24.09.22 ぬいぐるみ欲しい
今日も今日とて朝からつらいです。毎日ずっと飽きもせず高校3年の春のトラウマを思い出して泣いている。横隔膜が痛い。EFTタッピングが効く感じはあるけど、毎回違う形の苦しさが出てくるのかキリがない。でもおすすめ。タッピングするときのコツは、自分の体の不快な感覚を自覚すること。私の場合は横隔膜がガチガチになってることを自覚する。そこから空手チョップ、眉頭、目の横、目の下、鼻の下、顎、鎖骨、脇の下、頭頂部を1秒間に2回のペースでトントントントンする。一昨日は号泣しながらタッピングを初めて、顔が痛くなるくらいギュッて力が入って泣いてて、でも目の横をタッピングしたあたりから落ち着いていった。落ち着くともう大丈夫なんだけどね、しばらくすると別の感情が暴れ出す。苦しい。
昨日は出先でパニックになってつらかった。毎日毎日怖い。人に向けられた悪意が怖いし、私の方が悪質だと言われてることも怖い。何年経っても生傷。なんであのときケアしてくれなかったんだ。追い込んで追い込んでボロボロになっても私だけ責任感が無いってされてるんだ。苦しい。私がこんなふうにトラウマを抱えてることに9年も気づかなかった母親が怖い。目の前でボロボロになっていく娘を見て正常だと思っていた母親が怖い。1週間以上風呂に入らず肌も髪も歯もボロボロになって、家から出ず、毎日胸が苦しいお腹が痛いとか言って、飯も食わず、それでも普通だと思ってた母が怖い。あのとき一気に異常者になった私をすぐさまケアしなかった母親が怖い。病院に連れて行って、カウンセリング受けさせて、学校の対応がまずいから娘こんなんになってるわって報告することもしない母親が怖い。
当時なんか嫌われてるなーでもいいか、私も嫌いだし、と思っていた出来事が今になってすごく怖くて、私は嫌われていたんだ、恨まれているんだ、ずっと呪われてるんだって苦しい。向こうはずっと私が一方的に嫌ってると主張してるんだろうし、そういう出来事ばっかりだ。好きだった友達にも嫌われてたんだなと思うと苦しい。頭がおかしいからずっと9年前にタイムスリップし続けていて、確認したいから高校の同級生に、友達だった人に連絡しようとして、でも向こうは私のこと嫌いだから離れたのに今更連絡きたら怖すぎるでしょと思って苦しい。がんじがらめ。
安全基地がなかった。学校は安全じゃなかった。ずっと危険だった。その学校側が家まで来て私の安全基地をなくした。学校に行けなくなった。友達が唯一の安全基地だったのに、その友達にすら見放されたと思ったから。結果インターネットを安全基地だと思い込んで生きてきたけど、インターネットこそ危険な場所のはずで、でも脳が過熱して異常事態だから判別できなくて、気づいた時にはこのザマです。疲れたねえ。疲れた。お腹痛い。毎日怖い。9年間怖くなかった日なんか無いんじゃないか。
近々カウンセリングがあるけど、この恐怖を手放すヒントが得られるのだろうか。何も終わってない。私以外の全ての人間はとっくの昔に終わった出来事なのに私だけ終わってない。怖い。私の目の前の悪意は残されたままなのに。
安全基地としてのぬいぐるみが欲しい。救われるだろうか。
コメント 24.09.09 報告
