、別に恋人同士になったつもりはなかった。身体だけの割り切った関係だったはずだ。
「えぇ……きみ、まさか本気で言ってんのかい?」
ボルサリーノは唖然としてクザンに問いかける。クザンはクザンでボルサリーノの言葉の意味を測りかねているようだったが、徐々にその真意に気づいたようで眉間にシワを寄せて難しい顔をしていた。
「なんで……だって、好きだって言ってたじゃねぇか。ずっと、何年も、ずっとずっと」
「あんなの、ベッドの中での社交辞令みてぇなもんだろォ?まさか本気にしてるなんて……」
「…………」
「……クザン?」
黙ってしまったクザンの顔を覗き込むと、クザンは今にも泣き出しそうな顔でボルサリーノを見ていた。いつもはどこか斜に構えたところのある彼の、こんな子供みたいな表情は初めて見た。思わず固まっていると、クザンはボルサリーノの手首を掴みベッドに押し倒してきた。
「ちょっ、クザン……!」
「……俺、初めてだったんだぜ」
「はァ?」
「初めては好きなやつとしたいって思ってた。でも、あの時の俺にとってあんたは雲の上の存在みたいなもんだったから、そんなの夢みてぇなもんだから無理だって諦めてたのに、あの日あんたが誘ってきてさ……ああ、俺とボルサリーノは愛し合う運命なんだって。死ぬまでずっと一緒にいるんだって思ったんだよ。それなのに……」
感情が昂っているのか、パキパキ、とクザンの顔に氷が張り付いていく。慌てて距離を取ろうとしたが、既に彼に掴まれた手首ごと凍らされて身動きが取れなくなっていた。
「ボルサリーノ、なんで俺から離れようとすんの?俺のこと嫌い?俺はずっとボルサリーノのことだけ見てたのに……愛してるのに……ッ」
「っ、勘違いさせて何十年も無駄にさせたのは悪いと思ってるよォ。仲間として、友人としてはおめェのこと頼りにしてるし好ましく思ってるが、恋愛対象にはならねェよ」
己の主義に反するが、ハッキリと断らなければまた同じことを繰り返すだけだ。ボルサリーノはクザンに好意を抱いていないことを告げて拒絶の意思を示す。しかし、クザンはまるでボルサリーノの話など聞いていないかのように「なんで」と何度も繰り返す。
「たとえ今は俺のこと好きじゃなくても、絶対に好きにさせてみせるからさ!俺ボルサリーノが嫌がることは絶対しないし、ボルサリーノが望むことは何でも叶えるよ。な、ボルサリーノ……」
必死に笑顔を取り繕いながらクザンは身を屈めてボルサリーノにくちづけようとしてくる。しかし、ボルサリーノが顔を背けてそれを遮ると、精悍な相貌からごっそりと表情が抜け落ちていく。
「……俺を拒むなよ」
そう呟いた瞬間、クザンの全身から凄まじい冷気が溢れ出して辺りを覆い尽くした。血液が凍ったかのように全身に肌を刺すような痛みを感じ、そして次第に感覚すらなくなっていく。
「ク、ザン……!」
「ああ、わかった。本当は俺のこと試してんでしょ?ボルサリーノ、案外恥ずかしがり屋だからなぁ、素直になれないんだよな」
「ちが、う……話を聞け……ッ」
「はは、さっきは本気にしてビビっちまったけどもう大丈夫よ。俺はどんなボルサリーノだって受け止めるからさ……俺の愛が信じらんないなら、何度でもわからせてやるから」
そう言ってクザンは抵抗できないボルサリーノに今度こそ唇を重ねる。絶対零度の氷よりも更に冷たい舌が口内に侵入し、ボルサリーノの舌を絡めとる。目を開けていることはおろか呼吸すらままならず、ボルサリーノは瞳を閉じてされるがままになるしかなかった。
師であるガープやライバルであるサカズキに対してただならぬ感情を向けているとは思っていたが、まさかその執着が自分にまで及んでいるとは思わなかった。
これまで特定の人間に深入りすることもさせることもしなかったのに、クザンの愛情の重さを見誤っていたボルサリーノのミスだ。
────あーあ、厄介なの引っ掛けちまったねェ。
ボルサリーノは後悔しながら、クザンの気が済むまでその愛を受け入れ続けた。
後日。どこから情報が漏れたのか、海軍大将クザンと中将ボルサリーノの結婚が新聞の一面を飾った。