昨日、初めて傑に抱かれた。

 そもそも女の子としたこともない俺はもちろん男相手の経験もなくて、最初は痛かったけど段々気持ちよくなって、あと傑がいつもよりもっとカッコよく見えて、優しくキスとかされてもう色々訳分かんなくて。
 そう、とにかく幸せだったんだけど、俺は。もしかして傑は違ったのかな、なんて予感がほぼ確信へと成り代わったのは、それから更に3日が経った頃だった。

 傑と目が合わない。俺は見ているのに視線が交わらないということは、傑が意図的に目を逸らしているということ。流石に次の日は俺も恥ずかしくて顔を見られなかったけど、でも傑はいつも何に対しても余裕そうだし、付き合う前には元彼女の話だって聞いたことがあるから、ああいう行為は初めてじゃないはず。

 それに俺としたときのあの余裕な感じを見る限りでは、たぶん男を抱いたこともある気がする。慣れてる感じだったし、ここはどう? 気持ちいい? なんて聞きながら、的確に俺の気持ちいいところを触ってくれていたし。
 男を抱くのも慣れてるのは正直ちょっとだけショックだったけど、そんな過去のことを言ったって仕方ないし、そんな傑が選んで抱いたのは自分なんだからそれは別にいい。

 俺が悩んでいるのは、傑は俺を抱いてみて、「やっぱり女の子の方がいい」と思っているんじゃないかってこと。だって実際、一回出しただけで終わったし。大体がそういうものなのかどうか分からないけど、例えば何回か繋がりたいとか思ったりはしないんだろうか。

 とはいえ、同性同士なんてマイナーだし、付き合っていることは内緒にしているので、誰かに直接的な相談はできない。でも本人に聞くのは怖い。聞いて「そうだから別れよう」と言われるところを想像するだけでそれはもうめちゃくちゃにダメージを受けているので、実際に食らったら多分死ぬ。

「悟ってさあ、イケメンじゃん」
「は? まーそうだけど。何だよ、急に」
「だから彼女いっぱいいるじゃん」
「彼女じゃねえし、んないっぱいいねえわ」
「女の子とそういうのすんの、やっぱさ、めちゃくちゃ気持ちいの?」

 傑とのことは聞けないので、とりあえず童貞には分からない女の子との行為について悟に聞いてみることにした。悟の部屋に押しかける形で入り、早朝任務の帰りに買ったきたコンビニスイーツを献上して、こうして漫画を読む悟の横で話しかけている。

「は、おまえ童貞なの?」
「………うん」

 童貞だけど非処女ですなんていうギャグはさすがにかませられないので、とりあえず答えておいた。しょうがないじゃん。女の子はかわいいなと思うし彼女だっていたけど、中学生でそういうことする発想はなかったし過去の彼女とは何もしないまま、高校進学とともに別れたし。経験豊富な悟や傑がおかしいんだよ。

「まー、オナるよりは全然、普通にきもちーだろ」
「そーだよなー……」
「何、溜まってんの?」
「いや、そういう訳じゃないけど」

 まあ半分本当、半分は嘘だ。傑に抱かれた時のことを思い出すと、傑が俺で感じているような顔や突き立てられた熱さがフラッシュバックしてムラムラする。だけどここ数日の傑と目が合わないどころかこっちを見てもくれないことを思い出すと、そんな気持ちは萎んで代わりに、じわじわと心臓が痛くなる。

「やっぱ女の子がいいよなぁ、って」

 あー失恋ってこんな感じなのかな。ドラマでしか見たことなかったけど、胸の真ん中が痛くなるって本当なんだ。

「……それさあ、誘われてんの? 俺」
「……え?」
「俺はなまえだったら抱けねーこともねーけど」
「え、ぁ、ごめん悟。今のは」

「なまえ」

 俺の声をこの空気ごと遮るような声が響いたのと同時にドアが開いて、反射的にそちらを向く。聞き間違えるはずもなく、そこには紛れもなく傑が立っていた。帰るのは夜になると聞いていたはずなのに、随分と早めに任務が片付いたらしい。

「お、かえり、傑」
「……ただいま。なまえ、ちょっと来てくれる?」

 目が笑ってないとはこのことだ。恋人だなんて関係なくほんの少し恐怖を覚えるけれど、それ以上に、傑と目が合って傑に話しかけられたことが嬉しくて、その背中に付いていった。後ろで悟の呆れたようなため息が聞こえた気がした。



 傑の部屋に入るなり、ドアの横の壁に押し付けられ、唇を塞がれた。付き合ってから今日までに何度かされた、そのどんなキスとも違う。貪って食い尽くすようなそれに、うまく息ができない。鼻でどうにか呼吸しようとしても、傑の分厚い舌が俺の舌を擦り上顎を舐め上げるその度に、ぴくんと肩が跳ねてしまって呼吸が短くなるので、酸素がずっと足りないままだ。

「っは……」
「は、っ、はぁ、すぐ、る……?」

 長いキスのあと、傑の名前を呼ぶ。突然だったから驚いたけど、それ以上にここ何日かのそっけない態度を思えばキスされたこと自体は嬉しくて、今みたいなキスは初めてだったけど気持ちよかったのは事実で、なんなら少し下半身が反応した気がする。もう一回強請ってもいいものなのか、それとも任務で疲れてなんとなくの衝動だったのか分からなくて、もう一度「傑?」と呼んでみると、今度はぎゅっと抱きしめられた。
 骨が軋むんじゃないかって強さで、少し緩めるよう言いたかったけれど。傑からほんの少しだけ汗の匂いがするのとか、傑の息が耳をなぞるのとかが堪らなくて言い出せない。

