殺戮天使は夢を見る
「もう元帥の周りをうろちょろするのはやめろ、S-モンキー」
素っ気ない声音で、いつも背負っている鉞の代わりに僕の重たい身体を背負っている戦桃丸くんが話す。
昔話に出てくるような野性味のある格好とは裏腹に、科学部隊の隊長でもある彼は、ぼくの身体に異常が出ると故障部位を検め、手に負えないと判断したら生みの親であるDr.ベガパンクの元へと送り届けるのが役目だった。
ぼくはDr.ベガパンクが創った生物兵器セラフィム、通称S-モンキー。今は亡き海軍大将黄猿こと、ボルサリーノの血統因子を受け継ぐクローンだ。
生物兵器であるぼくはちょっとやそっとのことでは故障したり破損したりしないのだけど、海軍最強と恐れられている元帥、サカズキの手にかかれば無事では済まない。今日は右側頭部と腹部、そして両脚を持っていかれてしまった。
元帥であるサカズキは、ぼくの存在が許せないらしい。海軍や世界政府、海賊、革命軍まで巻き込む大きな戦いで深刻な人手不足と戦力ダウンに陥った海軍に戦力増強の名目で貸し出されたのがぼくだ。サカズキは元帥として貴重な戦力であるぼくが本部にいることは許している……というより無視されているが、ぼくがサカズキに話しかけたり、視界に入ると容赦なくその灼熱の拳を奮う。鋭い眼光にめいっぱいの憎悪を浮かべ、心の底からの不快感を顕にしてぼくを排除しようとする。
もう何度彼に壊されかけたことだろうか。それでも、ぼくはサカズキのそばを離れることはしなかった。
「戦桃丸くん、あのね……ぼく、夢を見るんだァ〜」
「夢……?兵器のお前がか?」
「うん」
夢の中では、ぼくは今よりも大きな大人の姿をしているんだ。それで、ピカピカ光りながら空を縦横無尽に駆けたり、海賊を一網打尽にしたりするの。身体が光になる感覚は変だけど、気持ちよかったなぁ……でも、それよりももっといいことがあるんだよ。夢の中でぼくが「サカズキ」って呼ぶと、サカズキは見たことない優しくてちょっと笑った顔をしてこっちを向いてくれて、それで『 』って呼んでくれるんだ。……あれ、『 』って誰だろう。ぼくのことじゃないのかなァ……でも、ぼくはサカズキのあの顔を見る度に、胸のあたりがポカポカになるの。夢から醒めた後もサカズキのあの顔が見たいんだけど……多分、無理だよね。自分でもわかってるよ。だから、あんなに優しい顔じゃなくていいから、せめてサカズキに見てもらいたいんだ、ぼくのことを……それに、ぼくはサカズキに憎まれるのも、壊されるのも、嫌いじゃないよ。だって……、
「……もういい!ほら、研究所に着いたぞ」
ぼくの声を遮ると、戦桃丸くんは迎えの自律ロボットにぼくを預け、すぐに背を向けて行ってしまう。
「戦桃丸くん、修理が終わったら、一緒にお話しようよォ」
遠ざかる背中に声を掛けると、ぴくりと大きな身体が一瞬だけ動きを止める。しかし、戦桃丸くんは振り返ることもなく「悪い」と一言断りを入れ、足早に研究所を後にした。
ぼくが破壊されるとわかっていてサカズキにちょっかいをかけるのは、彼がぼくに向ける激憤が、殺意が、『ぼく』という存在に与えられた純粋な感情だからだ。
戦桃丸くんも、他の海兵も、みんなぼくの向こうに『誰か』を見ている。だから当たり障りのない態度で接したり、必要最低限の関わりしか持たない。
ぼくをぼくとして見てくれるのは、サカズキだけなのだ。
自律ロボットに抱えられて揺られていると、本来なら必要ないはずの眠気がぼくを襲う。ぼくはそれに逆らわず、素直に目蓋を下ろす。
きっとまたあの夢を見るだろう。夢の中だはサカズキはぼくに……『 』に優しくしてくれる。それは幸せなことのはずなのに、不思議と胸の中が痛んだような気がしたが、兵器のぼくには何故なのかわからなかった。
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殺戮天使は夢を見るU
ぼくはDr.ベガパンクが創った生物兵器セラフィム、通称S-モンキー。今は亡き海軍大将黄猿こと、ボルサリーノの血統因子を受け継ぐクローンだ。
本来ならぼくは他のセラフィムたちと同じように生みの親であるDr.ベガパンクの元で管理されるのだが、色々事情があって今は海軍本部で管理されている。
ぼくは他の個体に比べて知的好奇心が強く、人間と触れ合うのも好きだった。しかし、本部の海兵たちは挙ってぼくを避けている。話し掛けてもよそよそしいし、露骨に逃げられたり無視をされることもしょっちゅうだ。ここでの生活は正直居心地がいいとは言い難いが、サカズキのそばにいられるからぼくはここから離れる気はない。
相変わらずサカズキは視界に入るだけでぼくを破壊しようとしてくるけど、いないものとして扱われるよりはずっとずっとマシだと思う。
憎まれててもいいから、ぼくに向き合ってくれるのが嬉しい。
そんなわけで、任務で戦闘を行ったわけでもないのに毎日ボロボロではあったが、ぼくはそれなりに幸せに過ごしていたのだけど、最近になって大きな悩みができてしまった。
「……離してよォ、S-ドッグ。ぼくはエッグヘッドには帰らないって言ってるだろォ?」
「わしは納得しとらん。おどれは海兵じゃないけぇ、わしと一緒におるんが正しい」
そう言うと、鋭い眼光の少年はーーーーセラフィム、識別名S-ドッグーーーーぼくの手を殊更強く握って離そうとしない。
彼はサカズキの血統因子から造られたセラフィムで、何故がぼくのそばを離れようとしない。ぼくがサカズキや他の海兵と関わろうとするといつも邪魔をしてくる。
「ぼくは、きみと一緒にいたくない。ぼくはサカズキのそばにいたいんだよォ」
S-ドッグの手を振り払おうとしたが、どうやらパワーは彼の方が強いらしい。ぼくがもがけばもがくほど、S-ドッグの力は増していき、あっ、と思った時にはぼくの右腕はちぎれてしまっていた。
腕が分離した反動でぼくは床に尻もちをついてしまう。咄嗟に起き上がろうとしたところに、S-ドッグが馬乗りになってきた。どいて、と声をあげたかったが、首を締め上げるS-ドッグの両手に阻まれる。
ギチギチと嫌な音が耳に入る。ぼくたちは呼吸ができなくても簡単には壊れないけど、苦しさは感じる。首が折れそうなほどの力で絞められて息ができない。苦しい。
「……ッ!」
反射的に開いた口から何か柔らかいものが入ってくる感覚があった。自分のものとは違う生温い感触に嫌悪と吐き気が込み上げてくる。
気持ち悪い。何だろうこれ?ぬめっとしたそれは口内を這いずり回り、ぼくの舌を絡め取ってくる。不快感から歯を立てると、じゅわりとなんとも言えない味が広がる。ああ血かァ、と他人事のように頭の片隅で思っていると、重なっていたS-ドッグの唇が離れていく。
「夢を見るのはやめぇ、S-モンキー。わしらは兵器じゃ。兵器は持ち主を選んだりはせん」
彼の唇はぼくの流した緑色の血液で汚れている。解っていたはずなのに人間とは違う己の血の色をまざまざと見せつけられ、お前は人間とは違うのだと言われているような気がした。