微睡みを噛み締めて



共闘√生存if


珍しく、チチチと鳥の鳴く声で目が覚めた。
念願、などと簡単には言い表せない、己の人生の大願である自由を手に入れてから、ハイゼンベルクは好きな時間に寝て好きな時間に起きる、要は自堕落に片足を突っ込んだ生活を送っていた。BSAAとかいうバイオテロ撲滅を掲げる組織や、反対に生物兵器を売り捌こうと目論む犯罪組織から逃れるために住居を転々としているが、今の今まであの村から出たことのなかったハイゼンベルクにとっては旅をしているようでそう苦痛ではない。むしろ楽しいとさえ思う。
そんなわけで、定職にも就かない根無し草のハイゼンベルクが、同じく根無し草の追われる身ではあるものの、毎日決まった時間に眠り決まった時間に起床するイーサン・ウィンターズよりも早く目覚めるのは珍しいことであった。いや、皆無という訳ではないが、こうして肌を重ねた次の日の朝、イーサンがハイゼンベルクの腕の中で眠ったままという状態は初めてだ。
夜が明けはじめたばかりの薄暗いベッドルームに、鳥の囀りとイーサンの規則正しい寝息だけが鼓膜を震わす。二度寝するには妙に冴えてしまった目で、無防備に腕の中に収まっている男の寝顔をジッと見つめてみる。彼が起きている時にしたら「なにジロジロ見てんだクソ野郎」とそれはそれは素晴らしい口のきき方で言わそうなほど、じっくりと。

────あらためて見ると……まだまだガキくせぇなぁ……。

いつもきっちりとセットされたくすんだブロンドは昨晩の情事ですっかり乱れ、白い額を隠すように前髪が落ちている。いつもうっすらと薄桃色をしている涙袋は赤く涙の跡が残り、その痛々しさとは裏腹に余程いい夢でも見ているのか安らかな表情をしていた。よく見ると、後始末を終えた後に間違えてハイゼンベルクのスウェットを着せてしまったようで、ブカブカの首元や指先まで隠す袖が不覚にもひどく幼く可愛らしく見えた。
もちろん、イーサンが三十代も半ばの成人男性だということはわかっているが、それでも自分より一回り……いや、下手したら二回りも年若いことに今更ながら思い至る。
だからといってどうということはないのだが、こんな若造に打ち倒され、人生丸ごとひっくり返され、なんやかんやと共寝をするようになるなんて、ほんの数ヶ月前の自分は想像できただろうか。

「やっぱり、お前は俺の見込んだ通りの男だよ、イーサン」

初めてイーサンと対峙した時、確かな予感を感じたのだ。この男ならあの忌々しい魔女を屠れるのではないか。それは己の破滅と隣り合わせの賭けであったが、結果としてハイゼンベルクはイーサンと手を組み、見事あの村の、ミランダの呪縛から解き放たれた。
自由もそうだが、イーサンが齎したものはそれだけではない。
こうして、腕の中にイーサンを抱えている今この瞬間の、妙にふわふわと浮ついた気持ちを……幸せと呼ぶのだろう。
自身の内側にこんなにも人間らしいやわらかい感情が眠っていたとは……と改めて思うと薄気味悪いような、むず痒いような気持ちになるが、悪い気はしない。絶対に、イーサンには言うつもりはないが、思っているよりも自分はイーサンに惚れている。

「……ん、」

「イーサン?」

ハイゼンベルクが物思いに耽っていると、腕の中のイーサンが小さく身動ぎした。目が覚めたのかと見守っていると、薄く開いた瞼からまだ眠そうなブルーの瞳がぼんやりと現れた。

「……ハイゼン、ベルク……?」

「おう」

舌っ足らずな声で名前を呼ばれて、思わず頬が緩む。まだ半分夢の中にいるようで、意地っ張りで強気で意志の強そうな瞳はとろとろと蕩けている。

「まだ早いから寝とけ」

イーサンの体を毛布で包みその上から抱きしめてやると、気持ちよさそうに目を細めて、ハイゼンベルクの胸元に擦り寄ってきた。まるで猫のような仕草に、年甲斐もなくハイゼンベルクの心臓が高鳴る。

「……あったけぇ」

寝ぼけているのか、他にもふにゃふにゃと何か呟いているようだったが、やがて再び規則正しい寝息が聞こえてきた。
腕の中から聞こえる穏やかな寝息と体温につられてハイゼンベルクも欠伸をひとつして、もう一度目を閉じた。
これからはもう少し規則正しい生活をしてもいいかもしれない。イーサンと共に眠り、共に目覚める。それはきっと、とても幸福なことだろう。

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