「……私、下手だった? 気持ちよくなかった?」
「…………へ?」
「さっき、女の子とするのは気持ちいいかとか、聞いてたから」

 傑の言葉が予想の斜め上すぎて意味が分からなくてつい間抜けな声が出てしまったけど、腕の力が緩むことはなかった。
 下手? 傑が? 頭がおかしくなりそうなくらい気持ちよくて、あの日のことを思い出すだけでムラムラして、早くまた抱かれたいとかそんなことばっか考えてんのに。今だって、傑の匂いとか、吐息混じりに掠れた声で囁かれるのとか、さっき触れた舌の感触も全部、何もかもがあの夜を思い起こさせて、後ろが疼くのに。

「訳わかんないくらい、気持ちよかったけど」
「……本当?」
「うん」
「じゃあなんで、悟にあんなこと言ったの」

 ようやく腕の力が抜けたので身体を少し離せば、顎をそっと持ち上げられて目を合わせられた。あんなにずっと逸らされてたのが嘘みたいにばちりと視線が交わって、今更恥ずかしくなって目線を泳がせてみたけれど、「なまえ」と名前を呼ばれれば傑を見てしまうわけで、ああもう、顔が熱い。

「…………傑、が、こっち見てくんない、から」
「……え?」
「余裕あったし慣れてる感じしたし、なのに一回だけで終わって次の日から目合わないってことは、やっぱ女の子の方がいいとか、思ってんのかなって」

 言いながら段々と恥ずかしくなって、傑の指が顎から離れたのをいいことに、ついには自分のつま先が見えるほど俯いた。面倒臭いと思われてたらどうしよう、と思って顔を上げられずにいると、傑の深いため息が聞こえた。引かれたのかもしれないと思うと肩がぴくりと跳ねたけれどその次の瞬間、俯いた俺の視界にしゃがみ込んだ傑が映ったので、思わず名前を呼んでいた。

「す、傑……?」
「…………ない」
「え?」
「女の子がいいとか、思うわけない。私は、なまえがいいんだ」
「え、」
「なまえの顔を見ると、抱いた時のことを思い出しそうだったから、見ないようにしてただけ。節操がないと思われて嫌われるのが、嫌だったから」

 いつも何に対しても余裕な傑が、しゃがみ込んで、顔を手で覆って、力のない声で話す。それが信じられなくて、だけど耳が赤いことにも気付いてしまって堪らなくなって、同じようにして傑と目線を合わせた。

「傑。……こっち向いて」

 俺の言葉に渋々といった様子で顔から手を外した傑の顔はそれはもう心配になるほど赤くて、俺は思わず笑ってしまった。


▽▲▽▲▽


「傑。……こっち向いて」

 その穏やかな声に抗えず従うと、私の情けない顔を見てか、なまえが笑った。ふふ、と嬉しそうな幸せそうなその表情が可愛くて、本当は格好悪いことは言いたくなかったし今の顔だって見せたくなかったけど、それも全部どうでもよくなるぐらい、その笑顔にぎゅうっと胸が潰れるように痛んだ。

「あのさ」
「……うん」
「俺も、傑のこと見てたら思い出すし、あとなんか、さっき抱きしめられたときも傑の匂いとかそういうので色々やばかったし、えーと、だから……」

 なまえの顔にじわじわと熱が集まっているのが見て取れる。あの日もそうだった。キスをして服を脱がせて、直接その首元や胸に触れると、ただ照れているだけの時とは違う、身体全部を赤く熱くして、熱に浮かされたように潤んだ目で私を見る。

「俺も、その、またシたいって、思ってるから。だから傑がその、そういうの思ってても別にいいから、俺のこと見てよ。傑と目合わないの、寂しいから」

 恥ずかしくて堪らないんだろう。眉が寄せられてその瞳に水の膜が張って、それらが全て自分のためだと思うともう、我慢なんか出来るはずもなかった。

「〜〜〜っ、あーもう、はずい! 今日は帰る……!」

 顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がったなまえの腕を掴み、抱き寄せる。熱を持って少し硬くなった自身の下半身を押し付けると、びくりとその薄い肩が揺れた。

「す、すぐる……?」

 この部屋に入ってから、何度名前を呼ばれただろう。その音ぜんぶが好きだ。今みたいに戸惑うように呟かれるのも、何気ない話の中で笑顔で呼ばれるのも、行為の最中に痛みや快楽に耐えるように紡がれるのも。

「たぶん私、なまえが思ってるよりもずっと、やらしいこと考えてるよ」
「や、らしいこと」
「そう」

 臍のあたりを撫でて、ぐっと押し込む。

 この間は入れなかったなまえの一番奥まで入りたいし、前立腺を思い切り擦って中イキだってさせたい。何回もイかせてあげて意識がなくなるくらい気持ちよくしたいし、騎乗位とかそういう別の体位だって試したい。

「付き合う前からずっと、なまえのそういう姿を想像して抜いてたんだよ」
「えぁ、えっと」
「男同士なんて初めてで勝手が分からなかったのもあって、この間は一回で我慢したけど。手加減して不安にさせたなら、次はもうちょっと頑張ってもらいたいな」
「……え、はじめて……?」
「? 男を好きになったのも、抱きたいと思ったのも、実際に抱いたのも、全部なまえが初めて」