カウンセリングを受けました。あれからずっと上半身がやわらかいです。今までインターネットで書いてきたような話をはじめて人に話すことができたんだけど、ひたすら傾聴してもらうだけでこんなに心が軽くなるのか!と思うほど、意味がわからんくらい上半身がやわらかい。脳みそが透明になって、心の砂嵐が減って、横隔膜をガチガチに固めていた重くてゴツゴツとした岩が消滅した。首の張りも許容範囲内。ただひたすら話して、ただひたすら聞いてもらっただけなのに。私はただ話を聞いて欲しかっただけなんだ。誰にも話せなくて、でも忘れるのが怖くて、私の脳は必死に記憶を閉じ込めていたんだ。生まれて初めて人を信頼してお話しすることができたと思う。人生について9年間ひたすら考えて煮詰めて、4年くらい前からサイトで長文書くようになって、5月頃から頭おかしくなってひたすら手書きで何が起きてるのか情報をかき集めて、カウンセリング予約してから資料作って、それをカウンセリングで発表した感じだった。高校生の頃、「第三者に話を聞いてもらわないとおかしくなる」って泣きながらカウンセリング探して絶望した日からずっと、ただ、本当に話を聞いてもらいたかっただけなんだな〜…。話を聞いて欲しいからサイトやってたわけだし。今までたくさん聞いてくれてありがとう。
友達のことすら信頼できなかった人生が悲しい。私が弱いことを誰もが嫌がったから、強くなきゃいけないんだ弱いところはバレちゃいけないんだって逃げた結果がこれ。あと執着する性格だから、それは良くないバレないようにって無理した。これからだな友達と出会って信頼関係を構築するのは。
SNSとリアルなコミュニケーションは全くの別物なのだと理解できた。私が高校に無理して通えてたのは友達と会話ができてたからで、休んで友達と会えなくなったタイミングで鬱にぶん殴られたからエネルギーを回復できなくなった。あのとき友達とリアルに会えていたら、話せていたら、助けてって言うためのエネルギーは残ってたかもしれない。インターネットは仮想に過ぎず、そこにリアルはない。ログは残る。でも1時間前に書いた私の文章は、今の私からすれば他人のもので、今あなたが触れる温度と全く同じものだ。私は生きている人間だから、生きている人間に助けてもらわなきゃいけないんだ。そうかあ………目の前で「受け取ってもらえた」と実感すること、それだけが必要だった。
継続して受けるつもり。まだまだ聞いてほしい話がたくさんあるし、あらかじめ話しておきたいことを整理しておきたいなと思う。もしカウンセリング受ける方で何話すか迷ってたり、心に余裕がある人は時間をかけてノート作るのをおすすめしたい。私の場合は「強い恐怖症状」←「多分原因はこれ(数年前の出来事)」←「これに至るまでの人生、内訳」みたいに整理していった。生育歴とか簡単に振り返っておくと話しやすいと思う。ノートにまとめていた分は話すことができた。ネットで書くこと・ノートに書くこと・話すこと、全然違う作用がある。誰にも話せないこと、専門家に聞いてもらうの大切かも。私は本当に受けて良かった。
ひさしぶりにたくさん眠ることができた。それに悪夢を見なかった。恐怖感や強い罪悪感も少なくなって、今日はほんと〜〜におだやかな状態を、すごく長い時間体験できている。20年ぶりだよ。小2からずっと身体中痛かったんだもん。そりゃ人生うまくいかないはずだよ。勉強も出来なくなるし本も読めなくなるしピアノも嫌いになるし友達とも仲良くなれないよ。頑張ったな〜〜よく耐えたな〜〜。えらすぎ。車乗ってる時に久しぶりに歌とか歌ったんだけど、声の響き方が全然違くて、歌いやすいし声出るし喉ギュッてならないし、毎日ずっと緊張してたんだなあ…
そんなわけで岩波の国語辞典を買いました。読むの楽しい。来年の手帳はトラベラーズノートパスポートサイズのウィークリーと、無印良品の一覧できるスケジュールを使いたい。
あのときカウンセリング受けるにはどうすればよかったんだろう。バス乗れないし母を頼れないしお金無いし。運命、
コメント 24.09.06 デカくてかわいい でかかわ?
