生まれた時から、いや正しくは物心ついたときから、一人だった。別にそれで構わないと思った。この年で金を稼ぐ手段は無ぇから、当然嫌ではあったが、そこそこ見目のマシな男には抱かれた(不潔で臭ェオッサンは近付いてきた時点で爆破した)。
俺を一文無しだと足元を見てくる奴ばかりで、それなりに酷くはされたが、耐えられないほどではないし、その当時は生きたいと思っていたから、金のためならなんてことはなかった。

あとは必要最低限の盗みはするが、別にそれだけだ。生きる為に必要だったからやっただけ。そうして過ごしている内に、段々といつ死んだって構わないと思うようになっていった。

ある日、物好きの年老いた婆さんが「いつかの息子に似ているから」と言って俺に時々メシを食わせてくれるようになったから、身体を売る必要も盗む必要もなくなった。こういう人間を『家族』と呼ぶんだろうか?よく分からなかった。ただ、その婆さんは出会って数ヶ月もしないうちに老衰で死んだから、結局また一人になった。

再び食べる物が必要になったことで、当然、金が必要になった。昔より背も伸びて、個性も扱いやすくなっていた俺は、手っ取り早く金持ちを狙えばいいと思った。過信していたといえばその通りだが、半分は、自分の行く末への諦めだった。そうやってたまたま襲った相手が、ここらじゃデカいマフィアの、その中でもボスだったことは、数日後に捕まってから知った。

マフィアのボスなんていうのは、もっと厳つくて、図体がでかくて、態度のでけえオッサンだと思っていた。なのに、俺にボスだと名乗った奴は、一言で言うと優男だった。
体格は細身で(今は鍛えていることを知っているが、その当時は本当にただ細いだけだと思っていた)、上等そうだがシンプルなスーツをきっちりと着こなし、俺相手にも柔らかい話し方をする男。何より、若い。後から聞けば、23歳になったばかりらしい。

牢に放り込まれたその日の夜、男は俺に、家族になろうと言ってきた。意味が分からない。家族っていうのは、血の繋がりのあるやつのことだ。未知の領域の話だが、そのくらいのことは分かる。馬鹿にすんじゃねえ。
するとそいつはその次に、ファミリーの一員にならないかと提案してきた。さっきのW家族にWというのはこのことかとすぐに納得したが、なんだ結局家族じゃねぇんか、とも思った。なんでそんなことを思ったかは分からない。

なんだかんだ上手く言いくるめられ、最後に「悪いようにはしないし、かつきの嫌がることもしない。もし気に入らなかったら、抜けられるように手配もするよ」と言われ、別に全部を信じたわけじゃないが、他に行くところもなかった俺は、二つ返事で頷いた。
どうせ大人なんて、平然と嘘をつく。俺が抜けると言わなくたって、どうせそのうち俺を捨てるか、殺すかするだろう。

別に死にたいわけじゃないが、特別生きたいとも思わない。だから乗った。それだけだ。

「よかった。それじゃ、かつきは今日からウチの子だ。よろしくな」

それだけなのに、ふわりと笑ったそいつは本当に嬉しそうで、もしかして本気で、家族が増えるとでも思ってんのかと、頭沸いてんじゃねえかと、そう思った。

そもそも俺はこいつにとって、自分を襲って金を盗もうとしてた奴だ。そんな奴に、仲間になれと言う。俺の個性を使えると判断してのことかもしれねぇが、それならそれで、脅すなりなんなりしてサッサと事を進めりゃいいだけなのに、ご丁寧に説得するような真似をして。

極め付けにあまりに嬉しそうに笑うから、こいつの考えている事が分からなくなった。



それから、寝床もメシもなんでも、一通り困らない生活になった。あとは、教育係とかいう男がついて、俺に戦い方や勉強を教えた。勉強は面倒に感じたが、戦闘訓練は面白かったから、進んでやった。強くなれば、ボスの護衛として呼ばれることもあるらしいことを、先生(そう呼べと言われた)が言っていたが、その時はどうでもよかった。ただ、思い通りに体が動かせるようになることが楽しかった。
同じような訓練をしてる他の奴らを見ても、自分の体が貧弱に感じたから、筋トレは言われた回数以上のことを自主的にやった。

屋敷の中でときどき見かけるあいつは、忙しそうな人間だった。俺に気付けば声をかけてはくるが、いつもスケジュールが詰まっていて、話すような時間はない。そのあたりでようやく、本当にアレがボスなんだと実感するようになった。
飯田とデクはいつもあいつの側にいる。それが妙にイライラしたが、俺にはスケジュール管理だの身の回りの世話だの、あんな退屈そうな仕事はできないから仕方ない。けど、その二人に笑顔で、そう例えば、俺はよく知らないがきっと、家族に向けるような笑顔で話しているのを見て。

もしかしてあいつの側に居られるようになったら、俺もあの目とあの笑顔を向けられるようになるんじゃないかって、そう思ったら、訓練も勉強もよりヤル気になった。あと、そんなあいつを見ていると、家族になろう云々のことも本気だったのかもしれないと思えてきた。



そして、紛れもなく本気だったらしいと知ったのは、このファミリーに入って3ヶ月経った頃だった。

「かつきの名前、考えてみたんだけど」
「はァ?」
「ごめんごめん、言い方が悪かった。苗字と、名前の漢字。無いと不便だから考えてみたんだけど、どう?」

最初に会った時に聞かれた。どういう字を書くのかと。知らないと答えた。そもそも名前を紙に書いたりしたことはない。字はある程度読めるが、それもそこまで必要なかった。自分の名前なんざ、特にどうでもいいものだった。
俺がどうでも良いと感じてるんだから、他人であるこいつにとってはもっとどうでもいいことの筈だ。なのに、やたら大事そうに話すから、まるでそれが大事なもんに思えてきて不思議だ。

「『爆豪 勝己』。爆破の個性と、豪って字には、力や才知にすぐれた人、って意味があるんだって。それと、己に勝つ、で『勝己』。消太……、相澤から聞いたけど、自主練もしてるんでしょ? ストイックに頑張ってくれてるから、この字が良いんじゃないかなと思って」

名前なんて別になんでもいい。今までだって、あんたの声はたしかに俺の名前を呼んでんだから。
でも、わざわざ俺のことを考えて、俺のためにつけてくれたものなら。

「それで、いい」

それでいい。───それが、いい。

口から出たのは捻くれた言葉だったけど、あいつは、ナマエは全部見透かしたように、それでいて嬉しそうに笑って、「改めてよろしく」と言って、俺の名前を呼んだ。ばくごうかつき、爆豪、勝己。何度も頭の中で反復した。あんたからもらった、俺の名前。

毎日腹いっぱいメシが食えることや、寝る場所や着る服に不自由しないこと、自分の力をコントロールできるようになること、知らなかったことが知れること。今までなかった暮らしができているのは、紛れもなく目の前のこいつのお陰なのに、それに対して俺はまだ何も返せてないのに、ナマエは無条件に色んなものを俺に与える。

見返りも対価も求められてない。これがナマエの言う家族であり愛情なのかと思ったら、胸がむず痒いような感覚だった。

自分とそう変わらない年に見える男が、でかいファミリーのやつらを従える。最初はなぜこいつがボスなのか理解できなかったし、そもそも信じていなかった。
けど、今なら分かる。他の奴らがこいつを慕う理由、命令を聞く理由。

まさか俺が、誰かの役に立ちたいとかそんなこと、俺が思う日が来るなんて、思っちゃいなかったけど。