「ボス、ちょっといいか」
「んー?」
「例の爆豪だが、ウチにもだいぶ慣れてきた」
「ああ、みたいだね。いつもありがとう」
「こっちとしては完全に警戒を解いていいわけじゃないが、これまで一切外とのコンタクトも無し。スパイの線はまあないだろう」
「よかった、安心したよ」
「で、だ。アイツにもそろそろアレ、させるか?」
「アレ?」
「夜伽」
「っごほ、ッ、」

眠気覚ましのコーヒーを吐きかけた。そして奇しくも、何杯飲んでも全然追い出せなかった睡魔が霧散した。消太は黙ってハンカチを差し出してくれた。ごめん洗濯して返します。


ウチのファミリーは、基本的には自由だ。ルールやしきたりに厳しいファミリーもあるらしいが、その辺りは寛容で、だから俺はやりたいようにできているし、皆にも過ごしやすい環境にしてあげたいと思ってる。

そして、その自由の中には、将来を共にする相手だって含まれる。
ただし、あまり早急に相手を決めて若くして家庭を持つと、例えば不仲になったりすると離婚は簡単にはできないし、単純に狙われたりすることもあるから、基本的には結婚は30代半ば、というのが暗黙の了解その1。

そして、とはいえ性欲の処理はまあ、うん、必要で、ただ女性を抱くと万が一があるし、マフィアのボスと分かれば取り入ろうとする人間も出てくるし、そもそもハニートラップの可能性だって消えない。だから、ファミリーの中で対象の年齢に該当する人間が、その相手をする。これが代々続く暗黙の了解その2で、ウチではW夜伽Wと呼んでいるもの。

該当するのは16歳から。勝己は確かに、おそらく16歳だろうということだったが、本当のところは分からない。何せ、自分の生まれもあやふやなのだ。
それに、今までの人生は決して楽な道ではなかっただろうから、お金のために身体を売ったこともあるかもしれない。そうすると、俺との行為で嫌なことを思い出すかもしれない。俺としては正直、乗り気ではなかった。

「まあ、この間受けさせた健康診断の結果が返ってきたから言っただけだ。ソッチの診断も異常無しだったから、一応ボスに提案しておこうと思ってな。ただあいつが入ってもう半年だ、とりあえず本人にも話して決めさせるのが良いと思うんだが、構わないか?」
「あー、そう、だね」
「まあお前の相手をした奴らは皆、嫌がってないし、2周目以降も拒否はしてないだろ。お前の手練手管ならアレも手懐けられるんじゃないか?」
「それそういう意味の言葉じゃない筈だし、人聞き悪いこと言うの本当にやめて恥ずい……!」


▽▲▽▲▽

「爆豪、今ちょっと時間良いか」

対人訓練でボッコボコにされ、軽く手当を受けた後、水を差し出しながら先生は言った。特に予定もないので、こくりと頷く。

「夜伽、って分かるか?」
「よとぎ……?」
「まあ端的に言えば、夜の相手だ」

夜の相手。この言い方なら、女を抱くって話じゃないことは分かったので、「突っ込まれる方か?」と言えば、先生は少しだけ目を大きめに開けた。

「経験あるのか?」
「…………まァ、金が要ったからな」
「そうか……」

いつも端的に話すのに、珍しく言い淀む。どうせ、なんかの接待でソッチの趣味の男に抱かれろとかそういうことだろ。まったくもって嫌悪感しかないがそれ以上に、自分に与えられた待遇を考えれば、それぐらいやるべきとも思えた。ファミリーのためなんて大層なモンではなく、何かを得るには何かを犠牲にしないといけないと思うからだ。

「……これは強制じゃないから、一応説明しておく」

そんな前振りで先生の始めた話は、数日に一度程度のペースで、誰かしらが夜にボスの部屋へ呼ばれ、夜の相手をするというファミリーのルール。そして、それを俺もできるかどうかの意思確認だった。
ボスに呼ばれ、その時間に部屋に行き、抱かれる。誰がというのは決まっておらず、今のボス───ナマエは、負担を考えておよそ順番に声をかけているらしい。やりたくないなら断ってもいいが、しきたりとしては、皆一回は経験するものだという。

思っていたよりずっとマシな内容で、やけに深刻な顔で話されたからか、正直拍子抜けだ。わざわざ言わねェけど。

「男相手の経験あるなら尚更、思い出したくないこともあるだろう。ボスは実際にその可能性を考えてお前のことを心配してたし、別に今じゃなくても良い。……ただ、ボスは酷くはしないし、他の奴らは2周目以降も実際に嫌がってはないから、まあお前が今後もしその気になったら、」
「やる」
「……え?」
「俺が今まで相手した奴らはンな俺でもまァ満足してやがったから、ボスも抱けねーことはねェんじゃねーの。俺で勃つかは知らねェけどな」

先生はレアな間抜け面さらして俺を見た。別に、そんなに悩むことと思えなかったから返事を今しただけだ。

ボスになら何されたって構わない、ってほど心酔しちゃいないつもりだが、今や俺の生活は、ナマエによって塗り替えられた。ナマエが俺の世界を作ってると言っても過言ではないから、抱かれるくらい構わない。
あとは、いつもの澄ました顔が、雄のカオになるところを見れるなら、それも見てみたいと思った。

「まあ……、お前が良いなら、ボスにはそのように伝えておく。時間、取らせたな」
「別に」
「午後は座学か。時間もらった分、開始を遅らせる。昼メシちゃんと食った上で時間厳守だぞ」
「分かってる」

先生はそのまま俺の横を通り過ぎていった。そっちはボスの部屋の方向だから、その足で報告に行くのかもしれない。早ければいつになるか、くらい聞いても良かったのかもしれないが、どうせ突然言われるなら、言われてから準備すれば良い。




『勝己、お疲れさま。今日、仕事が早く終わりそうだから、少し話さないか?』

数日後、支給された端末がコールを告げるので電話に出ると、耳馴染みの良い声が聞こえてきた。この台詞だけを見れば、茶を飲んで休憩するのに付き合え、ぐらいに聞こえたが、指定された場所がWボスの寝室Wだったので、ああ今日なのか、とぼんやり思った。

準備はどこまですれば良いかを聞く度胸はさすがに無かったから、とりあえず指2本いれて慣らしておいた。