「ドラゴン…!まさか、こちらにもいるなんて!うわぁっ、きみらドラゴンを狩りに行くの!?」 期待に満ちあふれたと言わんばかりの様子でぐぐっとトーリンへ迫る勢いのイツハに、当人のみならず他のドワーフたちもビルボもぎょっとする。予想外にもすぎるイツハの反応は彼らに多大なる困惑を生んだ。特に自分たちの故郷に巣食う忌々しいドラゴンの凄まじさを身にしみて知っているドワーフにとっては、考えられないことだ。 話を聞いていたのかと、唸るようにトーリンが言った。するともちろん聞いていたしだからこそドラゴン狩りに行くのかと尋ねているではないかと返され、苦虫を噛み潰したようにぐっと眉間の皺を深くするドワーフ王である。 そんな彼に構うことなくイツハは嬉しそうに、自分は非常にツイているとさえのたまった。彼女の言葉は続く。 実のところ丁度、そろそろ次のドラゴン狩りに出てもいい頃合いだろうと動き始めていたところで、こちらに飛ばされ何がショックだったかって一番はそれだった。見知った生き物も多かったが見知らぬ生き物も多いということを学んでいたイツハは、ドラゴンが中つ国に存在するとは思っていなかったのだ。何故なら、彼女の世界では頻繁にその単語を耳にするからである。 「まさか異世界のドラゴンを狩れる幸運が巡ってくるなんて、信じられない話だよ!」 興奮しきりにはしゃいだ声を上げ、いい土産になると喜びっぱなしの彼女に他の面々はますます、何とも言えぬ顔をした。自分たちのほうこそ信じられない話だと、よほど口にしたかったに違いない。 もっとも、あのドラゴンに対してことごとく真逆の反応を見せられ呆然としていたドワーフたちであるが、彼女の言葉を反復すればある事実が浮かび上がる。思い至った考えに口々質問を浴びせれば、それまで唯一なにもかもを知っている魔法使いはおかしさに笑いを噛み殺すためパイプ草を吹かしていたが、ここにきて得意気に頷いた。 「さよう。つまり、彼女がドラゴン退治経験者であるからこそ助力を求めたのじゃよ。たしかに世界の違いはあるじゃろうが、何かスマウグを倒す参考になるやもしれんと思うてな」 「あぁ、力を貸して欲しいってそういう意味だったんだ」 あっけらかんとイツハが言うのをよそに、はっきりとドラゴンと戦ったことがあると告げられたドワーフたちは俄然、色めき立った。それこそあまりに期待に満ちた色を見て取ったイツハは、慌ててどれだけ自分の知識や経験が役に立つかは未知数だ、と牽制するほどである。 もっともそのおかげでドワーフたちは概ねイツハが旅に同行することに賛同するような素振りを見せたし、仲間たちの視線を受けてトーリンも否を示すことはせず黙した。そして次の発言が駄目押しとなる。 「私はあちらで狩人だった。その狩人の魂をもって、ドラゴン狩りに参加させて欲しい」 「ーー恐ろしさはないのか。それとも、ドラゴンなど容易に倒せると?」 「まさか。ただ私たちの世界で狩人とドラゴンとは切っても切れない関係なんだ」 狩人を目指すものはすべからくドラゴン狩りに憧れ、またドラゴン狩りに参加して初めて一人前とみなされるし、一種のステータスでもあった。危険を熟知し、恐怖を飲み込んでなお立ち向かえる気概を持ち、有り体に言えばスリルすらも充足感と変えることができる者だけが、狩人として生き残る。 イツハ=グリンバーナは生粋の狩人であった。彼女を突き動かすのは飽くなき好奇心と冒険心、そして向上心だ。揺るがぬ誇りと覚悟が、その根底に構えている。 己の問いかけにそう返したイツハの目をひたと見据えていたトーリンは、やがて静かに息を吐いた。 「……いいだろう。お前の狩人の魂に、同行を認めーー」 トーリンの言葉は不自然に途切れた。大きな音を立てて、突然ビルボ・バギンズが昏倒したからである。 いや、突然というのは正しくない。彼は次から次へと変わる状況、進む話、与えられる情報を必死で受け止め、どうにかこうにか処理しようと試みていた。その試みで脳がオーバーヒートし、意識が飛んでしまったのだ。倒れる間際、トーリンの声にかぶさってもう駄目だと聞こえた気がする。 信じるとガンダルフに言ったはいいが、本当に大丈夫かと険しい表情で再び静かに息を吐くトーリンだった。 兎にも角にもイツハの同行は了承され、倒れたビルボはガンダルフによって介抱される。しばらくは目を覚まさぬだろうし、彼が契約書にサインする決断を下すか否かもガンダルフに依るのだろう。 そんなことを考えて、はたとイツハはビルボに契約書を渡した、非常に小柄で柔和な面持ちの白のドワーフを見やった。自分も契約書にサインする必要はないのかと問えば、ああと相槌打って彼は契約書を一枚しか作らなかったのだと告げる。彼ら以外の同行者としてガンダルフから伝えられていたのはビルボのみなわけだから、当然であった。 「そっか…。んー、じゃあこの旅でどんな目に会っても文句は言わない、ってのだけ確認していればあとはいいのかな?」 「…いや、報酬のこともある」 ものすごく簡単で適当な取り決めを口にするイツハに指摘を入れたのはトーリンだ。言われなければ貰えるとも思わなかったのに律儀な性格らしい。いや、誠実なのか。 イツハは笑って、だったらと要求した。 「私が持ち運べるだけの土産を貰ってもいい?」 「なに…?それだけでいいのか……?」 