罪悪感。あれから罪悪感のない日なんて一日もない。人生の1/3以上が罪悪感。あの時なんであんなことしたんだろう、どうして我慢できなかったんだろう、私が冷静だったら誰も傷つけずに済んだし、怒られることもなかったのに。苦しむこともなかったのに。何百回でも言うけど、私は本来すごくいい子だった。誰が見てもいい子だった。私がいい子だったとき、誰も助けてくれなかった。習い事の先生からも担任からも地元の大人からも上級生からもハラスメントを受けてた。そして親は私のことを見ていなかった。周りを見たら、自己主張をする人間はハラスメントを受けないっぽいことに気づいた。自分で自分を守らなきゃいけないなら、私も強くならなきゃいけない。いじめられても全然気にしてないふりをして、嫌な目にあっても我慢して、先生に相談することもしなかった。友達も信用できなかった。その選択が全部最低最悪な方に向かってたんだね。周りからすれば私の方がハラスメント側に見えてたと思う。人生最初の1/3は自分より上の立場の人間に恵まれず、毎日傷ついて泣きながら学校通って、次の1/3は必死に強く見せて抵抗したけど学校行けなくなって、その次の1/3は自己嫌悪。あのとき自分が正しい方を選んでいたら、人生の2/3はおだやかに過ごせてたはずということ、苦しみ。人生最初の1/3は誰かを傷つけたとかわかんないけど(つけられた傷の方が大きいし)、その次の1/3は人をを傷つけてばっかりだった。
複雑性PTSDとか調べてると、私は常に闘争/逃走の両極端を行ったり来たりしてる人生で、常に凍りついていた。そして凍りついてる身体を解凍する方法が怒りだった。怒りによって身体を動かすしかなかった。全員敵だった。「味方だよね?ね?」「私はあなたの味方だよ!」ってアピールは常にしてるんだけど、それは誰のことも信じてないからだった。最近気づいたの、誰のことも信じていなかったことに。高校の同級生は境界線の引き方が上手で、自分の軸があって相手を尊重できるみたいな子ばかりだった。私は彼女たちがすごく大人に感じてたんだけど、なぜか私の方が大人っぽく見られるバグのせいでバランスが崩れた。私は皆みたいに落ち着いてないし、毎日泣きそうなのを必死で誤魔化して身体中の痛みを引きずって歩いて、笑うために異常な発言とかして、誰かが理不尽な目にあってると人一倍キレて、情緒不安定なのに私の本当の心は誰もわからなくて、表面に出てきたものしか見えてないから多分きっとすげ〜攻撃的な怖い人に見えてたんだろうなあと思ってる。私は同級生たちのことが眩しかったけど、多分皆は私のことドロドロに見えてたはずだ。
私の中間1/3の正当性を主張するだけの後半1/3だった。私は悪くない。私の序盤1/3を癒さなかった周りのせいだ。私を傷つけたまま、傷つけっぱなしにした周りのせいだ、だから私は人を傷つけたんだ、それなのに私を傷つけた人は怒られないのになぜ私だけ責められるんだ、私のことを愛してくれたらそれだけでよかったのに。でもさあ、私のこと大切にしてくれた人がいるのも理解してるんだよ、その人に手を伸ばして泣きながら助けてほしいって言えなかった。怖いんだもん、切られたら。
私は本当に嫌なやつで最低最悪で最凶な人間だったんだろうなあということばかり考えている。なんで?なんなんだろう。
あつ森をリセットして、「シダーウッド島」でスローライフ……ではなく、ファストライフ?をしている。とにかく効率よく進めてる。とりあえず住民8人、橋2つ、服屋も呼んだ。あとは評判を★3にして商店増築と島クリ開放を目指す。住民厳選はしない。うさぎが2匹いる。飛行場から右手に服屋、左手に博物館、役所の隣に商店と、都市っぽい配置にできた。キャンプ場は離れててそこで畑をするつもり。島クリを解放しても崖や河川は大幅な工事をしないつもり。前回もそうだったけど、湿度高めの緑に囲まれた田舎を目指したい。森。木が多くて、木に囲まれて家があって、道が狭くて、ちょっと不便。生活感がある。lo-fi hiphopとよく似合うような島にしたい。
インナーチャイルドを癒すにはぬいぐるみが良いとのことで探していますが、第一候補をサンレモンの「ひざねこ すやすや」、第二候補をりぶはあと「ねむねむアニマルズ」シリーズのシンデレラの悪役猫(らしい)ルシファー、第三候補をjelly catのドラゴン(黒)とした。検索していただくとわかるのだが、無愛想というか表情がないというか、ムンっとしたお顔立ちのキャラデザが昔から好きだ。少し不機嫌そうな顔立ちの子を抱きしめたい。私がそう見えてるからなのかな。そういえばミッフィーも好き。表情がわからないから好きなのかな?ポケモンだとモジャンボとモンジャラとカビゴンが好き。ピクサーならモンスターズインクのサリー。DBDならジェフ・ヨハンセン。デカいってカワイイ!CANMAKE TOKYO!
