分からないからこうなるんだよ

兵助が女と歩いてた。

急を要する買い物があって、街に来ていた。門前で偶然出会った今福彦四郎と一緒に。流れでお互いの買い物に付き合うことになって、並んで歩いているときだった。
兵助は、こちらには気付いていない。

「尻尾先輩、どうかしましたか?」

見下ろすと、こちらを見つめる丸い目。その目は先程まで私が送っていた視線を辿っていく。

「あ!五年生で火薬委員会委員長代理の久々知兵助先輩!」
「うん」
「…実習中ですかね?」
「どうだろう。念の為、邪魔にならんように離れようか」
「はい!」

十中八九、実習だろうが。しかし周りに聞こえないよう声を落として会話する彦四郎は、流石は優秀ない組。彦四郎の頭を撫でてやると、きょとんとした顔をしたあと照れくさそうに笑った。かわいい。

もう一度目を向けると、こけそうになった女を兵助が支えていた。
もや。

「…?」

なにか黒いものが纏わりつくような感覚。ぎゅ、と胸の当たりを握った。

「尻尾先輩?胸が痛いのですか?」
「…いや、なんでもないよ」

行こうか、と買い物の続きを促して、何かよくわからない感情を一度引っ込めた。
こういう時は、彦四郎の先輩だな。鉢屋三郎先輩ですか?と聞く優秀な後輩の頭を、もう一度撫でた。



「三郎」
「うわっ!」

部屋の戸を開けると、悲鳴が返って来た。

「尻尾!戸を叩くくらいしたらどうだ!」
「なんだ今更。三郎だって私の部屋に入る時戸を叩かないだろう」
「私は繊細なんだ!!!」

雷蔵が不在であることは、帰ってすぐきり丸に聞いて把握していた。図書委員会の当番らしい。私は運がいい。しかし三郎、ちょっとうるさい。し、理不尽。

「一体なんだ、私は忙しいんだぞ」
「相談というか…聞きたいことがあってな」
「は?…珍しいじゃないか」

目をぱちくりとさせてこちらを見る。座っていいかと聞くと何でそこは丁寧なんだと愚痴を垂れ、顎をしゃくった。

「今日、兵助が女と歩いているところを見たんだ」
「…ほう?」

私が口を開くと、三郎が目を光らせた。まあ食いついてくるだろうことは分かって言ったんだが。

「私は必要なものを買いに町に出かけたんだ、彦四郎と一緒に」
「どうして私を呼ばないんだ」
「おまえ勘右衛門とそっくりだな。それで、二人でいるところを見かけて、…うん…」
「…なんだ、大事なのはそこからだろう」
「いや…この辺がなんかもやもやしてな…」

視線を落として胸の当たりをさする。

「2人でいるところを見ただけか?」
「ん、ああ…いや、女が転けそうになって、それを兵助が支えていた」
「そうか」

胡座をかいて肘を置いていた三郎は、こちらを真っ直ぐ見て言った。

「おめでとう。嫉妬だな」
「は?」
「その反応は予測していた」

やれやれとでも言いたげな顔をして、またしっかり見つめられる。

「兵助が女と仲良くしているのが嫌なのだろう」
「?女と仲良くすることの何が悪い。しかも実習だぞ」
「…おまえさあ…」

がっくりと肩を落とされた。いやだってそうじゃないか。

「分かった実習じゃなかったとしたら?兵助が好きで女といたらどうする。どう思う」
「実習じゃなかったとしたら?私にはどうもすることは出来ないけど…」

どう思うか。どう…

「…すこし、さみしいな」

実習とか忍務とか、それらを抜きにして兵助が会いたくて女の人と会っている想像をすると、また黒いものが纒わりつくような感覚が襲う。

「それだ」
「どれだ?」

三郎がずっこけた。

「1年は組のようなやりとりをさせるな!」
「うわっうるさ」
「おまえは!兵助に!嫉妬してるんだ!」
「あんまり大声を出さないでもらえるか!?」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
「だって!」

三郎の動きが止まる。私だってわざと、やってるんだ。

「…知らないんだ、こんな気持ちは」

三郎が息を飲んだ。胸元をぎゅっと握りしめる。癖みたいになってしまっている、くるしいなあ。

「悪かった」

頭に置かれた手は三郎のもの。ぽんぽんと頭の上を跳ねて、離れていく。

「急かせたつもりは無かったんだが、そうだな、おまえだものな」
「馬鹿にしてるだろう」
「ふ、ゆっくり考えればいい」

私を無視して珍しく優しく微笑んだ三郎に驚いた。考える、だなんて、難しいことを言ってくれる。膝に顔を埋めた。

透明人間