自分たちと対して変わらぬ大きさのーーーードワーフの女と比較すると背は高いがトーリンよりも低いーーーー彼女が持ち運べるだけの財宝など、ビルボの契約書に記されたものと比べればたかが知れている。意外だとでも言うように眉を跳ね上げ聞き返す男だったが、彼女はあっさりと頷いてみせた。 緑の民と呼ばれるイツハの部族に金銀宝石類の財宝を貯め込む習性はない。だから話のネタになるくらいの手土産があればいいのだ。もちろん、是が非でも欲しいわけではないのだがくれるというのなら貰っておくのは、イツハ自身の主義である。 「それに、私の一番の目的はドラゴンのほうだから」 元の世界へ戻る方法を見つけ出すよりも狩りのほうが高い優先順位を持つあたり、彼女の狩人たるのを示していた。もっとも告げられた側は、感覚の差に思わず押し黙ってしまうのだけれども。 「さ、家主が休んでいる間にここを片付けてしまおうよ。きみら、そのつもりだったんでしょう?」 「もちろんだとも。ドワーフは礼儀知らずではないからの」 近くにいた白のドワーフがそう言うと、他の者たちも銘々肯定を返してみせる。やっぱりそうだと思った、と朗らかに笑ってイツハは長い袖を捲し上げると早速片付けに取り掛かった。 その最中、一緒に片付けに入るドワーフたちとようやっと自己紹介を交わしていく。もっとも数も数であるし、イツハの目には似通って見えて一度に覚えきることは不可能だった。 「誰が誰やらこんがらがるなぁ…」 「そんなに難しいか?」 「かなりね。名前だって一文字違いが多くて参るよ」 「名前が似てるのは兄弟だからさ」 薄い亜麻色の髪をした青年ドワーフが言えば、一人だけ口髭が生え揃っていない黒髪の青年ドワーフもイツハの言葉にすぐさま返した。今は彼らと三人で大量に使用された食器類を洗い、綺麗に拭きあげて所定の位置と思われる棚に仕舞っているところである。 最初、ドワーフたちの中からは洗わずとも手やその他諸々で綺麗に拭いてあるしそのまま直してしまえばいいのでは、という意見もあったのだが、旅先ならともかくとして洗える環境にあるのだからとイツハは洗うことを強く推した。もちろん洗い物は自分がやるからと請け負い、一番若いという理由で青年ドワーフ二人を食器組に連行し、今に至る。 ーーーーさすがにその他の年長者をいくら旅の仲間になったとはいえ部外者には違いない己が強制連行するのは、どうにも憚られた。トーリンは言うまでもない。 青年ドワーフたちはじゃあ一緒にやろうかと指名したときにはあからさまに『げっ』という顔をしたもののーーーー食器の数が数だからだろうーーーー片付けを始めてからは嫌な顔せず食器を拭いたり仕舞ったりしている。気楽に会話ができるのはやはり年が近いからか、相手も軽口で応じるなど和やかな会話は絶えない。 「あー…、なるほど。それで」 イツハはそんな相槌を打った。もっとも彼女にしてみれば兄弟だからとかは関係なく、全体的に語呂が似ていて覚えにくいと思ってしまうのだが。 しかし自分の世界においても親兄弟で似た名前を付ける風習を持つ部族はいるため、納得していると青年たちが茶化すような軽い口調で問うてくる。 「それでイツハ」 「俺たちの名前は覚えたかい?」 二人の出方にイツハはうっと一瞬だけ鼻白み、少し時間を頂戴と洗い物の手も止めて彼らと交わした自己紹介を懸命に思い出す。確か二人も兄弟のはずで、だから名前はとても似ているはずだ。 数秒後、よしと気合を入れてイツハは言う。 「きみがフィーリンで、きみがキーリン」 「「あー…、おしい」」 「えっ…!?ーー違うの…?」 自信あったのにと軽くしょんぼりするイツハの姿を見て、青年たちは同時に小さく噴き出した。それを見て笑うほど変な間違い方をしたのかと眉根を寄せて嘆息する彼女に、ひらひら手を振って違うと示しながら、ひとしきり笑いを吐き出して向き直る。そうしてもう一度、自己紹介した。 「フィーリだ」 「俺はキーリ」 「「どうぞよろしく」」 二人は同じ所作で大仰に礼をする。洒落とからかいに満ちたそれを受けて苦笑いするべきか申し訳なさそうにするべきか、果ては彼らの態度に合わせるべきか。数回まばたきする間に悩んだイツハは、結局のところぽりぽりと頬をかいた。 にっ、口の端を持ち上げて黒髪の青年ドワーフ、キーリが言う。その口調はやはりからかうようであった。 「混ざったな」 「ごめん、そうみたいだ。トーリンの印象が強すぎて」 あと他にもリンで終わる人が何名かいたしとイツハが苦笑をこぼすと、フィーリが『バーリンやドワーリン殿のことか』と言って兄弟一緒になって笑う。イツハの脳裏にはおそらくこの人たちだろうという人物像が浮かび上がるが、どっちがどっちだかはやはりイマイチ自信はない。 とりあえず片付けに戻ると同じく手を止めていた青年らも再開しつつ、今度はそれにしてもと感心した口調で片方が口を開いた。ドワーフ王を呼び捨てにしたり敬語なしの気安い調子で話したり明らかな敵意を平然と受け止めたり、すごいなとつらつら挙げていく。またもう片方も、大いに同調して相槌打ったり茶化したりしみじみしたりと忙しなかった。 それにイツハは大した予備知識がなかったからとか軽口で女は度胸と答えるなどしながら、残っているあと少しの食器を迅速かつ丁寧に洗うのだった。
18.01.22
OP病弱主をのんびり修正中。