明日のスタンミ×弟者さんの激アツコラボ配信を楽しみに生きていきたい。
コメント 24.09.01 罪悪感をウーバーするということ
目覚めから苦しい。昨晩も母と喧嘩した。なぜ私をわかってくれなかったんだって。今更どうしようもないのに。苦しい。罪悪感と絶望と、味方がいなくなったこと、全部が怖くて仕方ない。怖くても前に進まなきゃいけないのに、もうとっくの昔に前に進む力は尽きていて、ずっと誤魔化しながら歩いてて、ああもう歩けないなあって休んだところにトドメ刺された。人生の1/3を恐怖の中動けずにいる。誰に助けてって言えば良かったんだろう。なんであのとき、いのちの電話にかけなかったんだろう。苦しいなあ。
追記:
私はあのとき、誰かを庇ったことになるのかもしれない。私が何も言えなかったのは、相手の何かを黙って飲み込んだから。相手は助かったのかもしれない。私の仕事は、この苦しみをリュックに詰めて、怖い思いをして皆に嫌われたかもしれないって何度も後ろを振り向きそうになって、戻りたくなって、私悪くないよね?って確認したくなって、それでもこの苦しみを抱えて離れて二度と戻らないと決めて、泣いて、この苦しみを私が処理すること、それが私の仕事なのかもしれない。
罪悪感が強い人へ、私たちの仕事は、この罪悪感を、その誰かに渡された罪悪感の種を遠くへ運んで、誰にも渡さずに、自分で責任を持って処理することなんじゃないだろうか。治療したりカウンセリングを受けたり。それが仕事なんじゃないだろうか。
何度も何度も戻るシミュレーションばかりして苦しかった。今もずっと続いている。脳内でタイムスリップを繰り返し続けている。でも私の仕事は罪悪感を運んで、目的地で下ろすこと。罪悪感を拾った場所は本来私の居場所ではなかったということ、罪悪感をウーバーするために呼ばれただけのこと。たまたま呼ばれた先が居心地良く感じただけのこと。ここはお前の居場所じゃないよ、という証拠に、親友と意味のわからない絶縁をしたり、好きな人に嫌われることをたくさんしたり、なりたくない自分になって信頼を失ったり、大人たちがことごとく味方してくれなかったり、人を傷つけたまま謝れなかったり、それは未練や執着の種になったけど、本来は「ここはお前の居場所じゃないから、後ろを振り向かずに進め」ということだったのではないか。
うちら罪悪感ウーバー配達員、頑張ってるよ。どんなに元いた場所に戻りたくなっても、あれは幻なんだって信じたくなくても、幽霊みたいに彷徨い続けて目的地に着かないけど、この罪悪感を誰かに肩代わりさせることなく自分で背負ってる。責任持ってる。あとは適切な場所で下ろすだけだね。私はまずひとつめの目的地がカウンセリング。下ろせるといいな。
あと「確認するのが怖い」っていうのも、居場所ではない証拠かもね。あのことを確認するのが怖い。戻りたいけど、どう思われてるのか怖い。本当は怖い結果かもしれない。ただ呼ばれただけの余所者だから。
私たちは前に進まなきゃいけないけど、目的地がわからないでしょ、だから罪悪感を下ろす場所を探そう。病院やカウンセリング、もしかしたら教会の人もいるかもしれない。図書館とか学校とか、資格とか。誰かを助けるとか。家にいてインターネットをしても罪悪感が減らないのなら、家は家であって罪悪感の部屋ではないから。私を守ってくれるけど、罪悪感を握ったまま泣いている私をただ保護しているだけにすぎない。目的地で下ろさないと。
