その言葉だけで十分だ

「兵助と、実習?」
「ああ、よろしく」

考えても考えても答えなんてでそうにない、そんな時の急な話だった。兵助と組んで二人で忍務を果たせ、との課題だった。

「兵助と組むことになるとは思わなかった」
「そうだな。どうだ、心境は」

出立の準備をしているところに三郎が顔を出した。様子を見に来たらしい。

「現金だと思うが正直嬉しい」
「そんなものだ」

ふ、と笑う三郎に子供扱いするなと言うと、そんなつもりは無いとすました顔で返された。忍具を確認して手拭に包んでいると、三郎がそのうちの一つを手に取った。

「針か。最近よく使っているな」
「先日い組と勉強した時から試してる。実習で使うのは初めてだけれど」
「兵助は近距離型だからそうじゃないほうが…いや、それなら最初から勘右衛門や雷蔵と組ませるか」
「そう。学園長も何か考えがおありなんだろう」

私には得意武器がない。そして、長距離型の武器はあまり得意ではない。だからこそこれまで組まされていなかったのだろうし、今後も組むことは無いだろうと思っていた。

「緊張してやらかすなよ」
「…」


結果、やらかした。


「足じゃなくて良かったのだ」
「本当に」

敵との交戦で折られた腕を兵助が固定する。兵助が撹乱、私が城主の持つ巻物を盗るという役割だった。城主は最近武芸を嗜み始めたと聞いていたが、真逆隙を着いた攻撃に対応されるとは思っていなかった。

「きつくないか?」
「大丈夫」

気を失わせようと柄を向けて振りかぶった腕を、鞘のついた小刀が止めた。慌てて距離を取ったがそれもすぐに詰められ、向かってくる刀を避けようと上体を逸らした。そこで留守になった足を狙われた。寧ろ最初から狙いは足だったようにも思える。左手に隠されていた金砕棒が振り下ろされ、咄嗟に左腕を差し出した。鈍い音が鳴って、激痛が走り、私は顔を顰めた。城主も驚いたらしく、動きが止まった。そこに思い切り首に1発。城主は倒れ込んだ。

「吊るすぞ」
「うん」

酷く痛む腕は意識しないように、気を失った城主の懐を探った。探し当てた巻物はあまりにも軽かった。城主への警戒は保ちつつそっと厚畳をめくると、目立たない箱があった。その中身と探し当てた巻物をすり替えて、兵助の手を借り城を出たのはよかったものの。細くため息をついた。

「雷蔵のことをあまり強くは言えないな…」
「三病か。まあ敵を侮ることはよくないな」

兵助の言葉はいつも真っ直ぐだ。真面目で素直な奴なので、思ったことをそのまま言う、そんな男だ。それで陰口を叩かれることも多い。だが今の私にはそれがちょうどいい。

「ふは、目が覚めるなあ」
「?」

簡単な処置をし終えた兵助が真顔のまま首を傾げる。「なんでもない。ありがとう」と言って左腕を動かした。可動域と痛みを確認して、立ちあがる。

「追手は4,5人かな。兵助、巻物」
「ああ」
「先導も頼んでいいか」
「…ああ」
「よろしく」

先程から聞こえる風の音と衣擦れの音。巻物と、先導を兵助に。つまり追いつかれた時は捨てて行け、ということである。

「なにか気づいたらすぐ言えよ」
「うん」

森を駆け抜ける。暫く何事もなく走り続けていたが、突如、苦無が私を襲った。ガキン、金属同士がぶつかる音がする。

「!くそ、」

応戦した私を見て、敵は「女じゃないか」と笑った。心臓が大きく鳴った。

「尻尾!」

早く行ってくれ、兵助。そう言おうとして兵助が思ったよりも近くにいることに驚く。寸鉄を大きく振り敵を下がらせた兵助は、私を抱えあげてその場を離れた。

「兵助、」
「大丈夫なのだ」

小さめの焙烙火矢が落とされたのが見えた。それはすぐに大きな音とともに爆発して、あたりは煙で見えなくなった。

「しばらくこのまま進むぞ」

刹那、煙の中から黒が飛び出してきたので、隠してあった毒針を投げた。内の1つが目に刺さる。

「助かった」
「…うん」

遠くに流れる景色の中で、黒が倒れていくのが見えた。息を吐いた。助けられてばかりの自分が不甲斐なくて、簡単に抱えあげられて男女の差を感じてしまって、悔しくて悲しくて、こんな感情を持つことすら腹立たしくて。

