切っ掛けがこんな妙なものか

5年長屋、ろ組、不破雷蔵と鉢屋三郎の部屋。現在、女装道具であふれていた。

「酷い女装だな八左ヱ門」
「やかましいわ!」
「尻尾の言う通りだぞ」
「女装実習、また追試かもな」

女装実習。忍たまが必ず通る道で、顔つきや体格によってはなかなか合格を貰えない実習。体が女である私は、これまでは男装をして実習を受けてきた。

「なんだ」
「いや、やっぱお前女なんだなと思ってよ」
「まあ…」

同じろ組の竹谷八左ヱ門にじっと見つめられ、まあ当然の事を言われる。いや、当然なんだけど、私にとってはそうでないというか。
私が性別を認識していない。自分が女であることはわかっている。自覚している。ただ女であるとは意識していない。男だとも。ただ、この忍たま長屋にいる間は、自分は男だと思って生活をしている。考えてみるとなんとも複雑だ。

「尻尾は初めてだよね、女装するの」
「女装という言い方は合っているのか?」
「まあ今は忍たまだし」

準備を終えて長屋を出てすぐ、見慣れた2人の背中が見えた。

「おや、い組じゃないか」
「今日は合同実習だったね」
三郎がい組を指して言った。雷蔵が合わせて言うと、可愛らしい小袖を着た2人が声に気づいて振り返った。
「お!ろ組ー!!」
「勘ちゃんあんまり動くと着崩れするのだ」





1度こちらに向けられた視線は、隣へと流された。


長い睫毛。白い肌。降ろされた髪。淡い黄色の小袖が良く似合って、いて、











「よう兵助、勘右衛門」
「2人とも似合ってるねえ」
「まあね!」
「三郎も雷蔵も流石なのだ」

「???????」

「俺は?」
「言うまでもないだろう」
「三郎!お前には聞いてない!」
「えっと、かわいいよ八左ヱ門」
「兵助はそこで優しさを出すんじゃない」
「??????」
「尻尾、どうかしたのかい?様子がおかしいけど」

心臓が、まるで滝にでも当たっているかのように鳴っている。酷く、大きく。いや、心臓だけじゃない。体全体が心臓になったようだ。

「尻尾?」
「どうしたのだ」
「兵助めっちゃ見られてる」
「?なにかついているか?」
「いや」
「尻尾?」
「ヴァッ」

視界いっぱいに勘右衛門の顔が広がってはっとし、自分の顔を仰け反らせた。首が鳴った。

「痛っ」
「おっと」

声を漏らすと勘右衛門がそっと支えてくれて、私は息を吐いた。

「どうしたんだ一体、急に黙り込んで」
「兵助のことずっと見てたね」

雷蔵の発言に肩を揺らしてしまった。おや、とどこからか声が漏れる。

「え、いや、そんな」
「なんだなんだ、兵助の女装姿がそんなに良かったか」
「ち、ちが」
「違うのか」
「やっぱりまだ男らしいかな」
「いや、!可愛らしいよ、うん」
「そうか、よかった」
「尻尾は何を照れているんだ、初めて見るのでもないのに」
「え、いや、兵助の女装姿は初めて見た、ぞ」
「初めて?女装の実習は前からしていただろう」
「いや私はい組の女装姿を見る機会がなかったというか」
「そうだったか?」
「尻尾は授業を分けられることも多かったから」
「ああ」

次々に投げられる言葉に、必死に取り繕って返す。次第に逸れていく話題にほっとした。鼓動が早い。心臓に手を当てなくても分かった。



「尻尾、ちょうど良かったのだ聞きたいことがあって」
「なに?」

あれの数日後、授業の合間に兵助に呼び止められた。話しながらほっとした。あんな事があったから変に緊張するかと思ったけど、いつも通りだ。

「ありがとう、助かった」
「なに、お互い様だよ」
「お礼に豆腐、食べないか?沢山作ってしまって残っているんだ」
「あー…そうだね、久しぶりに頂こうかな」

それを聞いた兵助はパッと花が咲いたように笑った。
それを見た私の胸が音を立てた。

きゅん。

「豆腐の準備はもう出来てるから、尻尾がいつ来れるかなんだけど、」

これは、いつもの兵助だ。

「どうした?」

なのにどうして、心臓がうるさい。

透明人間