パワハラをする人は怒りの方向を間違っている。本来キレるべき場所は別だ。それなのに目的地がわからないから、とりあえず弱者に押し付けようとしている。それで正しいと思ってる。泣いている人はどうしたらいいんだろう。泣いても泣いても救われない。9年も泣いているのに救われなかった。泣いている人の荷物はどこに運べばいいんだろう。「誰か運んでください」って旗立てて、ウーバーしてもらうしかないのかな。
お腹が空いた。23時に寝て2時4時7時で目が覚める。目が覚めるたびに憂鬱だ。胸に岩が乗ってるみたい。苦しいね。でも罪悪感を遠くへ運んで下ろすことが私の仕事だと気づいて楽になってきました。このへん整理してnoteに読みやすい文章上げたいな。
コメント 24.08.30 報告
ここしばらく、23時台に寝て3時に目が覚めて6時頃に起きて7時〜9時の間に30分散歩行くか日光浴+バイクする、みたいな生活になってた。日中は全く眠気を感じなくて常に恐怖感。夜は恐怖から逃げたくて早めに寝る。そして恐怖感で目が覚める。その繰り返し。今日は久しぶりにゆっくり起きることができて、4:50くらいには一度目が覚めてるんだけど7時頃に起きた時もまだ眠気があって気持ちよかったので、ああ回復期に入ったんだなあと思ってた。しばらくおだやかに過ごせてたんだけど夜に入って爆発して母と怒鳴り合いの喧嘩になった。私が泣いてるのが許せないらしい。自立して離れないと。
友達を信用できなかった。苦しいことも怖いことも誰にも話せなかった。自分の傷を主張することがすごく怖い。自分を守るために強くしたら攻撃的になるのも怖い。どうしたらいいの。
風呂に入る気力がなくて今日も汚いけど、風呂入ってパニックになるのも怖いから諦めてる。心拍数上がったり頭から水被ってると怖くなりますよね。
いろいろ書いてたけど、自分のことを書きたいだけなのに他の人も関与してしまうのがすごく怖くなっちゃって(先生が怖かったとかね)、そうなると自己形成の環境とかも話せない。カウンセリングで話せるといいな〜でももう疲れちゃった。考えるの。
ヘアドネーションをしてもらえる美容室が見つかった。早めに行きたい。今髪がおしりまで伸びてて、どんな作業をするにも髪を踏んでしまう。せっかく切るなら最大値で寄付したい。ロングのウィッグ欲しいよね。ストレートネックすぎるうえに面長の目つき凶悪垢抜けない鬱オーラ満載人間でも似合うショートヘアが存在するだろうか。ハムラアキラっていうドラマのシシドカフカさんのヘアスタイル素敵だったな〜と思って検索したら、シシドカフカさんの他のショートヘアもとっても素敵だった。なれるだろうか、シシドカフカに。私は小学生の頃はショートヘアだった。美容室のカタログ見て「これにします!」ってお願いするものの鏡見てブスすぎて毎回絶望していた。だから高校生以降は勇気が出なくて常に肩から下にある。髪の毛青く染めたいな〜とか毛先グラデとかインナーカラーとかしたいな〜ってずっと思ってるけど、金銭的にもメンタル的にも難しい。若いうちにさっさとやるべきだったな。金髪ショート。ピンクのロング。青のボブ。
ショートヘアにして良かったよ!この芸能人のショートヘア素敵だよ!というご意見がありましたら、コメントお待ちしています。
この夏を照らしてくれた一般宇宙人のトコロバさんが帰った。人生で最も苦しい夏、耐え難い恐怖と強迫観念と未練と自己嫌悪と過去の拒絶と孤独感、毎日泣きながら母に怒鳴られて、頓服飲んで倒れて、一日中震えてて、そんな中で唯一トコロバさんを見ているときは口角が1mm上がっていた。トコロバさんがどうか幸せに過ごせますように。この先もトコロバさんの元にたくさんの愛が届きますように。ファンアートも愛に溢れるものばかりでかわいい。こんなに素敵な夏をお裾分けしてくれたスタンミじゃぱん本当にありがとう。夏の代名詞だよ。季語だよ。夏の季語トコロバとスタンミ。
