※きみの今夜が欲しいだけの続編
朝起きたら知らない天井だった。
どこかの国で読んだ恋愛物語みたいなその表現を体感する日が来るとは夢にも思わなかった。隣に温もりを感じてそちらを見てみると、あまりにも見慣れた金髪。知らない人間と同じベッドにいるよりは良かったが、出来ればあの剣士の象徴でもある緑頭の方がまだ何の心配も要らなくて有難かったかもしれない。
布団をぺらりとめくる。服は昨日のままで、どうやらヤってはないらしい。島の宿であることは間違いないのでサンジが手配したものと見ていい。そういえば船にいる時に宿を取ったから下船してそのまま宿泊すると言っていた。とするとやっぱり女を抱けなかったのだろうか。女に目がないサンジがその女の身体より俺を選んだならそれは少し優越感を感じるが、俺はどうこうされていないようなのでたぶん女を愛しすぎて逆に本番までは無理だったんだろうな。
目が閉じられたその顔は誰が見ても端正な顔立ちで、黙っていれば女なんて選び放題だろうに。まあ、そのヘタレで優しいところを好きになったんだけど。
時刻を見れば朝7時、いつものサンジなら仕込みも終えている時間だけど今は随分と深い眠りについているらしい。ここは船じゃないし厨房もない。早起きも仕込みもサンジにとって苦ではないと知ってはいるけど、たまにはゆっくり眠ってもバチは当たらない。
起こさないようにベッドを抜け出し、立ち上がって胃の辺りを一撫でする。前に飲みすぎた時は二日酔いで胃だの腸だのが気持ち悪かったけど、今日はあまりそれを感じないので悪酔いはしなかったらしく安心した。
行為の有無に関わらずすっきりしたくて、シャワールームで全身を洗い流す。お湯がそれなりに熱くて気持ちいい。船上だと節水しなきゃいけないから宿でゆっくり頭や体を洗えるのは貴重だ。
シャワールームから出て脱衣所で身体を拭き、ボクサーパンツだけを履いて髪を乾かす。湯船に浸かった訳じゃないのに少し逆上せたかもしれない。髪があらかた乾いたら少し体を冷ましたくてそのまま少しぼんやりとしていた。もしかしてそろそろサンジが起きるかも、というかドライヤーの音で起こしてしまったかもしれないなと思っていると、脱衣所の扉が勢いよく開いた。
「あ」
「んなッ、おま、ばっ、ふ、服着ろバカ!!」
バン、とこれまた勢いよく扉が閉まった。おはようも言えないままにシンとした沈黙が脱衣所を満たした。
とりあえずシャツだけを羽織ってリビングへと戻ると、煙草をふかしていたサンジがこちらを向いて、そして咽せた。あまりにも咳き込むものだから流石にちょっと心配になり背中をさすろうとしたら、腕が腰に回されて抱き上げられる。膝の上に向かい合わせで乗り上げるような格好になってそのまま抱きしめられた。煙草の匂いがより強く香った。
「サンジ、あの、おはよう」
「……おぅ」
「ごめん、昨日もしかして迷惑かけた? おれ、あんまり覚えてなくて」
「………」
「サンジ……?」
サンジが膝の上にいるおれを隙間なく抱きしめているから、こちらからはつむじしか見えない。サンジの手が俺の腰をするりと撫で、そしておれの下着と太腿の際をなぞった。やがていつもサンジの熱を受け入れているところを指が掠めて腰がぞくぞくと震える。抵抗しようとしたけれど、なにせ昨日の記憶が曖昧だから少し拒みにくい。もしかしたら何か粗相をしてしまった可能性だってある。確かゾロと飲んでいてそこへサンジが来て、その後は何があった? 誘われたような気もするが何もしていないということは、おれは寝てしまったんだろうか。それなら受け入れるべきなのだろうか。おれが迷っている間にもサンジの指が身体を滑るので思考がまとまらない。
「っあ、サンジ、すんの……?」
「………」
「宿の時間、」
「もう黙ってろ」
ころんと転がされて覆いかぶさられたかと思うと、唇を塞がれた。ムードを大事にするサンジがキスから始めるこの流れはいつものことだ。だけど口の中が荒らされるようなこんなキスは知らなくて、舌がくまなく口内をまさぐるので息苦しい。荒々しいのに相手がサンジだからか気持ちよくて頭がぼーっとする。この部屋のチェックアウトが気にかかるけど、早くても10時頃だろう。普通にすれば間に合うかと思えばあとはこの身を任せてしまおうと思ってキスに応えていると、ふいに唇が離れた。
「好きだ」
サンジが呟いた言葉に、心臓の鼓動さえ一瞬止まった気がした。
「……は?」
「お前のことが好きだ」
「……寝ぼけてんの? おれは女の子じゃないから、」
「寝ぼけてねェよ」
熱を帯びた眼に見下ろされ、言葉の意味をようやく理解してもなお混乱するしかない。サンジは何を言っているんだろうか。女の子を連れ込むためにわざわざこんな風に宿まで取ったくせに。
「っン……」
また唇が触れて、それと同時に耳朶をくすぐられてぞくぞくと背中が震える。耳や胸が気持ちいいなんて、サンジと体を重ねるまで知らなかった。おれの体は作り替えられたみたいにどんどんおかしくなっていくのに、サンジはそうじゃない。こんなこと考えたって無駄なのに思考が止められなくて、気付いたら視界がぼやけていた。
「……泣いてんのか」
「わ、るい、なんもない、から」
「………」
「いいから……、続けろよ」
