弐
ボルサリーノは激怒した。いつか必ず、かの邪智暴虐の老海賊を拿捕しなければと決意した。
が、白ひげ海賊団との大きな戦いに備えなければならない今はその決意も叶わない。なので、代わりと言ってはなんだがとりあえず呑気にシャボンディ諸島を観光していた海賊を五百名ほど捕縛して手土産としてセンゴクに引き渡した。
「バカモン!!そんなに一気に捕まえてきて書類も監獄の手配も間に合わんわ!!」
海軍本部に戻り真っ直ぐ元帥室に向かうと、麦わらの一味を逃したことよりも激怒されてしまった。海兵は海賊を捕まえるのが仕事だというのに、なんとも理不尽だ。
目を剥きながら書類に判を押すセンゴクの出ていけオーラを汲み取り、そそくさと部屋を後にする。
きっとそのうち今回被害にあった天竜人から呼び出しがかかるだろうと考えると気が滅入ってしまう。内心辟易としながら自分の執務室へと戻ると、そこには部下であるストロベリーではなく、珍しい客がソファーに座っていた。
「おォ〜、サカズキ。どうかしたのかい?」
珍しいねェ、とボルサリーノが言い終わる前に、ソファーから立ち上がり猛然と歩み寄ってきたサカズキの手によって壁に身体を押しつけられてしまった。
あれ、この展開前にもあったな。なんて既視感を感じていると、手袋に覆われた大きな手がボルサリーノの頬を鷲掴み、鋭い双眸が向けられる。
「……おどれ、その傷はなんじゃあ」
「は……傷ゥ〜?」
一瞬なんのことを言っているのあ分からなかったが、すぐに先程のレイリーとの戦闘で頬に僅かばかり傷をつけられたことを思い出し、落ち着けたはずの苛立ちが再び顔を擡げた。
サカズキのことだ、小さな傷とはいえ海賊に遅れをとったことを責めているのだろう。
しかし、相手はあの冥王なのだから少しくらいは大目に見てくれてもいいじゃないかと抗議しようと口を開く前に、サカズキはボルサリーノの手首を掴むと、そのまま引き摺るようにしてどこかへ連れていこうとする。
「ちょ、サカズキィ?どこ行くんだい?」
「決まっとる、医務室じゃ」
「はァ?なんで……」
「傷の手当をせんと」
「いやいや、自分で直せるよォ?!そうでなくても医務室に世話になるような傷じゃねぇよォ!」
突然何を言い出すのかと思いきや、またしても過保護ムーブ全開のサカズキにさすがに呆れてしまった。
こんなことで医務室になど行ったらいい笑いものだ。しかし、腕を振りほどこうとしてもサカズキの方が力が強いのでどうにもならない。
「サカズキィ〜……心配してくれるのは嬉しいけど、こんなの舐めときゃ治るレベルの傷だから……」
「…………ほうか」
説得が効いたのか、相変わらず腕は掴まれたままだがとりあえずサカズキは足を止めてくれた。しかし、ホッとしたのも束の間。こちらに向き直ったサカズキが一気に距離を詰めたかと思うと、ぬるりと熱く濡れた感触が頬を滑った。
間近で見ていたから、傷を舐められたことはわかったが、理解はできなかった。
────確かに舐めれば治るって言ったけど、犬っころじゃあるめぇし本当に舐めるんじゃないよォ〜……いや、赤犬だもんなァ……
フンフンと鼻を鳴らしながら執拗に己の頬を舐めている同僚兼友人の精悍な顔を眺めながら、ボルサリーノは様々なツッコミや感情を元凶たる冥王へとぶつけることで現実逃避を図るのだった。