良縁というのは人生の積み重ねがバチっとハマってそうなってあれなんよなあと実感するシーズンでしたね。今どんなにつらくて孤独でも、なにかしら、自分にとって幸せとは何か、どんな自分でありたいかを目掛けて生きていたら巡り会えるんじゃないかなあと思った。鬱やってると夢も希望もなくて恐怖に溺れて、縁から遠くなっていくけど、でもまあどうにかなるやろ、うちら中々おもしれー奴らだと思うし。幸せになりましょう。ほんmoney。脳の回路が光の速さで誤接続して致死量寸前の恐怖で頭爆発して今すぐこの身体全部壊さないと頭おかしくなって大変なことになる死んでしまうってパニックで暴れ回り、毎日毎日大泣きしてる私も2ヶ月生き延びました。なんなら10年前から受けたかったカウンセリング予約したし、ずっと話したかった人にLINE送ったし、頭爆発したおかげで進んだこともある。激痛。
ムーンプランナーさんのウィッシュリスト作成ツイートを見て書いたりしてるんだけど、一貫して安心で安全で平和であることの祈りがある。あと夜の雨、静けさ。私のウィッシュの一番上はもう何年もこれだなあと思う。幸せになろう。
コメント 24.08.28 報告
こんばんは、眠剤で失敗しないように慎重に書いてます、コメントありがとう、今気づきました!仕様らしく通知が来ないのですが、確認したらコメントがあって嬉しかったです。最初は長々と鬱について書いてしまったけど、もう少し方向性を考えながら書きたいです、ほんとはやめようかな、もう潮時じゃないかな、残すのも辞めるのもすごく怖いなと思ってたんですが、書くとやっぱり落ち着く。居場所です。たくさん失敗しちゃったけど、学校に行くよりもずっとこのサイトで暮らしたから。高校楽しかったな。それ以上に苦しかったな。でもこのサイトはなんでも聞いてくれて、あの日の私の話を聞いてくれて、たまに訪れた人がコメント残してくれて、ハッピーです。眠剤を飲むとトラウマから逃れられてハッピー。今日はホワイトムスクをつけて寝ます。石鹸の泡のようなクリーミーで清潔感ある白の香りが私の汚い心を濃密な泡で落としていく感じ。私はきれいになっていい。ここに来てくれた全ての人にハグです。今日までよく耐えた。自分で頭を交互に撫で下ろすの効果あるらしいですよ。
コメント 24.08.26 報告
高校3年の春、何もかもが崩れて心がバラバラになった直前のキラキラがフラッシュバックして、それから1ヶ月も経つのにまだ毎日毎日高校のこと考えている。もう楽になりたい。同級生がことごとく結婚していて、皆は毎日毎日だれかと生きて、話して、感情のやりとりがあって、仕事して、お金を使って、ご飯を食べて、服を買って、私のことなんか数年に一度、一瞬だけ思い出すことがあるかどうか程度なのに私は毎日のように思い出し続けて9年、動けずにいる。
日光浴をしたり散歩をしたりバイクを漕いだり、これまでは苦痛で仕方なかったことが今はすごく気持ちいい。免許取って運転して、でもまだ一人では遠くに行けなくて、何やっても怖くて、それなのに太陽の光は気持ちよくて意味がわからん。
複雑性PTSDについて調べている。安全な場所で心を回復させるべき時にそれが叶わなかった。ずっと。だから身を守るためにトゲの鎧をつけたし、助けを求めたら怒られるから私に助けはいりませんって言い続けた。誰も私の味方をしてくれないから私は悪くないですって言うために強くなろうとした。トゲの鎧をつけることじゃなくて、ただひたすら守られてるよって抱きしめられてふわふわの布団で一週間ぐっすり眠ればそれでよかったのに。休むことは悪いこと、学校に行かないのは悪いこと、殴られて裸同然で家から出されても誰も守ってくれない。鬱もストレスも子供には無いんだからと怒鳴られたこと、母はもう覚えていない。