触れられたい。抱かれたい。めちゃくちゃにされたい。それらは全部、サンジの特別になり得ないから望むことだ。女を抱くはずだったこの部屋で男を抱くことを、俺みたいな奴で発散することを、精々虚しく思えばいい。
それなのにサンジは「悪かった」と呟き、おれを抱き起こした。その顔はどこか苦しそうでなんとも言えない気持ちになる。
「何もしねェから、泣きやめ」
「……しねえの?」
「…………、しねえ」
目を合わせずにそう言うサンジに、ああもう駄目だなと思った。抱きたいとすら思われないなら、サンジと俺の関係はもう終わったも同然だろう。まあそもそも最初から始まってもいないから仕方ない。
「じゃあおれ、船に戻る」
「……は?」
「しないなら、おれがここにいる意味ないだろ」
「っおい、ナマエ」
「次に宿取った時は、かわいいお姉さん誘えるといいな」
自分で言った言葉で胸がじくじく痛む。もしかしたら買い出しの荷物持ちとしてカウントされてるかもしれないからどこかでウソップかゾロでも捕まえないといけないかもしれないなと思っていると、肩を掴まれて再度勢いよく押し倒された。
「だから、この部屋は、ナマエとヤるために取ったって言っただろうが……!」
Wっとにかく、この宿は、船だとてめェが毎回声抑えやがるから、ちゃんとヤるために取ったんだよ……!W
脳の片隅で、サンジの言葉がフラッシュバックする。どこかで聞いた言葉だ。おれとするために宿を取ったなんて普通なら信じないけれど、もし昨日も言われていたとしたら。
「好きだって、言ってんだろ」
「……なに、言って」
「そんで昨日お前も俺を好きって、言っただろうが」
覆い被さるようにぎゅう、と縋るように抱き締められて「違うのかよ」と呟くサンジに抵抗も何もできなくて、ただただ混乱する。好きって言った? おれが? そういえば昨日は夢を見たような気がしなくもない。サンジの声、体温、煙草の匂いがやけに鮮明だったような気が、確かにしないでもないけれど。もしもあれが現実だったとして、俺は何て言った?
Wサンジ、すき、だW
「……ナマエ?」
サンジがおれの名前を呼んでいる。おれが反応を示さないからか少し訝しげな声で俺の名前を呼んでいるのは分かっているけれど、それどころではない。おれがサンジに「好きだ」とそう言った。その記憶が朧げにあって、あれをサンジに聞かれていたというのなら。
ベッドとサンジに挟まれていた体勢から圧迫感がなくなって、サンジに見下ろされているのが分かる。その視線を感じながらもサンジの目を見上げられない。腕で顔を隠していたのにそれを退かそうとするので抵抗したが、力で敵わなくてあっさりと腕を引き剥がされる。
「……耳まで赤ぇぞ」
「見んな……」
「クソかわいい顔しやがって」
「見んな、船戻る、離せ」
「離すわけねェだろ」
さっきは何もしないと言ったのに、その眼はおれを抱く時の獣の眼そのものだ。首や鎖骨にかけてキスが落とされ、肌を食むように甘く歯を立てられる。「朝ごはん食いに行きたい」「買い出し行かないと」などと理由付けをしても聞き入れられず、遂にはボクサーパンツの裾から指が入ってきて太腿の付け根にかけてをゆるりとなぞられる。さっきまでとは違い明確な行為の始まりを予感させる仕草に恥ずかしさは増して、「待って」と白旗を上げる前にがぶりと唇に噛みつかれた。
「ぁ、ゃ、サンジ……っ」
「っは、エロい声……。昨日聞きそびれたし、ちゃんと聞かせろ」
「っやど、じかん、」
「心配すんな、チェックアウトは昼だ」
サンジの熱がおれのモノに意図的に押し付けられて、こうなるともう止まってはくれないことは理解しているけれど。明るい部屋で抱かれることにも羞恥を煽られて静止を求めずにはいられなくて、名前を呼んでは「待って」「止まって」を繰り返すことしかできない。
「好きだ、ナマエ」
「……!」
「お前もおれを好きなら、もう据え膳を食わねェ理由はねえんだよ」
艶然たる朝に沈むまで
朝日差し込む明るさの元で見るナマエの躰も、広々としたベッドが軋む音も、船では必死に押し殺されていた声も。全部が初めてでいやらしくて、癖になりそうだと思った。快感もさることながら、今までどうやっても後ろからしか赦してくれなかったナマエを正常位のまま抱き、気持ちよさと恥ずかしさで泣くナマエの涙を舐めとってその味を舌で溶かす権利を得られたことが堪らない。
「好きだ、ナマエ」
何度目かの好きを伝えれば、儚い吐息を零すナマエの手が縋るようにおれの首に回されて「おれも」と告げられる。続きを促すようにゆっくりと腰を揺らせば、びくびくと震えながら譫言のように「すき」が返される。
「すき、サンジっ、ぁ、すき……っ」
ああ、可愛い。この声も言葉も仕草も、おれしか知らない。おれだけのものだ。
船員たちには秘密にしている関係だがナミさんやロビンちゃんには気付かれていそうだし、いっそフランキーに頼んで防音完備のベッドルームを作ってもらえないか頼んでみようか。だが声を漏らすまいとするナマエもそれはそれはクソ可愛いので一旦そのことは保留にして、目の前にある幸福な朝に溺れることにした。
2023.05.05
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