大団円、その後



世界を破壊に導こうとした巨悪、NEO海軍総帥ゼットは海軍大将黄猿の手により討ち取られた。
世界に秩序が、海に平和が、民に安寧が戻る。そんな大団円の中、帰還した海兵……とりわけて中将たちの表情は皆一様に沈痛で、涙の跡が隠しきれていない者もいた。
己も含め、現在一線で活躍している将校たちはみなゼットの……ゼファーの手で厳しく育てられ、あたたかく教え導かれてこのまできたのだ。誰よりも平和を願い民の安らぎを案じ、海賊を憎んでいたはずの恩師が悪に身を窶してしまった。取り返しのつかない事態になる前に止めてやるのが海軍として、そして教え子としてできる唯一の救いだと頭で理解していても、心はそう簡単には騙せない。
肩を落とし頭を垂れて軍艦から降りてくる将校たちの中でただ唯一、ボルサリーノだけが普段通り背筋を伸ばして前を見据えていたのが印象的だった。

■■■

「亡骸を持ち帰らなかったそうじゃな」

元帥の執務室に置かれた黒革のソファに腰を掛けたまま一言も喋らないボルサリーノに声をかける。決して責めているつもりはなかったが、咎められたと思ったのだろう、ボルサリーノは「安心しなよ」と抑揚のない声で答えた。

「ちゃんとわっしが殺したよォ……遺体は……信頼できるやつに預けてきたから」

「……ほうか」

ボルサリーノは自分などに比べて人当たりもよく部下からも慕われているが、心の底から信頼している人間はごく僅かしかいない。その数少ない枠の一人であるゼファーがいなくなった今、ボルサリーノが頼るのはサカズキを除けば海軍を辞めて行方を眩ませたクザンだけだ。
あの男の掲げる正義は気に食わないが、クザンが優しく情のある人間であることは認めている。きっと、怒りと悲しみに突き動かされ続けたゼファーを手厚く、安らかに弔っていることだろう。

「…………ゼファー先生は、わっしよりサカズキが終わらせてやった方がよかったんじゃねぇかなァ……二人とも似たもの同士で、結構気が合ってたしねェ」

ポツリと、ボルサリーノの呟きが二人だけの執務室に溶ける。一見して普段通りの何を考えているのかわからない飄々とした態度のように見えるが、僅かな表情の歪みや声の震えから、ボルサリーノがゼファーの死に動揺していることが窺えた。
サカズキは被っていた帽子を投げるようにしてデスクに置くと、どかりとボルサリーノのすぐ隣へと腰を下ろす。肩と肩とが触れ合うような距離。いつものボルサリーノなら嫌がるそれにも特段反応を見せないあたり、相当参っているようだ。
サカズキはボルサリーノの肩に手をまわし、一瞬躊躇った後、いかにも不慣れな手つきでその身体を抱き寄せた。腕の中にある想像よりもあたたかなぬくもりに、彼も血の通った人間だったことを今更思い知る。

「先生はわしよりもよっぽどボルサリーノのことを気にいっちょったけぇ、きっと最期殺り合ったのがお前で喜んどる」

「そんなの、わかんねェだろ」

「……わしにはわかるんじゃ」

似たもの同士だったから、ゼファーの下で学んでいた頃からずっとボルサリーノを見ていたから、だからサカズキにはゼファーの気持ちがわかるのだ。そう言ってしまいそうになるのをすんでのところで思い止まる。
今、心身ともに弱った状態のボルサリーノにそれを言うのはあまりにも卑怯だと思ったからだ。
押し黙るサカズキを気にする様子もなく、ボルサリーノはサカズキの厚い胸元に顔を寄せる。ちょうど心臓の辺りに耳をつけ、目蓋を閉じて微睡むような表情を浮かべた。

「あったかいねェ……」

誰と比べて、など聞く必要もなかった。
ボルサリーノはどんな気持ちで鼓動の止まったゼファーの胸に縋りついたのだろうか。
自分は見ることのできなかったその光景に思いを馳せると、感じたのは痛ましさや哀れみなどではなく、誰のものにもならないはずの男にこれほどまでに想われたまま逝った恩師への、途方もない妬ましさと敗北感だった。
敗北者がふたり、傷の舐め合いのように寄り添ってなんとも間抜けだと自嘲しつつ、サカズキはボルサリーノを手放すことはできなかった。

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