友達がひとりもいなくて絶望している。5月初旬に最近なんか頭がスッキリして現実に身体が戻ってきて地に足ついてんな〜などと思ってたら7月には高校時代にタイムスリップしちゃって、そっか、あれから私ずっと寝てたんだ、9年も経ってたんだ、私のことを見て喋ってくれた人はどこにもいないんだ、って絶望。学生時代の友達なんて案外さっぱり関わらなくなるものだよと聞きますが、私は目の前でちゃんと「元気でね」って言って別れたかったし連絡も取り続けていたかった。
TFTタッピングをしたら横隔膜がやわらかくなった話。ずっとカチコチで痛かった横隔膜、みぞおち、タッピングを気の済むまでやったら信じられないくらいやわらかくなって、あれからずっとやわらかいままだ。ずっと呼吸できずにいたんだね。深呼吸ってこんなに楽にできるんだ。知らなかった。
9年前、このままでは死んでしまうからとカウンセリングやいのちの電話や精神科などを必死に探したけど、私にはそこに行くまでの体力も、電話をする力も、母に相談する気力もなくて毎晩泣くしかできなかった。今回の大爆発で主治医に相談してカウンセリングを受けることにした。なにから話すべきなのかわからないんだけど毎日ノートに手書きで整理してる。無印の文庫ノート使いやすいね。
9年前にカウンセリングを受けていたら、覚えてること全部話せたのに、何かが解決したかもしれないのに、母に相談できなくて(ひとりで行けと言われるのが怖くて)こんなに経ってしまって怖い。人生、よくなるだろうか。
好きな人に嫌われることをたくさんしてしまって、それはもう運が悪かったし、天のそれで「その人との深い縁は用意してないよ」という意味なのわかってんだけど、執着と未練が強くて、やめたいのにSNSを徘徊している。徘徊してもどこにも何もないのに、たまに誤爆したんじゃねえかと不安で血の気が引く。せっかくゆるまったみぞおちが痛くなって胃液が逆流する。自業自得で吐きそうになる。
自分の思い通りに終わらなかった人生、未練。私はただ休みたいだけだった。私を守ってくれない人たちから離れて優しくなりたいだけだったのに。なんでなん。悔しい。私の中に無自覚の悪意が住んでることが怖い。誰かを傷つけようとしたんじゃなくて、私の傷を見てよって言ってるだけなのに。私が弱くてボロボロだから、それ見て!痛いの!って言ってるだけなのに、悪意なのかもしれない。ずっと優しくいてくれた子たちの優しさが今のボロボロの傷を包んでくれていて、あのとき彼女たちが私のことどう見ていたか一生わからないけど、9年越しにその効力が続いてることがわかって、そういえば彼女たちに未練はないなって気づく。自分勝手だ。
酷いことをしてしまった後悔と恐怖、あのとき話しかけたかったけどパニックが強くて汗だくで笑いかけられなかった地獄、どうしたらよかったんだろう。全部自分が悪いのかも。でも大人たちがそういう生き方しか教えてくれなかったんだから、仕方なくない?
この激痛は今後の人生を幸せにするための最後の課題だと思ってて、サタリタ前だし、だから全部丁寧にひとつずつ受け入れて生きていきたいわけです。前向き。今日もバイクを30分漕いだ。日光浴もした。ここまで読んでしまったあなたが、一緒にこの激痛を乗り越えられることを祈ってます。白米食べて日光浴しよう一緒に。
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