私は一体、何なのだろう。

「兵助は」
「?」
「私をどう思う」

零れた私の言葉に、兵助の足が止まった。質問の意図が分からない、という顔をしたので、やっぱり何も無いとは言えないなと思い、性別の話だ、と言った。

「私は、女だ。私が、そう思っていなくとも。…私は、兵助たちのようにはなれない」
「…」
「兵助たちが好きだ。仲間だと思ってる。性別なんて関係なく思ってたから。でも私は女で、兵助たちは男だ。そこに‘ 仲間 ’なんて意識、持っていいんだろうか。‘ 好き ’なんて気持ちを、持っていいんだろうか。…分からないんだ」
「尻尾」

低い声。みんな、学年が上がる少し前に声変わりをした。私は何も変わらないまま。隣にいたのに、並んでいたのに、ひとり置いていかれるような感覚。なんて煩わしい、性別なんて無ければ、私が、男だったら。兵助は私を下ろした。

「尻尾。俺は、尻尾という人間が好きだよ」

ぱちり、瞬きをした。

「…行けるか?」
「え、あ、うん…」

問われて反射的に答えた。思考は止まったまま。兵助はそれしか言わなかった。兵助の手を借りて、音を立てず走り出した。前を行く兵助の背中を見ながら、考えた。

「人として好き、か」

意識したのは女装だった。凛々しい兵助が可愛らしい小袖を着ているのを見て、きゅっとなった。これを胸が高鳴った、というのだろう。次に見た豆腐の話をする兵助の笑顔が眩しくて、きゅんとなった、気がした。いつもより早く鳴る心臓は、私のものではないみたいだった。きょとん顔の兵助ですら可愛いと思うようになった。街で見た、女と仲睦まじく歩く姿は、私を苦しくさせた。何か黒いもやがかかったような、暗い気持ちになった。兵助がそういう気持だとしたら、さみしいと思った。でも、兵助と忍務があると聞いて、元気が出た。現金過ぎないか?と聞くとそんなものだと返された。2人になれるというのはそういうものらしい。至近距離で敵と戦う兵助はとても格好良く見えた。

「…そうか」

私は女だ。私はそうは思ってないけど、女。でも男だと思って生きてきた。というよりも、性別を考えて生活をしていなかったと言える。体格には運良く恵まれていたし、男女の差を感じていなかったのが要因だろう。
そんな私が、旧友に恋をするなんて。
最初に意識したのが女装姿だったから、違うと思っていた。性別を意識したことないとか言ったくせに、この時ばかりは一等意識していた。自分がどっちで、どの兵助が好きになったのだろうとか、そもそもそういう気持ちではなくてこれは友達として、だとか、色々考えた。

私は彼が好きだ。人として。

なら、それでいいじゃないか。

「尻尾、もうすぐ学園だ!」
「うん…!」

森から抜けて忍術学園の門前。忍務を終えて集まっていたらしい勘右衛門、八左ヱ門、雷蔵、三郎が一斉にこちらを見た。

「兵助!」
「尻尾!」

着地地点を読み間違えて、そのまま4人に突っ込んで行った。兵助は勘右衛門、私は雷蔵に抱き留められる。

「あだっ」
「おかえり!無事でよかった…!」
「怪我はないか!?」
「尻尾が左腕を折ってる。おれはかすり傷と打撲だけだ」
「善法寺伊作先輩に保健室に待機してもらってる!行こう!」
「痛い!雷蔵もっと優しく持って」
「ごめん!」

ばたばたと保健室に連れていかれる。その途中、ふと思い立って三郎に顔を向けた。

「三郎おまえ、兵助と似たり寄ったりの美人顔って言ってたな」
「は?」
「訂正する。兵助のが美人だ」
「あ?」
「何言ってんの尻尾」
「何の話?」
「さあ」
「…ほんとそういうところ!もー私お前嫌い!」


透明人間