過保護のサカズキ
玄関の向こうから知った気配を感じる。
はて、二十年以上の付き合いだか自分が彼の家に訪ねることはあっても、その逆は今まで両の手で足りるほどしかなかったはず。
珍しいこともあるものだと首を傾げながら玄関の引き戸を開けると、見慣れた仏頂面が現れる。強面のせいか、それとも感情表現が乏しいせいか、本人は普通にしているのに不機嫌そうと思われたり怒っていると恐れられている友人ーーーーサカズキだが、どうやら今日は本当に怒っているらしい。彼とは長い付き合いなので他人には分かりずらい感情の機微も自分には手に取るようにわかるから、間違いない。
今日は久方ぶりの休日で、外に一歩も出ずに家の中で買ったきり読めていなかった本の山に齧り付いていただけで、通常通り仕事をしていたサカズキとは今初めて顔を合わせたというのに、自分はなぜ彼の怒りを買ってしまったのだろうか。
「オォー、怖いねェー……サカズキ、何をそんなに怒っているんだい?」
わっし、なんかした?と問いかけると、サカズキの眉間の皺がさらに深く刻まれ、精悍な貌を苦々しそうに歪めた。
「おどれは……」
「ン〜?」
「おどれ、何故あのイカれた科学者の協力要請に応じた」
サカズキの言うイカれた科学者とは十中八九ベガパンクのことだろう。確かに、たまたまボルサリーノが海賊を殲滅しているところに居合わせた彼に「是非お前さんのそのビームを解析させてほしい」と熱心に口説かれ、特に断る理由もなかったので了承したが、それが何故サカズキの怒りの原因になるのかがわからない。
「別にィ、断る理由もないし。わっしのビームを解析してすごい兵器を作りたいらしいよ?もし本当にそんな兵器が作れるなら、海軍のためにも正義のためにもなるんじゃないかい?」
だからきみに怒られる謂れはないと言外に含ませて答えると、サカズキは真っ直ぐこちらを見据えていた視線を外し、珍しく歯切れが悪そうに口を開いたり閉じたりを繰り返す。
「あいつの技術力は確かにずば抜けておる。じゃが、所詮は自分の研究のためならなんだってする頭のオカシイ犯罪者じゃ…………もし、妙なことをされたらどうする」
「…………えーっとォ、つまりサカズキはわっしのことを心配してわざわざ来てくれたってわけ?」
思わず半笑いで確認をすると、サカズキは歯茎を剥き出しにして「心配などしとらん、わしはお前の得体の知れん人間に身を任せるなんて軽率な行動が気に入らんのじゃ」と、否定になっていない否定をする。
「心配してくれてありがとねェー、サカズキ。でも一応これでも大将だし、死ぬような人体実験はされねぇだろ」
それに自然系の能力者は悪魔の実の性質にもよるが、身体に傷を付けても修復可能なのだ。モルモットにはうってつけだと冗談めかして言うと、サカズキは唇を真一文字に引き結んで押し黙ってしまった。
サカズキに不謹慎な冗談は通じないことをすっかりと失念していて、慌てて取り繕うと口を開きかけたが、不意にサカズキに腕を掴まれて引き寄せられたため不発に終わる。
「もし、おどれになにかあったら、わしがあのマッドサイエンティストを殺すけぇ」
「オォ〜……ダメじゃないか、世界最高の頭脳を持つ男を殺したら人類の損失だろォ?」
「そうじゃな。だがボルサリーノには替えられん」
サカズキがあまりにもキッパリと言い切るので、逆にこちらの方が面食らってしまう。最近気づいたがこの男はボルサリーノに……海軍最高戦力であり、腹の中が読めない不気味な人間だと恐れられるボルサリーノに対して過保護すぎる。
「……言いたいのはそれだけじゃけぇ。休暇中に邪魔したな」
サカズキが相手でなければ余計なお世話だと嫌悪感を抱くところだが、自分はこの男のことを他の誰よりも気に入っているという自覚がある。
岩漿の如くすべてを呑み込み形も残さないほどに灼き尽くすような苛烈な男が、自分のことをまるで荒地に唯一咲いた花のように扱うのはむず痒くて気恥しいが、優越感を感じるのもまた事実だ。
帽子を目深に被り直して遠ざかろうとする広い背中に、思わず「待ちなァ」と手を取って呼び止める。身長もそこまで変わらないのに、どこもかしこもボルサリーノより厚みがあり逞しく、熱い。
「もう仕事は終わったんだろォ?うちで夕飯食べてきなァ」
「いや……、」
「いいから、ほら行くよォ〜」
おそらく戻って残業するつもりだったであろうサカズキをやや強引に家の中へと引っ張り込む。
ボルサリーノは基本的に人間関係は広く浅くがモットーであり、自分のテリトリーに人を招き入れることを嫌う質だが、ご飯を炊いておいてよかった、おかずは残り物だけどサカズキならなんでも文句言わずに食べるだろう等など、たまには自分以外の誰かのことを考えて一日を過ごすのも悪くはないとこの日は柄にも思ったのだ。