意地悪な友は友思い

「で?」

口角を上げにやにやとこちらを見る三郎は、一刻前に「呑もう」と言って一升瓶を片手に私の部屋にやってきた。胡座をかいて隣に座りこみ、机に向かう私の横顔を覗き込む。

「すまないが私は飲まない」
「まあそう言うな。お前がなにか悩んでいるようだったから来てやったんだ、心当たりはあるだろう」
「……」

じと、と睨みつけるが、三郎はどこ吹く風で酒を煽る。
「素面じゃ話しにくいだろうと思って酒を持ってきたんだぞ」
「…雷蔵は」
「寝た。誘ったんだが余計なことはするなと言われてしまってな」
「引き止めてくれればよかったのに」
「お得意の迷い癖で、引き止めるべきかと悩んでそのまま寝てしまったのだ」

私が雷蔵らしいとため息をつくと、わははと笑って空いている猪口に酒をつぐ。差し出されたそれに飲まんぞ、と再度告げるも、下ろされそうにない手にまたため息をついた。

「お前の諦めのいいところ、好きだぞ」
「私はお前のしつこいところ、嫌いだ」

お互いに酒を煽って、深く息を吐いた。

「兵助の女装姿はたしかに可愛らしいな」
「ぶっ」

再び猪口を傾けたところに先の言葉。酒を噴いてしまった。

「前置きもなくそれか!」
「言っただろう、心当たりを聞きに来たんだ」
「にやにやするな!面の皮ひん剥いてやろうか」
「おお怖い。ほれ」

空いた猪口に注がれる酒。睨みつけるも何処吹く風の三郎。ヤケになって、酒を喉の奥に流し込んだ。

「おお飲むねえ!」
「うるさい!」
「しかし私だって女装は上手い方なのに」
「ほんとうに!うるさい!」
「だってそうだろう。兵助と似たり寄ったりの美人顔だぞ。なぜ私には無反応で兵助に見惚れるんだ」
「……知らないよ」

お前の本当の顔なんか。

「そっちじゃない。まあ兵助も女装は上手いからな」
「……」
「ただ少し惜しい。どうしても振る舞いが男らしいのだあいつは。姿勢が良すぎるのかな」
「……」
「この間の実習もいい成績だったらしいぞ。八左ヱ門は追試だ」
「知ってる」
「兵助の話題に反応しないか」
「……」
「…じゃああれだ、この間の」

飲み干せば次々に注がれる酒をまた飲み干す。三郎も同じように飲んでは注ぎを繰り返す。暫く違う話をして、2合分ほど無くなったところで、三郎がまた切り出した。

「実際、どう思ったんだ?」
「あ?」
「凄むな。単に好奇心だけじゃない。ろ組の級長として気にしているんだ」
「…。私にもわからん」

正直に言うと混乱している、と吐けば、ふむ、と頷いて。

「混乱か。それは如何してだ」
「…友達だと思ってた人の女装姿に動揺したから、かな」
「動揺。何を見てそう思ったんだ」

内心随分素直に答えるじゃないかと思っているだろう。自分でもそう思う。酔いが回って来た気がする。

「兵助の女装姿は随分可愛らしかった」
「ああそうだな」
「町の娘を女の子らしい可愛らしいと思うことはあった」、
「うん」
「兵助のことは可愛らしいと思ったことは無かった」
「うん」
「…肌が、白くて。睫毛が長くて。靡く髪が綺麗で」
「…」
「可愛らしかった」
「…」
「は、はじめて可愛らしいと思ったんだ、町の娘を見てもなんとも思わなかったのに、兵助の女装姿は、」
「なんだ」
「…こう、心臓が掴まれた感じがした」

よく、わからなくなってきた。胸の真ん中を自分の手で掴んで、力を込める。痛い。でもこんな表面の痛みじゃない、兵助と目が合ったあの時、私の胸の奥が、ぎゅうっと、確かに痛かったんだ。

「…なんだそんなこと。簡単だ。兵助のことが好きなのだ、おまえは」
「???????」
「面白い顔だな」

鼻を摘まれて、反射的に目を瞑る。目を開けるとにやにやした雷蔵の顔が見えて、三郎が雷蔵の顔をしていることにいらっとして、摘み返してやった。今初めて顔を貸してる雷蔵を恨んだ。雷蔵、もっと嫌がってくれ。

「普段の兵助見ても友人としか思わなかったんだぞ!?」
「摘むな。女装した兵助が好きということか」
「でもあれから普段の兵助にもグッとくる時がある」
「好きだろ」
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

声を荒らげた私を見てけらけら笑う三郎。睨む私。気付けば瓶は空いていた。

透明人間